表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/18

Scene8「先輩と、雑巾」

 もはや日課となりつつある、放課後に手芸部へと顔を出すというルーティン。それを自覚するたびに、僕もようやく手芸部員らしくなってきたな、と思う。

 その日も例にもれず部室に顔を出すと、先輩は熱心に、タオル地の白い布を縫っていた。


「今日は、何を作ってるんですか?」


 僕が何の気なしに尋ねると、先輩はばつが悪そうに笑った。


「これはね……雑巾、かな」

「雑巾ですか?」

「うん、弟が学校で使うらしくてね」

「へえ、そうなんですか……」


 きっと先輩のことだから、雑巾が必要だという話を聞いて、率先して製作を申し出たのだろう。その場面が僕には簡単に想像できた。

 というか……。


「先輩って、弟さんがいるんですね」

「うん。言ってなかったっけ?」

「はい、初めて聞きました」


 僕は頷いた。

 もし聞いているのなら、流石に忘れるわけがない。

 ……というか考えてみれば、先輩のそういうパーソナルな情報については、まだ僕はあまり知らない気がする。まあ、積極的に聞く必要もないといえばないのだが。


「弟さんは、おいくつなんですか?」

「確か、8歳だったかな……まだ小学2年生だから」


 なるほど、小学生か。それなら確かに、学校で雑巾が必要になる。でも……。

 

「……先輩とは、結構年が離れてるんですね」


 先輩は今、高校2年生だから……弟さんとは8から9歳ほど年が離れていることになる。

 すると先輩は僕の言葉に、苦笑を返した。


「うん。やんちゃ盛りで、ちょっと困ってるかな」


 だがそう言う先輩は、不思議と嫌そうではなかった。

 多分だけど、姉弟の関係は良好なのだろう。ここまで年が離れていると、そもそも喧嘩というものも起きないのかもしれない。まあ一人っ子の僕には、どこまでも想像の域を出ないのだけれど。


「雑巾は、何枚必要なんですか?」

「えっと……濡れ拭き用と乾拭き用で、最低でも2枚は必要みたい」


 まだ縫い始めたばかりなのだろう。先輩が縫っているのは、まだ1枚目のようだった。

 それを見て、僕は申し出る。


「あの……僕も手伝って良いですか?」


 その僕の言葉が予想外だったのだろう。先輩は、針を動かしていた手を止めて、僕を見る。


「え? 千秋君が……?」

「はい。一応、僕も手芸部員ですし……それに、雑巾くらいだったら、僕にも作れるかなって……それとも、もしかして迷惑でしょうか?」


 僕がそう言うと、先輩はブンブンと首を振る。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど……本当にいいの?」

「はい、もちろん。むしろ早く上手くなりたいので、こういうので針になれておくのも大事かなと」

「そっか」


 先輩はなんだか嬉しそうに頷いたあと、僕に残っていた布を差し出す。


「じゃあ……お願いしよっかな」

「はい、任せて下さい」

 そう言って僕は、布を受け取った。


 ――という訳で、雑巾づくりに取り掛かった訳だけど……。


「あ、あれ……?」


 ……案の定というか、全然上手く縫えていなかった。

 なんだろう。線を真っ直ぐに縫うのが難しくて、すぐガタガタになってしまう。

 半ば無理に手伝いを申し出たというのに……この体たらくは恥ずかしすぎる。


「千秋くん大丈夫? ほらこうやって――」


 しまいには先輩に逆に手伝ってもらう始末。というか、これ……逆に先輩の負担が増えてしまってないか? なにやってんだよ、僕……。

 ちなみに先輩は、自分の分をとっくに縫い上げており、暇を持て余したのか、その隅っこに小さなクマさんのマークまで縫ってしまっていた。

 可愛らしいけど、男の子には余計なんじゃなかろうか……とも思ったが、そもそもちゃんと完成させられるのかすら怪しい僕に、そんなことを言える義理などなかった。

 そんなこんなで――。


「で、出来た……」


 僕が縫い始めた雑巾は、紆余曲折を経て、なんとか雑巾としての形になっていた。


「お疲れ、千秋くん」

「すみません、こんな不格好になってしまって……」

「何言ってるの、充分立派だよ」


 申し訳なさでいっぱいの僕の言葉に、先輩は優しく声をかける。


「一生懸命作ったんだから、どんなに不格好だったとしても、使う人に気持ちは伝わるよ……手作りって、そういうものだから」

「そ、そうですかね……」

「うん、そうだよ」


 先輩がかけてくれた慰めの言葉。

 だけど、もし先輩の言うことが本当なら。

 あとは弟くんのもとで、しっかりその役目を全うしてくれるのを、願うばかりだ――。


◇◇◇

 

 ――後日。

 小学校のとある教室にて、男子の叫び声がこだます。


「ナンダコレ!! この変なぞうきんは!? これじゃぞうきんじゃなくてただのゴミじゃねーか!! 姉ちゃんのバカヤロー!!」


 少年の悲痛な叫びを、しかし制作者本人は、知る由もないのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ