異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます〜ついでにもふもふとの生活を楽しみます〜・短編
「ありがとうございました。
これはおまけの植物の種です。
よかったらお庭に蒔いてください」
アルバイトの帰りに自宅の近所のコンビニエンスストアに立ち寄った。
レジに見慣れないイケメン店員さんがいて、「おまけです」と言ってほほ笑んで植物の種の入った紙袋をくれた。
1Kのアパートで一人暮らししている私に、植物の種を蒔く庭なんてないんだけどね。
コンビニエンスストアを出るとき、香水の匂いがきつい客とすれ違った。
振り返ると、近所の豪華なマンションに住んでる女子大生だった。
彼女はいつもブランドものに身を包み、男を取っ替え引っ替えしている。男と腕組んでマンションに入っていくところを何度も見た。
彼女は今日も高そうな白のブラウスに、桃色の膝丈のフレアスカートを履いていた。
意外だな、お金持ちでもコンビニエンスストアで買い物するんだ。
女子大生をじっと見ていたら、彼女と目が合い冷たい目つきで睨まれた。
女子大生から視線を逸らし店を出る。
黄昏時が終わり辺りは暗闇に包まれていた。
ご飯を食べたらまたアルバイトに行かないと。
朝は新聞配達、昼は宅配便の仕分け、夜は道路の交通整理のアルバイト。
朝も昼も夜もなく働いて……それでも殆どは両親の残した借金の返済に消えて、私の手元にはいくらも残らない。
ふとコンビニエンスストアですれ違った女子大生のことを思い出した。彼女も私と同じ歳ぐらいだったな。
女子大生は黒く長いストレートヘアで、髪はつるつるのすべすべ、お肌は白く輝いていた。
きっと女子大生は高級なシャンプーや化粧水を使い、セレブ御用達の美容室やエステに通っているのだろう。
対して私は日に焼けてボサボサになったおかっぱの髪、髪は節約のために自分で切ってる。
昼夜なく働いてるから目の下に大きなくまができて、化粧水代も節約しているから肌はボロボロ。
高校時代から家に生活費を入れるためにアルバイトをしてきた。
両親は共働きだったがそれでも三人で食べていくのに精一杯。放課後はほぼ毎日アルバイトしていた。
もちろん進学する余裕なんてない。
高校を卒業してすぐに両親が亡くなって、それからは両親の残した借金を返済するためにアルバイトを掛け持ちする日々。
遺産を放棄する方法もあったと後から親切な人が教えてくれた。だけど相続してからじゃ遅いんだよ、もっと早く教えてほしかったな。
いつになったらこのアルバイト生活から抜け出せるんだろう。
とぼとぼと歩いていると、商店街のショーウィンドウに自分の姿が映っていた。
艶のない髪、目の下にできた大きなくま、何度も洗濯してヨレヨレになったシャツ、膝が出たズボン、底がすり減り色がかすれたスニーカー……これが今の私。
自分の姿を正視できなくて、ショーウィンドウから視線を逸らした。
こんな生活を早く抜け出したい。
どうせなら今流行りの異世界転移とか起きて、中世ヨーロッパみたいな世界に招かれて、イケメンの王子様に溺愛されて、お城でちやほやされる生活送ってみたいな……ありえないけどね。
そう考えた時、突然地面が光り出した。
「なに……!?」
アスファルトが砂のようになって、光の中に足から吸い込まれていく。
「きゃあっ!」
女性の声がして振り返ると、先ほどコンビニエンスストアですれ違った女子大生がいた。
女子大生の足元に目をやると、女子大生の足も光の中に吸い込まれていた。
どうなってんのこれーー!?
もがいている間に、私の全身は光の渦の中に吸い込まれていた。
☆☆☆☆☆
「殿下、召喚に成功しました!」
「漆黒の髪に黒曜石の瞳! 間違いありません! 異世界人です!」
「しかし、聖女様がお二人……! これはいったい?」
気がつくと体育館のように天井が高い、ものすごく広い建物の中にいた。
壁も天井も石でできていて、天井から豪華なシャンデリアが吊るされていることから、ここが近所の市民体育館ではないことは分かる。
隣を見ると女子大生が呆然とした表情で床に座っていた。
周りにいるのは、西洋風の顔立ちをした白いローブを着たおじさん達。
周りの人の背丈を高く感じるのは、私たちが床に座っているからだろう。
おじさん達の中心にいた赤いジュストコールを着た青年が、
「私の名はフルバート・マンハイム。この国の第一王子です。
この度の聖女召喚の儀の責任者です」
そう言って私たちに話しかけてきた。
金色のサラサラヘアーにサファイアブルーの瞳、白磁のようにきめ細かい白い肌、目鼻立ちが整っている高貴さと傲慢さを宿した顔……まさに絵に描いたような王子様だ。
「異世界召喚」ということはここは日本じゃない? というか地球ですらない?
「お二人のお名前と年齢を伺ってもよろしいですか?」
私が答えようかどうしようか迷っている間に、女子大生が答えてくれた。
「姫内絵恋と申します。年は十九です」
「エレン、良き名だ」
王子が頬を染め、女子大生の名前を褒める。
「私の名前は中村芽衣、私も十九歳です」
「そうか」
王子は無表情で淡白な返事をした。
なんだろうこの扱いの差は?
「お二人にお尋ねします。
どちらが本物の聖女様ですか?」
聖女? 彼らは聖女を探しているの?
私か女子大生、どちらかが聖女ということ?
隣にいる女子大生を見ると女子大生もこちらを見ていて、視線がぶつかった。
どちらが聖女かわからないけど、同じ日本から連れてこられた仲間、こういう時は助け合わないとね。
女子大生に向けてにっこりとほほ笑むと、彼女も笑顔を返してくれた。
良かった。言葉は交してないけど意思の疎通はできたみたいだ。
「殿下、私が聖女ですわ!」
女子大生はそう言って立ち上がった。
周りの人たちから、
「やはり彼女が聖女だと思っていた!
神々しいオーラに満ちている」
「だから言っただろ美しい方が聖女様だって」
「あんなボサボサの髪をした、ボロ布をまとった女が聖女様などありえない」
という声が聞こえた。
腹が立つ言い方だな。
私は可愛くないし、綺麗じゃないし、着てる服もブランド物じゃないし、新品でもないよ。
だからって、勝手に呼び出しておいてそんな言い方はないんじゃない?
白いマントを羽織った男たちに対する私の好感度はたださがりだ。
「あなたが聖女様。
なるほど古文書に記されている通り美しい」
王子はそう言って、女子大生の手を取った。
現状どっちが聖女かわかんない。
それならどちらかが「私が聖女です」と名乗りを上げ、もう一人のことを「彼女は私と同郷の者。彼女のことも丁重に扱ってください」と言って保護するやり方もありだ。
でかした女子大生!
私はその時はお気楽にそう考えていた。
女子大生の言葉を聞くまでは……。
「そこにいる女は故郷にいる時、私に嫌がらせをしていた者です」
「はっ?」
女子大生の言葉に私の頭がフリーズした。
「その女は私の家にネズミの死骸を投げつけたり、脅迫文を送ってきたり、道で私とすれ違うときに大声で私を罵ったりしていたのです!
本当に怖かった!
王子様お願いします!
この子が近くにいると安心して聖女の務めを果たせません!
どうかこの子を今すぐここから追い出してください」
女子大生は瞳に涙を浮かべ王太子にすがりついた。
ええーー!
私そんなことしてないよ!
というか話したのだって今日が初めてだし! 女子大生の住んでいるマンションは知ってるけど、部屋番号なんか知らないし! 名前だって今日初めて知ったのに……!
名前も住所も知らないのに、どうやってネズミの死骸や脅迫文を送りつけられるんだよ!
王子と白いローブをまとった男たちは、女子大生の言葉を信じたみたいだった。
彼らが眉を吊り上げ、眉間に深いシワを作り、殺気の籠もった目で私を睨んでくる。
「その女を拘束せよ!
聖女エレンを傷つけた大罪人だ!
その女をモンスターが棲息する東の森に捨てて来い!!」
「「「承知いたしました!」」」
王子の命令に白いローブの男たちが従った。
「ちょっと待ってください!
私はエレンさんにそんなことしてません! 誤解です!
エレンさん、異世界召喚された者同士助け合いましょうよ!」
私の言葉は誰にも届くことなく、私はあっという間に白いローブをまとった男達に拘束され、召喚された部屋から連れ出された。
部屋から連れ出される私に女子大生は蔑むような眼差しを送り、私にしか見えない角度で口角を上げた。
やられた! 女子大生にはめられた!
女子大生が私に冤罪をかけた理由はいくつか考えられる。
私が女子大生の故郷での振る舞いを王子に告げ口するのを恐れたのか、私が本物の聖女であったとき自身が邪険にされるのを恐れたかだ。
はめられた! 悔しい!
しかし気付いたところで今更どうにもできない。
王子に聖女だと認定された人間に、泣きながら「その女に故郷で嫌がらせされてました」と言われたらどうしようもない。私が何を言おうと誰も信じない。
故郷での出来事だから無実の証明ができない。
悔しい、悔しい、悔しい……!
完全にはめられた!!
☆☆☆☆☆
城らしき建物から連れ出された私は、目隠しをされ両手両足を縛られ、馬車に乗せられた。
馬車はごとごと音を立てどこかに向かって走っていく。
たぶん王子が言っていた東の森という所に行くのだろう。
目隠しを取られた時は深い森の奥で、私の目の前には白いローブをまとった男が二人いた。
すぐ後ろには切り立った崖があった。谷底が見えないぐらい深い。
「聖女様を傷つけた罪をあの世で反省するんだな!」
白いローブの男はそう言って、両手両足を縛られ身動きの取れない私を谷底に突き落とした。
あっ、これ死んだわ。短い人生だったな。
【バッドエンド】
ということもなく気がついたらふかふかの草の上にいた。
谷から吹き上げる風と谷底を覆う草が、落下の衝撃を和らげてくれたらしい。
都合のいいことに落ちる時にどこかの木の枝か何かに引っ掛けたのか、両手両足を縛っていたロープが切れていた。
私は助かったことに安堵の息をつく。
「それにしても腹が立つ!
女子大生と王子と白いローブの連中めーー!」
私をはめた女子大生にも腹が立つけど、それよりもムカつくのが王子と白いローブの連中だ。
勝手にこの世界に召喚しておいて、女子大生の言葉を鵜呑みにして、私を罪人扱いして森に捨てるなんて!
やはり人は外見が全てなのかな……?
私がもうちょっと美人だったら、ブランド物の服をまとっていたら、彼らは私の言葉に耳を傾けてくれたのだろうか?
まぁ、今はそんなことを考えてもしょうがないか。
私は頭を振って、思考を切り替えることにした。
何としてもこの世界で生き延びなくてはならない!
でもどうしよう? かなりの距離を落下してきた。
気球でもないとここから脱出するのは難しいかもしれない。
ロッククライミングで脱出するのはちょっと無理かな。
ロッククライミングの経験なんてないし途中で力尽きて落ちそうだ。
ぐーきゅるるる……。
脱出する方法を考えていた時、お腹が盛大に音を立てた。
「お腹空いた……。
そういえば夕飯の前だっけ。
どうせならお弁当も一緒に召喚されればよかったのに」
地面が光ったとき、驚いてお弁当を遠くに放り投げてしまったことが悔やまれる。
「せめて飴がチョコでもポケットに入ってないかな?」
ポケットの中を探ると出てきたのはコンビニエンスストアでおまけとしてもらった植物の種が入った紙袋だった。
イケメンな店員さんが「庭に蒔いてください」と言ってくれたんだっけ。
谷の底なのに周囲の様子を確認できるのが不思議だった。ここまで光は届かないはずなのに。この紙袋が光っていたのだ。
紙袋を開けると一粒の種が入っていた。光っていたのは紙袋じゃなく種の方だったようだ。
「何の植物の種だろう?
でも種じゃあお腹が膨れないよ……。
何も口にしないよりはましか」
私が種を口に入れようとした時「食べないで!」という声が聞こえた気がした。
「今、誰かしゃべった?」
周りを見るが誰もいない。
そもそもこんなところに人がいるはずがない。
「もしかしてこの種がしゃべったりして?
そんなはずないか」
食べるのも可哀想だったので、地面に植えることにした。
こんな日も射さないような所じゃ成長できるかわからないけど、私に食べられるよりはましだろう。
地面に植えたばかりの種が、芽を出しみるみる成長していった。
「えっ? なにこれ??」
種は黄金の色に輝くリンゴの木になった。
昔おじいちゃんの家に遊びに行った時、近所にリンゴ農家があった。だからリンゴの木と他の植物を見間違えるはずがない。
「というかコンビニエンスストアの店員さんはなぜリンゴの種をくれたの?
普通庭に蒔くなら花の種じゃないの??」
私がそう疑問に思ってる間にリンゴの木にポンポンと実がなっていく。
普通のリンゴよりかなり大きさは小さいが、あの形状はあれはリンゴだ。
「黄金色に輝くリンゴなんて初めて見た……!」
リンゴの木から「食べて」という声が聞こえたような気がした。
「食べないで」と言ったり、「食べて」と言ったり、忙しい植物だ。
「黄金のリンゴなんて食べられるのか?
お腹壊さないかな?」
ぐーきゅるるるるるるる……!
その時また盛大にお腹が鳴った。
「どのみちここからは出られないんだし、空腹で死ぬよりはお腹いっぱい食べてから死んだ方がマシか……」
私は黄金に輝くリンゴを一つ取った。
「故郷でこのリンゴを実らせていたら、物凄い高値で売れただろうな」
そうしたらあっという間に借金を返せて、豪邸に住んで、大っきな犬を飼って、幸せに暮らせたのにな。
そんなことを考えながらリンゴにかじりついた。
何故か種はなく一口で食べられた。
「甘い!
それにめっちゃ美味しい!
これならいくらでも食べられる!」
木になっているリンゴを収穫し頬張っていく。
「満腹〜〜! めっちゃ幸せ〜〜!」
満腹になった私は草の上に横になった。
「残念だな〜〜。
ここからだと星は見えないや」
朝から働きづめで、異世界に召喚されたり、冤罪をかけられたり、追放されたり、崖から突き落とされたり、いろんなことがあった。
疲れきっていた私はそのまま深い眠りに落ちた。
ポンコツな私はその時気がつかなかった。
リンゴの実ひとつひとつに文字が記されていたことに。
【神の声のスキルを習得しました】とか、
【アイテムボックスのスキルを習得しました】とか、
【鑑定のスキルを習得しました】とか、
【力が上昇しました】とか、
【体力が上昇しました】……という声が聞こえていたことに。
☆☆☆☆☆
どんどんと扉を叩く音……。
「中村さんいるんでしょう?
開けてください借金返してくださいよ!」
扉越しにイラついた中年のおじさんの声が聞こえる。
嫌な感じがして目が覚めた。心臓がまだバクバクと音を立てている。
辺りを見回すと見慣れた築七十年の木造二階建てのアパートの天井はそこにはなく、ゴツゴツした岩とピカピカに輝くリンゴの木があって、
「私、異世界転移したんだった……」
自分の置かれている状況を思い出した。
「異世界に転移して最初に見た夢が、借金取りに追われる夢なんて最低……」
日本にいた時、世界転移系や転生系の漫画や小説をたくさん読んだ。
貧しく孤独な自分を忘れるために、漫画や小説の中の主人公に自分を重ねていた。
彼らは異世界に旅立つ前、恵まれていないことが多かったから……彼らに自分の人生を重ね慰めていた。
彼らのように異世界に行って冒険したい、彼女たちのように異世界に行って王子さまに溺愛されて幸せに暮らしたい、そう願っていた。
「異世界転移する夢は叶ったけど、現実って厳しいな……」
現実は、異世界転移する前から勝ち組のセレブ美人女子大生が王子さまに一目見て寵愛され、冴えない見た目の私は冤罪をかけられ森で断崖に投げ捨てられた。
ぐーきゅるるるるる。
色んなことを思い出していたら、またお腹が鳴った。
「昨日あれだけ食べたのに。
リンゴじゃあお腹の足しにならなかったかな?」
目の前の光り輝くリンゴの木を見ると、またたくさんの実をつけていた。
「昨日実っていたリンゴの実を全部収穫したのに、一晩でこんなに実ってるなんて……凄いな」
漫画や小説だと不思議な植物との遭遇は異世界転移、転生あるあるなので、私は黄金に輝くリンゴの木について深く考えないことにした。
昨日と同じようにリンゴの実を収穫し口に入れていく。
「ん〜〜! 甘〜〜い!
シャキシャキした食感がたまらな〜〜い!」
リンゴの実をバクバク食べていると、頭の中に声が響いた。
【力が10上昇しました】
【体力が10上昇しました】
「何、今の声??」
頭の中に響く声に混乱していると、リンゴの実に文字が書かれていることに気付いた。
「『力上昇』って書いてある、こっちには『体力上昇』って……どういうこと??
こういう時、漫画やゲームみたいに鑑定スキルでもあればな」
【スキル、鑑定を発動します。
イズンのリンゴ(変異種)。
神々の国に伝わるというリンゴの木。
本来イズンのリンゴの実に種はないが、神が特別な方法でリンゴの種を取り出した。
イズンのリンゴの種は異世界転移による負荷と、聖女の力が加わり、突然変異した。
本来のイズンのリンゴの実には食べた者の若さを保つ効果がある。
変異種に実った果実には、スキル習得や、力や体力などを上昇させる効果がある】
突如頭の中に響いた声に、しばしポカーンとしていた。
「イズンのリンゴ?
変異種?
何それ?」
この木が神様から与えられた種から生えてきたってことは、種をくれたコンビニエンスストアの店員さんが神様だったっていうこと??
そういえばあの店員さん、人間離れした美しい容姿をしていたっけ。
「待って、さっきの説明で神が与えた種に異世界転移の負荷と聖女の力が加わって突然変異したって言ってたよね?
それじゃあもしかして……私の方が本物の聖女だったってこと??」
こんなとき漫画や小説でおなじみのステータス機能があれば、自分が何者なのか分かるのに……。
【ステータス機能は異世界転移時にすでに習得しています。
空に向かって手をかざし決め顔で「ステータスオープン」と叫んでください】
「おおっ! ステータス機能本当にあったんだ!」
でも空に向かって決め顔で手をかざし「ステータスオープン」と叫ばないと見れないんだ……。
なんでそんな中二病こじらせた人が考えたみたいな方法じゃないと見られないのかな??
異世界転移したらとりあえず「ステータスオープン」と叫ぶのが鉄板だけどさ……もうちょっとどうにかならなかったのかな……?
私は念のために周りに人がいないことを確認し、それから天に向かって手をかざした。
「す……ステータスオープン!」
決め顔でそう叫ぶと私の目の前にステータス画面が現れた。
「うわっ! 本当に出た!
でも絶対今のポーズ人前ではできない!」
人前で絶対にステータスを見ないことを心に誓い、ステータスを確認する。
「えっと、習得スキルは……神の声にアイテムボックスに、鑑定スキルにステータス表示機能」
神の声というのはおそらく先程から私の頭の中に響いている、いろんなことを教えてくれる謎の声のことだろう。
漫画や小説で主人公だけが持っているチート能力の一つであることが多い、なんか格好いい!!
アイテムボックスは何でも入れられる便利なポケットみたいなものかな?
ステータス画面を確認していると、力と体力の後ろに【+60】と書いてあった。
おそらくリンゴを食べることで得た能力だろう。
「力と体力はめっちゃくちゃ上昇してる。
賢さとか魔力とか素早さとかは元のままみたい。
得られる能力にも偏りがあるのかな」
元々賢さとか魔力とかめちゃめちゃ低いので、力や体力と差はどんどんついていく。
脳筋キャラ確定かな。
気がついたら筋肉ムキムキのゴリラみたいな女になっていたら嫌だな。
「えっと……職業は聖女。
えっ?? 私が聖女なの??
私が聖女ってことは一緒に召喚された女子大生は偽者ってこと……??」
王子はどちらが聖女か尋ねてきたけど、ひょっとしたら二人とも本物の聖女だった可能性もある。
【聖女は同じ時代に二人は存在できません】
私の疑問に神の声さんが答えてくれた。
「ということはやっぱりあの女子大生は偽称聖女ってことね。
人に冤罪をかけて追放するような人間が聖女なわけないと思っていたのよ」
となると女子大生が私を追い出したのは、日本での彼女の行動を私が王子にチクるのを懼れたからかな?
彼女は見るたびに違う男を連れて歩き、道端だろうがマンションの前だろうが、ところ構わずイチャイチャしていた。
王子や周囲にそうと知られたら、聖女の神聖で清らかなイメージがぶち壊しだ。
女子大生が私の口封じをしたくなるわけだ。
だからといって彼女には全く同情はしないけどね。
「聖女召喚にどれだけお金をかけたのかな?
広い部屋を押さえて、魔術師を雇って、でっかい魔法陣を描いて……。
それらの費用は国民の税金で賄われているんだろうな」
王子が聖女を召喚したってことは、この国には聖女を召喚しなければならない差し迫った事情があるのだろう。
聖女として召喚されたからには、この国のために尽力しなければいけないんだろうけど……。
私の脳裏に召喚された部屋での出来事が甦る。
私を見下しあざ笑っていた女子大生。私を追放した王子。私を罵倒し谷底へと突き落とした白いローブの男達。
思い出すとムカムカしてきた。
「止〜〜めた。
この国を助けるなんて絶対やだ。
助けるとしても一番最後に回す!」
私は異世界生活二日目にしてこの国から脱出することを考えていた。
漫画や小説のヒロインは、相手がどんな非道なことをしても相手の罪を許し、減刑を願う。
女子大生と王子と白いローブをまとった連中の減刑か……私にできるかな?
しばらく考えたが私には彼らを許すことはできなかった。
「うん……私には無理!
本物の聖女だって名乗ったのは女子大生だし、女子大生の言うことを信じて私を追い出したのは王子と白いローブの連中だし。
彼らがどうなっても知〜〜らない」
これが小説の中なら私はヒロイン失格ね。
「まあ国の前に、谷底から脱出しなくちゃいけないんだけどね……」
目の前の崖を見上げた。
気の遠くなるほど高い崖を、どうやって登ったものか?
――一年後――
「御機嫌よう王子様、エレンさん、白いローブをまとった魔術師の皆さん」
私は黄金に光るリンゴを食べ、力と体力を限界まで上げてからロッククライミングで崖を登り、谷底から脱出した。
谷から脱出したあと東の森で出会った太陽を追いかける狼の末裔のウルリックを仲間にし、私にイズンのリンゴの種をくれたイケメン神様と再会し、彼らと楽しく世界中を飛び回っていた。
「美しさ」をアップするリンゴを食べたから今の私の髪はすべすべの艶々だ。お肌もつるつるもちもち、目の下のくまも消えた。
モンスターを狩り、その毛皮や角をギルドで売り払ったからお金もたくさん持っている。
今私は隣国の一流デザイナーがデザインした、高級な服を着ている。
対して処刑台にいる王子たちは髪はボサボサ、肌はパサパサ、服はボロボロ、靴を履いていなくて裸足で足にはところどころ擦り傷がある。
完全に一年前にお城から追放されたときと立場も見た目も逆転している。
世界中を飛び回っていた私は風の噂でマンハイム国の王子と聖女が処刑されることを知り、再びこの国を訪れていた。
ウルリックは私が名を与えたことで喋れるようになり、リンゴの力で空を飛べる魔法を習得した。
私はその空飛ぶ狼の背に跨り、上空から処刑台にいる王子たちに挨拶した。
王子たちは広場に建てられた処刑台の上でギロチン台に頭をセットされている。
彼らの処刑執行まで秒読みというところで、私が上空から声をかけたのだ。
広場に集まった民衆が驚いた顔で私たちを見ている。
王子たちが処刑されかけているのには理由がある。この国は今困窮していてその原因が王子たちにあるからだ。
三年前、王子が王都の南に王族の保養地として、温泉付きの屋敷を建てる計画を立てた。
二年前に完成したその屋敷のせいで南の穀物地帯を流れる地下水脈が枯れ、農作物が大打撃を受けた。
しかも王子はその屋敷を建てる費用を、東の森の魔物を討伐するために冒険者を雇う費用から勝手に流用していた。なので冒険者が踏み入らなくなった東の森にはモンスターが溢れた。
東の森で増えたモンスターが度々王都を襲い民に被害が出た。そこで王子は北の森の神樹を伐り、王都の周りに柵を作った。
結果王都は護られたが、神樹が伐採されたことにより北の森の瘴気が浄化されなくなり、北の森に瘴気が充満した。北の森の周辺に住む住民が健康被害を訴えるようになった。
王子のやることは悉く失敗している。
王子には国中から批判が集まった。
王子はそれらのやらかしを全てチャラにするために、聖女召喚の儀を行った。
聖女に北の森の瘴気を浄化させ、東の森のモンスターを討伐させ、南の水脈を復活させるために。
聖女召喚の儀式には多額の費用がかかる。
王子は民から税金をかき集め、聖女召喚の儀式の費用に充てた。
そうして呼び出されたのがなんの力もなく金遣いが荒い女子大生のエレンだったのだから、国民の怒りは爆発した。
エレンは最初適当に祈りを捧げ、良いことが起きたら自分の手柄にするつもりでいたらしい。
しかしエレンが祈りを捧げると、北の森の瘴気は逆に濃くなった。その汚名返上のために南の穀物地帯に雨を降らせる祈りを捧げに行ったエレンは、祈りの儀式もしないで保養地で温泉につかり王子とイチャイチャしていただけだった。
それがバレて、国民からの怒りが彼女に集中したのだ。
民の怒りはエレンを呼び出した王子と白いローブの魔術師集団にも向いた。
武装した民は暴徒となって城になだれ込み、王子もエレンも王子の配下の白いローブをまとった魔術師たちも捕らえられた。
私も一度はマンハイム国を見捨てようと思った。
しかし私がこの国を見捨てたら苦しむのは日本で暮らしていたときの私のように、最底辺の生活を強いられた人たちなのだ。
だから私はこの国の人たちを助けるために、仲間とともに戻ってきた。
同郷の人間を見捨てるのも寝覚めが悪いので、ついでにエレンのことも助けてあげるつもりだ。
この世界から鮭のおにぎりや、おでんや、そうめんの話ができる人間がいなくなるのは寂しいからね。
王子と白ローブの連中はついでのついでに助けることにした。
「こいつらを助けるなんてメイはお人好しだね」
ウルリックが呆れたような口調で言った。ウルリックは彼らを助けることに最後まで反対していたからね。
「ほら私ヒロインだし、異世界恋愛における正統派ヒロインは敵でも助けて減刑を願うお人好しなのがセオリーだし」
日本で小説を読んでいたときはウルリックと同じように、敵を助けようとするヒロインの行動に疑問を持っていた。
小説を読みながら「こいつらは助けなくていいよ」と何度思ったことか。
「メイが何を言っているのか、僕にはさっぱりわからないよ」
「ははは……」
私はウルリックに乾いた嗤いを返した。
「メイ、早く助けないと彼らが処刑されてしまいますよ」
神様の言葉にハッとした。
私達の登場に民が呆気に取られ、王子たちの処刑が一時中断しているだけで、彼らの処刑がなくなったわけではないのだ。
「さてとぱぱっと彼らを助けて、東の森のモンスターを倒して、北の森の瘴気を浄化して、南の地方の水脈を復活させて、昔のように豊かで平和な国にしてあげますか!」
「東の森のモンスターならもう殲滅してるよ。
メイの聖女パンチでね」
リンゴの力で力と体力がカンストした私のパンチは、ロボットアニメの巨大ロボットのパンチと同じ威力があると思う。
ロッククライミング後に、襲ってきたモンスターをワンパンした。
次から次と襲ってくるモンスターを全部ワンパンした。
ここがゲームの世界なら一撃のダメージがカンストして、「9999」と表示されているに違いない。
本当は私だって可愛い杖を装備して魔法で敵を倒したかったのだ、まさか物理攻撃オンリーの脳筋聖女になるとは……。
「もう、ウルリックったら!
皆の前でバラさないでよ!
婚期が遠のくわ」
「いいじゃない、メイがお嫁にいけなかったら僕がもらってあげるよ」
ウルリックの言葉に、私の心臓がドキドキと音を立てる。
彼氏いない歴=年の数の私には、狼からの告白でも心臓に悪い。
ちなみにウルリックを仲間にしたのは、東の森でボッチ生活しているときだ。
当時の私は他のモンスターと違い、愛くるしい見た目をしていた青い狼に一目惚れした。
日本にいたとき大きな犬を飼うのが夢だったし、犬も狼も似たようなものだしね。
ウルリックは怪我をしていたので治療してあげたら、仲間にしてほしそうな目でこっちを見てきたので、名前を付けて友達にした。
「ズルいですよ、ウルリック。
私もメイさんを狙っていたのに」
神様は隣国の砂漠に倒れていた。リンゴを食べさせたら復活した。
彼は異世界に転移した私を探していて迷子になったらしい。神様なのに方向音痴って……。
「ちょっと! 早く助けなさいよ!」
「そうだぞ! グズ! のろま!」
ギロチンにかけられている女子大生と王子が喚いている。
「やっぱり助けるのやめようかな……」
私がボソリと呟くと、女子大生と王子が真っ青な顔で泣きながら謝ってきた。
「すみませんでした! いまのは冗談です! 助けてください! 故郷で男遊びしていたことをバラされたくなくて冤罪をかけて城から追い出しました! 本当にすみませんでした!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! もう言わないので許してください!
俺もエレンの言葉を鵜呑みにしてあなたを追放し部下に殺すように命じたことを反省してます!
すみませんでした!!
二度とあんな愚かなことはしないので許してください!」
エレンと王子が涙と鼻水を垂らしながら謝ってきた。
「あなた達が謝るのは私じゃないですよ。ここにいる民です」
私がキッと睨むと王子たちは真っ青な顔で、民への謝罪を口にした。
「偽者なのに本物の聖女のフリをしてすみませんでした!
王子のお金で贅沢しました。すみません!
心を入れ替えて生きるので許してください!」
「俺の政策はすべて間違っていた!
国民に多大な迷惑をかけた!
本当にすまなかったと思っている! 心から謝罪するので許してほしい!」
「オレたちも王子様の腰ぎんちゃくをしながら甘い汁を吸ってました!
ごめんなさい! ごめんなさい!
もうしないので許して下さい!!」
エレンと王子と白ローブの連中が国民へ謝罪した。
ちゃんと謝ったので、生涯幽閉で勘弁してやろうと思う。
「広場に集まった皆さ〜〜ん!
私は本物の聖女のメイです!
証拠は空を飛べる生き物に乗り、神様と一緒にいることで〜〜す!」
広場に集まった民がざわついた。
「私が北の森の瘴気を浄化し、南の穀物地帯の水脈を復活させるので、こいつらの処分を生涯幽閉で許してもらえませんか〜〜?
ちなみに東の森のモンスターは私がすでに退治しました〜〜!」
民は始め動揺していたが、やがて私を聖女と認める「聖女様」コールが起きた。
空を飛ぶ狼に跨り、宙に浮く神々しいオーラを放つ美青年と一緒にいる女を、聖女と認定しないわけにはいかなかったのだろう。
「みんな私が本物の聖女だと認めてくれてありがとう!
この国の平穏を取り戻すまで頑張るね!」
広場に集まった民衆から歓声が上がる。
「じゃあまずは処刑台から破壊しようか!
聖女パーーーーンチ!!」
私は聖なる気を拳に込め、ウルリックの背から降り、処刑台に向かって急降下した。
――終わり――
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