「記憶の鎖」(Chain of Memories):妙×恵×清
#記念日にショートショートをNo.42『零れる愛を抱きしめて』(Hold the Spilling Love)
2020/9/21(月)敬老の日 公開
【URL】
▶︎(https://ncode.syosetu.com/n0005ie/)
▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n0676d7b6f3a3)
【関連作品】
「記憶の鎖」シリーズ
「恵兄、疲れてない?大丈夫?」
一つ空いた席に、妙に押し切られるように腰掛ける。妙は揺れる車内で手すりを左手で握りしめ、僕を守るかのように僕の前に立っている。
「大丈夫だよ。心配しすぎだって。」
大学からの帰り道、電車に乗りながら、毎日のようにこの光景が繰り返される。
あの日から、妙は一層、僕を気にかけるようになった。妙の目の前で嘔吐し、気を失ってしまったのだから無理もない。無理もないとは思うのだけれど、やはり男である手前、これは反対なのでは……、と思ってしまう。心配してくれるのはもちろんありがたい。だけれど、もう少し…僕を頼ってほしかった。
何気ない会話を交わしながら、妙の笑顔にいつもの元気が無いことに気が付いた。僕との会話に笑みを浮かべながらも、時折、目が虚ろに彷徨っている。僕と同じ薬学部に在籍しながら週末はバイトをこなしたりと、妙は忙しい。おまけに人の役に立ちたいからと、僕は入っていないボランティアサークルにまで入ったりもしている。僕より忙しい日々を送っているのだから僕より疲れが溜まっているのは当たり前だ。これでは妙の方が倒れてしまう。
妙に席を譲ろうと声を掛けようとした時、ちょうど電車が次の駅に止まり、隣に座っていた男性が、降りるために立ち上がった。妙に声を掛け、空席を知らせる。
「妙、ここ座りなよ。お前、疲れているだろう。」
僕が声を掛けると、妙がハッと顔を上げ、辺りを見回した。
「あ、おばあさん。ここどうぞ。」
男性と入れ違いに乗ってきた老婦人に声を掛け、席を譲る。
「あらありがとう。」と、老婦人が僕の隣に腰掛けた。妙のしている行為は良い行為だ。なのに、その行為に少し引っ掛かりを覚えてしまう。
他者への優しさは、時折自分への気遣いを忘れてしまう。妙に、その気遣いを思い出してほしかった。
「妙、ほら。」
席から立ち上がり、自分が座っていた席を示す。妙は案の定、首を横に振って、拒絶の意を示した。
「でも、恵兄が…!」
そんな妙の背中を、優しく押す。
「僕は本当に大丈夫だから。疲れているのに我慢していたら、妙の方が倒れちゃうよ。」
それでも不安そうに僕を見上げる妙の目を真っ直ぐに見つめ返すと、隠していた本音が、思わず零れ出てしまった。
「…少しぐらい、頼ってくれよ。」
伝えるはずのなかった思いが思わず言葉となって出てしまい、慌てて口を押さえる。情けなくなって、斜め横に視線を逃す。
「…うん。ありがとう。」
妙がようやく、シートに腰掛けた。その前に、今度は僕が妙を守るために、立つ。
「でも恵兄、無理しちゃだめよ。」
僕を見上げて妙がそう言う。妙の言葉が、新しい苦味を伴って僕の心に届く。妙の目を見て答えてしまったら妙に自分が頼っているみたいに思え、横を向いたまま言葉を返す。
「…わかってるよ。」
「…妙、着いたぞ。」
シートに身を預けて羊の世界にたゆたっている妙の肩を軽く揺する。わたがしの雲の上でゆったりと寛いでいるのか、妙は眠りから目を覚さない。
呆れから息を床に落とし、妙を背負う。懐かしさが蘇る。
「…少しは自分の心配しろよ。」
駅の改札を抜けると、外はすっかり夜になっていた。妙を背負い直し、家路へ足を踏み出す。肩越しに聴こえるあどけない妙の寝息と僕の足音が、満月に照らされて、夜の暗さを溶かしていく。
【登場人物】
○妙(たえ/Tae)
●恵(けい/Kei)
【バックグラウンドイメージ】
【補足】
【原案誕生時期】
2020年8月初旬