不真面目シスター、自由を求め地下水道を行く の巻
圧迫です。
圧迫面接です。
ずらりと並んだ、大聖堂の幹部の面々。十人十色と言いますが、目の前におられる十名すべてが苦虫を噛み潰したような顔で、私のことを睨んでいます。
怖いですね。
恐ろしいですね。
ここで「降参!」といえば、私は晴れて自由になれるのでしょうか。あるいは失礼なことをやらかせば、「二度と来るな!」と言ってもらえるのでしょうか。
ああ――無理ですね。
部屋の隅で、大聖堂のトップたる大聖女様がにこにこ笑って見つめています。
実年齢四十六歳、見た目年齢二十五歳、その気になれば国の二つや三つ、楽勝で潰せる美しいお方。ですが見た目にだまされてはいけません。封印するのがやっとだった、という古代邪神を一撃で葬ったのは、この人です。
そんな人が見つめる中で何かやらかせば、「大聖女クロー」で頭を砕かれ、自由と引き換えに命を落としかねません。
「わかりました」
十人の幹部のトップである、アラフィフ・シスター、マイヤー様が渋々という感じでうなずきました。
「シスターハヅキ。あなたを、大聖女様の側仕えとして認めましょう」
いえ、認めなくて、いいんですよ?
◇ ◇ ◇
初めての方も、お久しぶりの方も、おはようございます。
見習シスターから国家反逆を企てた犯罪者に落ちたのもつかの間、鶴の一声で大聖女の側仕えへと望まぬ大出世を遂げた、シスターのハヅキと申します。
十七歳も半ばとなり、鬼でも色気が出てくるという十八歳が近づいておりますが――まあ、なんというか、細かいことは気にしないでおきましょう。それがストレスフリーな人生を送るコツです。
さて、こちらは朝七時。
まだまだ惰眠を貪っていたい、そんな時間だというのに、お偉いさんに囲まれて「面接」という名の取り調べを受けておりました。
なんだかよくわかんないんですが、私、「四天王」を自称する魔族幹部の企みを阻止し、王国を救っちゃったそうで。
いったい何が起こっていたんでしょうね?
詳しく知りたい方は、過去の作品でお確かめください。(メタ発言、てへ♪)
そんなわけで。
ついさきほどまで、王国軍団長とか近衛師団長とか王国宰相とか、そんな肩書のオジサンたちに質問攻めにされて、何がなんやら、の状態でした。
そんな私を横目に、一人ご機嫌だったのが大聖女様。
「将来、この国になくてはならない人材になるやもしれません。私の手元に置いて、指導育成したいと思います」
取り調べにきたお偉いさんたちに、惜しみなく「大聖女スマイル」を振りまいておりました。美女が浮かべる極上の笑顔に、オジサンたちはメロメロです。
「さすがは大聖女。このような人材を見出すとは」
「これでこの国はますます安泰ですな」
「王家としても援助は惜しみません。何かあればお伝えください」
鼻の下を伸ばしながら、大聖女様を褒め称えるオジサンたち。
「ありがとうございます。これも神のお導きですね」
王国トップの面々からの賛辞に、おほほほほ、と喜色満面の大聖女様。
私を側仕えにすることを、大聖堂の皆様に反対されていましたからね。この人たちを味方につけて、外から圧力を、ということでしょう。
実情を知っている聖堂騎士団長や大聖堂の幹部の皆様の、しらーっとしたあきらめ顔との対比が見事でした。他人事なら面白かったんですが、私、当事者なんですよね。
私の人生――どうなっちゃんでしょう。
どうにかして、ここから逃げられませんかね?
◇ ◇ ◇
取り調べという名の面接が終わると、ちょうど朝のお勤めの時間でした。
「ちょうどいいですね。皆に紹介しましょう」
私は大聖女様と幹部の面々に取り囲まれて、礼拝堂へと連行――いえいえ、案内されました。
「おおっ!」
礼拝堂に入り、思わず声を上げてしまいます。
さすがは教堂の本拠地、美しい礼拝堂です。そこに千人近いシスターが並んで座っているのですが、そのグラデーションがまた見事です。
あ、説明が必要ですね。
シスター服、階級が下の人ほど色が濃いんです。見習いは真っ黒で、階級が上がるたびに色が薄くなっていき、トップである大聖女はしみひとつない白となります。
神への愛が純化されていく様を表しているんですが――しかしこの見事なグラデーション、ひょっとしてこれを保つために昇進・降格を決めてたりしませんかね?
「大聖女様!?」
「え、うそっ!」
「ああ、今日もお美しい!」
入場した大聖女様を見て、あちらこちらで黄色い声が上がります。歓声というより絶叫です。
大聖女様、普段のお勤めは奥の部屋でしていて、ここへはめったに来ないのだとか。つまりここにいるシスターにしてみれば、レアイベントが発生したわけですね。
「お静かに! これ、静かになさい!」
マイヤー様が声を張り上げますが、なかなか収まりません。
わかります、その気持ち。
ライブのシークレットゲストで超大物が出てきたら、感激して絶叫したくなりますものね!
「ああもう!」
「マイヤー」
いらだち、さらに声を張り上げようとしたマイヤー様に代わり、大聖女様が一歩前に出ました。
すぅっ、と。
何も言わず、静かに手を横に振りました。それだけで、ざわめいていた大聖堂が静まり返ります。
「神への祈りの時間ですよ。お静かに」
その一言で、シスター全員が首を垂れて祈りの姿勢になりました。
やばい――かっこいい。
千人のシスターを手の一振りで黙らせるなんて、マジでシビれました!
うーわー、まじかー。
これが大聖女かぁ。
カリスマ感、パないっすね!
さすがは王国民の心の支え、教堂のトップに君臨する方。見習いシスターを脅してぶん殴るだけの人じゃありませんでした。ちょっと尊敬しちゃいました。ここは認識を改めましょう。
私の推しリスト、第七位にランクインです!
「あなたも――祈りなさい!」
感動のあまりぼーっとしてたら、大聖女様に膝カックンされて頭を叩かれました。
うう、痛いよう。グーで殴らなくてもいいじゃないですか。
今のでランク、九位に後退ですからね!
◇ ◇ ◇
「大聖女様の――」
「側仕え!?」
私のことが紹介されると、大聖堂にどよめきが走りました。
特に私と同い年ぐらいの、若いシスターたちが衝撃を受けています。
まるで推しのアイドルが結婚を発表したような、そんな感じです。ダレダコイツハ、て目で睨んできます。
コワイ。
「ハヅキ、挨拶なさい」
ええー、この空気で、挨拶するんですかぁ?
めっちゃ嫌なんですけど――なんて言ったら、またハタかれるのは目に見えているので、渋々前に出ます。
「どーもー♪ ワタクシ、ハヅキと申しま――」
ゴツンッ!
ぶん殴られて意識が遠のきました。
場の空気を和ませるため、ここは笑いをとる方向でと考えたのですが――大聖女様のお気に召さなかったようです。
「え、ええと、ハヅキです。本日より、ビッグ――」
またぶん殴られました。
ヒッ、意識薄れてて言い間違えた。ヤバイ、これ以上は命にかかわる! 真面目にやらねば!
「だ、大聖女様の側仕えとなりました。どうぞよろしくお願いいたします」
手短に挨拶を済ませ、下がりました。
皆様、ポカンとした顔でこちらを見ています。
視線の先には、大聖女様。そりゃそうですよね、皆さんの前で二度も私をぶん殴ったんですから。腰の入ったいいストレートでしたが、シスターの皆さんには刺激が強すぎたかもしれません。
「ええと、皆さん」
コホン、と咳払いをして、取り繕う大聖女様。心なしかお顔が赤いのは、見なかったことにしておきましょう。
「私の側仕えとはいえ、見ての通り、まだまだ未熟者。遠慮は無用です。この子を見習いだと思って、厳しく指導してあげてください」
ええ、本当に。
遠慮はいりませんから。
大聖女スマイルで念押しする大聖女様。
許可が下りた、なんて目で、私を睨んでくる若いシスターたち。
うう――やっぱりここから逃げたいよう。
「それと、リリアン」
「はい」
大聖女様に呼ばれて、一人の若いシスターが立ち上がりました。
私より、少し年上でしょうか。
シスター服は薄いグレー。職階、けっこう上ですね。若いのにすごいなー。
「申し訳ありませんが、当面の間、あなたにこの子の指導をお願いしたいのですが」
「承知いたしました」
手招きされて、リリアンという名のシスターがやってきます。
大聖女様の前に立ち、静かに一礼した後に見上げるその姿――え、なにこの人、めちゃくちゃ美人じゃないですか。大聖女様とほぼ互角なんて、レベル高すぎです。
なんでシスターやってるんですか、アイドル目指しましょうよ! あなたならすぐトップ取れますよ!
「面倒を押し付けて、ごめんなさいね」
「いいえ。大聖女様のお役に立てるなんて、この上ない喜びです」
微笑み、見つめ合う二人の姿。神々しくも妖しい雰囲気に包まれます。なんていうか、そのまま抱き合って、キスしちゃいそうな感じです。
いや、しませんでしたけどね。
「よろしくね、シスター、ハヅキ」
私に目を向け、にっこりと、優しい笑顔を浮かべたリリアン。
ゾワリ、と悪寒が走ったのは――はて、なぜでしょう?
◇ ◇ ◇
悪寒の理由は、すぐにわかりました。
仕事があると出かけてしまった大聖女様。
一人残され、どうにか逃げる方法はないかと悩んでいたら、「少し話をしましょう」と、リリアンに小さな部屋に連れて行かれました。
「はぁ、まったく」
部屋に入ると、リリアンは大きなため息をついて、どかり、と椅子に座りました。
「なんで私が、あなたみたいな田舎娘の指導しなきゃいけないのよ」
わお。
君子豹変ならぬ、美女豹変。さすがのハヅキちゃんも、びっくりです。
「で、あなたどうやって大聖女様に取り入ったの? 聞かせなさいよ」
「え、ええと――」
「誰が座っていい、て許した?」
対面の椅子に腰かけようとしたら、怒られました。
「あんた見習いでしょ?」
私の黒いシスター服を見て、リリアンが鼻で笑います。
「椅子に座るなんて、贅沢よ。座りたけりゃ床に正座なさい。それが嫌なら立ってなさい」
うわー、いじめっ子だぁ。典型的ないじめっ子だぁ。
わかりやすくていいなー。
「周りがいくら言っても、ずっと側仕えを置かなかったのよ? それがなんで急に?」
「え、そうなんですか?」
「なにあなた、そんなことも知らずに側仕えになったわけ?」
「はぁ」
そもそも、初めてお会いしたのが半年前ですしね。一生会うことはないと思っていましたし、会いたいとも思っていませんでしたし。
「はぁっ!? あなたシスターのくせに、大聖女様にお会いしたいと思ってなかったの!?」
「え、おかしいですか?」
「おかしいに決まってるでしょ! そんなのシスターじゃない!」
「ええと、シスターが敬うのは、聖女ではなく神様では?」
「見たこともない神様より、目の前の大聖女様でしょうが! 遠くの親類より近くの他人、てことわざ知らないの!?」
「いえ、知ってますけど――意味、違いません?」
「あーもー、なんでなのよ!」
私の指摘は、スルーされました。
「ムカつくんですけど! 大聖女様への愛は、私の方がはるかに大きいのに! なんで私じゃないのよ!」
聞けば、側仕えをつけようという話が出るたびに、立候補していたとか。
リリアンならと、大聖堂の幹部の皆様も推薦していたとか。
でも大聖女様が「いらない」と言っていたそうです。
「お側で学びたかったのに。いつも一緒にいて、身の回りのお世話をして、仲良くなって、それで手取り足取り――えへ、えへへ、えへへへ――」
何やら妄想しているようで、若干トリップ気味のリリアン。
あ、この人がダメだった理由、なんかわかった気がする。
「とにかく!」
トリップから帰ってきたリリアン、口元のよだれを拭いて、私に厳しい目を向けます。
「あなた、絶対追い出してやる。イジメぬいてやるから、覚悟なさい!」
まさかの、そして堂々たるイジメ宣言。
この人、本当にシスターですか?
いやまあ――人のことは言えませんけどね。
◇ ◇ ◇
「それじゃ早速、いきましょうか」
ニタリ、と。
悪魔のような笑顔を浮かべたリリアンに首根っこをつかまれて、私は大聖堂内を引きずられていきます。
すれ違うシスターたちの、好奇と憎悪が混じった鋭い視線が突き刺さります。ああ、私は一体どうなるんでしょうか?
「ド○ド○ドー○ー、○ーナー♪」
「妙な歌、歌わない!」
歌ったら、怒られちゃいました。すいません、なんかしっくりきたんですよね。
「ほら、こっちよ」
大聖堂西側の奥。
『許可なく立入禁止!』
『導師以上の者が同伴で入ること!』
リリアンは、そんな張り紙がされている扉を開きました。
え、入っていいんですか、そこ?
「さっさと来る!」
まごついていたら怒鳴られました。キャイン、怖いです。
「あの、ここ、どこへ続いているんですか?」
「うるさい、黙ってついて来なさい」
取り憑く島もありません。キャインキャイン、怖いです。
扉の向こうには、下へと続く長い階段がありました。
そこをズンドコ降りて行くと、だだっ広い場所に出ました。
「あなたの今日の仕事場は、ここよ」
なんだか、いやーな雰囲気です。
ランプの光が届かない闇の向こうから、何かがこちらを見ている気がします。
「あの、リリアンさん――」
「あぁん? リリアン様と呼びなさいよ」
うーわー。
そのにらみ方、大聖女様そっくり。そういうところは、まねしない方がいいですよ?
「ええと――リリアン様。ここはどこですか?」
「王都を貫いて流れる、地下水道よ」
ランプの光がギリギリ届く場所に、水が流れているのが見えました。
王都の東側には大きな川が流れていますが、この地下水道はその支流だとか。王都に住む皆様ののどを潤す、大切な水源になっているそうです。
「今から私が呼びに来るまで、ここ掃除してなさい」
「ここ、て――どこですか?」
「見える限り、すべての場所よ」
「つまりランプの光が届く範囲ですね。五分で終わりますね! その後は休憩してていいんですよね!」
「んなわけないでしょうが!」
いいストレート、もらっちゃいました。
うう、どうして大聖堂の皆さんは、いいパンチを持ってるんですか。ひょっとして幹部になるための教育に、格闘技が含まれてるんでしょうか?
「歩ける範囲、行けるところまで、日が沈むまでよ! いい? しっかり掃除するのよ?」
なかなかにブラックな条件。まあ、私をいじめるのが目的だからでしょうが。
しょうがない、適当にサボろう。
「そうそう。適当にサボろうなんて、無理だから」
うわ、心読まれた。でも、なんで無理?
「ここ、死霊が住み着いてるのよ」
「え?」
「ぼーっとしてたら取り憑かれるから。掃除と一緒に死霊も祓っておいてね。シスターの大事な仕事よ」
本来、川というのは死霊の類を洗い流してくれるのですが。
いかんせん、王都は人口が多すぎて、洗い流し切れないのだとか。
なので、シスターや導師が定期的に除霊しているのですが、祓っても祓っても、いつの間にかまた住み着くそうです。
「王都に住む人々の邪念が流れ込んで、死霊を引き寄せているのだろう、て言われてるわ。たまーに、悪霊並に強力なやつもいるから、気をつけてね」
「む、無理ですよぉ! 私、見習いですよ! そんな力ありませんよぉ!」
「あらあら、ご謙遜を」
リリアンが、極上のシスター・スマイルを浮かべます。
「大聖女様が直々に指名して側仕えになったお方ですのに? この程度のこと、子供の使いみたいなものでしょう?」
嫉妬です。
これぜったい嫉妬です。いやわかってましたけど、ここまであからさまにやりますか!?
――あれ?
なんかこのやり取り、どこかでしたことがあるような――はて、どこででしたっけ?
「さ、グズグズしてないで始めてちょうだい。私は私で忙しいから。夕方に迎えに来るわ。せいぜい死なないことね!」
おーほっほっほ、と高笑いを響かせつつ、リリアンは階段を昇って去ってしまいました。
うう、女の嫉妬って、怖い。
ぽっと出の私が、自分を差し置いて側仕えになったこと、よっぽど悔しいんですね。
でもこれイジメ、てレベルじゃないですよね?
下手すりゃガチで死にますよ?
どないせぇ、ちゅーんですか!
「――などと、取り乱すハヅキちゃんじゃ、ありませんことよ?」
おーほっほっほ、とリリアンの真似をして、高笑いをした私は。
「アーノルド卿!」
わが秘密兵器、ナイス・ガイなマッスル悪霊を呼び出しました。
◇ ◇ ◇
『デュワッ!』
私に取り憑いている悪霊、アーノルド卿が雄叫びと共に姿を現しました。
大聖女様に、「以後、何があっても呼び出さないように」と厳命を受けていますが、背に腹は代えられません。
『お呼びにより、参上! アァァァーノルド=マッスゥ!』
全身これ筋肉な雄々しい姿、まことに頼もしいです。でも相変わらずトレーニングパンツ一丁なんですね。私だって乙女なんですから、上着を着てくれませんかね?
それにしても、「マッスゥ」て家名でしょうか? 初耳です。まさか「筋肉」をかっこよく言っただけなんて、そんな小学生みたいなことはないですよね?
『――して、ハヅキ様。ご用は?』
あ、スルーされた。
うう、突っ込みたいところですが、今日のところは勘弁してあげましょう。
「この地下水道を掃除するよう言われたので、手伝ってほしいんです」
『掃除?』
アーノルド卿が不思議そうな顔をします。
まあ、そうですよね。私こう見えて、お掃除は得意中の得意なんです。一日あれば、大聖堂を隅々までピカピカに磨き上げる自信だってあります。
『ふむ――ただの掃除ではないようじゃな』
闇の向こうに鋭い視線を向けて、アーノルド卿がつぶやきます。
「さすがですね。実は――」
カクカク、シカジカ。
「――というわけです」
『なるほど、王都の地下水道か。なら納得じゃ』
おや。
ここが死霊の巣窟になっていること、ご存じなんですね。
『ここは犯罪者が逃げ込む場所でもあるけん。ワシも生前、追われて逃げ込んだことがあるんじゃ』
そういえばアーノルド卿、罪を犯して逃亡中に命を落としたんでしたね。あまりにナイス・ガイなので、すっかり忘れてました。
「でも、こんなところに逃げ込んでも、どうしようもないのでは?」
『何を言うとる。この水路は王都の外に通じているんじゃぞ? 死霊さえなんとかできれば、王都を脱出できる。そうなれば自由の身じゃ』
え――?
王都の――外に?
――。
――――。
――――――。
――――――――。
いいこと聞いた!!!!!
「マジですか!? 王都の外に出られるんですか!? そうしたら自由が手に入るんですね!?」
『う、うむ、まあそうじゃが――しかしハヅキ様には無関係――』
「よっしゃー、ヤル気出てきたー!」
かつて偉い人は言いました。
自由とは、勝ち取るものだ、と。
誰が言ったかは知りませんが、至言だと思います。そう、「大聖女の側仕え」という人生の牢獄から抜け出すため、私が今やるべきことは、戦うことなのです!
「アーノルド卿、逃げますよ!」
『に、逃げる? どういうことじゃ、ハヅキ様は大聖女様の側仕えとして――』
「そんな人生、クソッタレです!」
食べていければいいんです。
少々貧乏でも、気ままに、自由に、楽しく暮らせればいいんです。
お掃除スキルを極めた今、たぶんそれで食べていけます。
そう、シスターなんかにこだわる必要はないんです!
「アーノルド卿! これは魂の自由を求める、聖戦です!」
『せ、聖戦? いやハヅキ様、少し待たれよ!』
いーや、待ちません!
「いざ行かん、栄光ある自由を求めて! アーノルド卿、我に続けー!」
『お――おおっ!? ハヅキ様、待たれよー!』
◇ ◇ ◇
戦いは、熾烈を極めました。
私を見つけて、群がってくる死霊たち。
その中には、ほんの数体ですが、強力な悪霊クラスの死霊も混じっています。
体を、よこせ。
魂を、引きずり出せ。
恨めしや、恨めしや、恨めしや。
私の体から魂を引きずり出し、取って代わろうとする死霊たち。
それは生への執着であり、未練。
そんな死霊たちを祓う、シスターの基本スキル「聖なる灯」が使えない私ですが。
「聖なる箒!」
アーノルド卿のアドバイスに従い、落ちていたデッキブラシを、オリジナル・スキル「聖なる箒」で強化して死霊たちと戦いました。
これ、お掃除アイテムであればどんなものにでも強力な清掃力を与えるという、お掃除特化型スキルです。
どうしてこれを使えというのか、不思議だったのですが。
「ていやー!」
デッキブラシを一閃すると、あら不思議、死霊たちは煙のように消えていくではありませんか。
びっくりです。
お掃除スキルって、死霊祓いに応用できるんですね。知らなかったー。
自由を得た暁には、お祓いもできるハウスキーパーとして職探しをするとしましょう!
『マッスル・パーンチ!』
我が従者にして師であるアーノルド卿も、物理的霊パワーで、死霊たちを打ち払っていきます。
悪霊クラスの死霊すら一撃とは、アーノルド卿の強さは圧倒的です。
「さすがですね、アーノルド卿!」
『なんの、ハヅキ様もたいしたものじゃ!』
無双状態の、私とアーノルド卿。
うすうす思っていましたが、私たち、なんかすごいんじゃないでしょうか。
私たち二人なら、どこまでだって行けそうです。
なんだってできちゃいそうです。
ああ、やはり持つべきものは、頼りになる悪霊さんですね!
「見えた!」
はるか前方に、光が見えました。
あれこそ、地下水道の出口。王都の北東で地下に流れ込んだ川の水が、再び地上に出るところ。
それすなわち、自由への出口です!
「どけどけどけー、ハヅキちゃんの、お通りだー!」
来るなら来い、死霊ども。
どんなに強い悪霊でも、私とアーノルド卿の二人なら負けはしない。
そう、私たち二人がそろえば。
勇者だろうが魔王だろうが、敵ではありません!
「よっしゃー、自由だ―!」
出口をふさいでいた金網を粉砕し、私たちはついに地下水道を脱出しました。
明暗差で、ほんの一時、目がくらみましたが。
まもなく目が慣れ、周囲の光景が見えてきます。
「お――おお――!」
明るく輝く太陽に、澄んだ青い空、さわやかな風が吹く緑の大地。
まさに自由という名にふさわしい光景が、私の眼前に広がっていました。
ですが。
「シスター、ハヅキ」
勝利に浮かれる私の前に、白い影が立ちはだかります。
「こんなところで、何をしているのです?」
それは、聖堂騎士団を従え、こめかみに血管を浮き上がらせて仁王立ちのわが上司。
大聖女様、その人でした。
◇ ◇ ◇
「あんたのせいで――あんたのせいで――」
何度も何度も、呪詛のように続く言葉。
いい加減うんざりしてきました、耳栓、もらえないですかね?
「ちょっと聞いてるの、ハヅキ!」
「はいはい、聞いてますよー」
「なにその適当な返事! 誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」
適当に返事をしたら、リリアンに怒鳴られてしまいました。
地下水道を脱出したところで大聖女様に出くわした私とアーノルド卿。
無論、その場で取っつかまり、大聖堂に連れ戻されました。
なんでも、(大聖女様によって)破壊された大牢獄の状況を確認に行った帰り道、ちょうどあそこを通過していたところだったそうで。
出口に着くのがあと五分遅かったら、無事逃げられたのに――神様の、いけず。
「すべて、一部始終、正直に話しなさい」
連れ戻される道中、「大聖女クロー」を食らいながら、尋問を受けました。
逆らうなんて論外です。マジで死ぬかと思いました。私はすべてを正直に話し――結果、リリアンも呼び出されて、二人仲良く礼拝堂の片隅で正座させられている、というわけです。
ちなみにアーノルド卿は、簀巻きにされて聖堂騎士団に連れて行かれました。まあ、聖堂騎士団に後れを取るようなアーノルド卿ではないので、心配はいらないでしょう。
「失敗なんて、したことなかったのに。順調にキャリア築いてきたのに。あんたのせいで――あんたのせいで――」
暗い顔をして呪詛を吐き続けるリリアン。
あーあー、エリート様はこれだから。
一度や二度の失敗でそんなにへこたれてたら、心の病気になっちゃいますよ?
「まあまあ。ビッグ――大聖女様の怒った顔が見られて、よかったじゃないですか。私以外はレアですよ?」
あれだけ美人だと、怒った顔もまた美しいですからね。美人、て得です。
「――や、やかましいっ!」
あ、一瞬間があった。反芻してましたね。だから側仕えになれないんですよ?
「許さない、ぜーったいあんたのこと、許さない! 神に誓ってイジメぬいてやる!」
「それがシスターの言うことですか!?」
神様、こんな誓い無視してくださいね! お願いですよ!
「あ、あんまりひどいことしたら、大聖女様に言いつけちゃいますからね!」
「あぁん?」
私の反論に、リリアンは本気の殺意が宿った目を向けてきます。
「あんた、そんなことしたらどうなるか――わかってるんでしょうね?」
静かに低く、どすの利いた声で言われ、私は震え上がります。
コワッ!
マジでコワッ!
殺意だけなら、大聖女様を超えてます!
なんでシスターやってるんですか、裏社会に君臨しましょうよ! あなたならすぐトップ取れますよ!
「東の大河の水がどれだけ冷たいか、一度味わわせてあげようか?」
ひーっ!
ダメです、この人、逆らっちゃダメな人です! 大聖女様以外にもこんな人がいるなんて、教堂の人材育成方針って、どうなってるんですか!?
「す、すいません、ナマイキ言いましたぁ!」
もはや、なりふり構わず。
私はその場で土下座して、リリアンに謝り倒しました。
神様、心を入れ替えますから。
タスケテー!