Scene8「先輩と、雑巾」
もはや日課となりつつある、放課後に手芸部へと顔を出すというルーティン。それを自覚するたびに、僕もようやく手芸部員らしくなってきたな、と思う。
その日も例にもれず部室に顔を出すと、先輩は熱心に、タオル地の白い布を縫っていた。
「今日は、何を作ってるんですか?」
僕が何の気なしに尋ねると、先輩はばつが悪そうに笑った。
「これはね……雑巾、かな」
「雑巾ですか?」
「うん、弟が学校で使うらしくてね」
「へえ、そうなんですか……」
きっと先輩のことだから、雑巾が必要だという話を聞いて、率先して製作を申し出たのだろう。その場面が僕には簡単に想像できた。
というか……。
「先輩って、弟さんがいるんですね」
「うん。言ってなかったっけ?」
「はい、初めて聞きました」
僕は頷いた。
もし聞いているのなら、流石に忘れるわけがない。
……というか考えてみれば、先輩のそういうパーソナルな情報については、まだ僕はあまり知らない気がする。まあ、積極的に聞く必要もないといえばないのだが。
「弟さんは、おいくつなんですか?」
「確か、8歳だったかな……まだ小学2年生だから」
なるほど、小学生か。それなら確かに、学校で雑巾が必要になる。でも……。
「……先輩とは、結構年が離れてるんですね」
先輩は今、高校2年生だから……弟さんとは8から9歳ほど年が離れていることになる。
すると先輩は僕の言葉に、苦笑を返した。
「うん。やんちゃ盛りで、ちょっと困ってるかな」
だがそう言う先輩は、不思議と嫌そうではなかった。
多分だけど、姉弟の関係は良好なのだろう。ここまで年が離れていると、そもそも喧嘩というものも起きないのかもしれない。まあ一人っ子の僕には、どこまでも想像の域を出ないのだけれど。
「雑巾は、何枚必要なんですか?」
「えっと……濡れ拭き用と乾拭き用で、最低でも2枚は必要みたい」
まだ縫い始めたばかりなのだろう。先輩が縫っているのは、まだ1枚目のようだった。
それを見て、僕は申し出る。
「あの……僕も手伝って良いですか?」
その僕の言葉が予想外だったのだろう。先輩は、針を動かしていた手を止めて、僕を見る。
「え? 千秋君が……?」
「はい。一応、僕も手芸部員ですし……それに、雑巾くらいだったら、僕にも作れるかなって……それとも、もしかして迷惑でしょうか?」
僕がそう言うと、先輩はブンブンと首を振る。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……本当にいいの?」
「はい、もちろん。むしろ早く上手くなりたいので、こういうので針になれておくのも大事かなと」
「そっか」
先輩はなんだか嬉しそうに頷いたあと、僕に残っていた布を差し出す。
「じゃあ……お願いしよっかな」
「はい、任せて下さい」
そう言って僕は、布を受け取った。
――という訳で、雑巾づくりに取り掛かった訳だけど……。
「あ、あれ……?」
……案の定というか、全然上手く縫えていなかった。
なんだろう。線を真っ直ぐに縫うのが難しくて、すぐガタガタになってしまう。
半ば無理に手伝いを申し出たというのに……この体たらくは恥ずかしすぎる。
「千秋くん大丈夫? ほらこうやって――」
しまいには先輩に逆に手伝ってもらう始末。というか、これ……逆に先輩の負担が増えてしまってないか? なにやってんだよ、僕……。
ちなみに先輩は、自分の分をとっくに縫い上げており、暇を持て余したのか、その隅っこに小さなクマさんのマークまで縫ってしまっていた。
可愛らしいけど、男の子には余計なんじゃなかろうか……とも思ったが、そもそもちゃんと完成させられるのかすら怪しい僕に、そんなことを言える義理などなかった。
そんなこんなで――。
「で、出来た……」
僕が縫い始めた雑巾は、紆余曲折を経て、なんとか雑巾としての形になっていた。
「お疲れ、千秋くん」
「すみません、こんな不格好になってしまって……」
「何言ってるの、充分立派だよ」
申し訳なさでいっぱいの僕の言葉に、先輩は優しく声をかける。
「一生懸命作ったんだから、どんなに不格好だったとしても、使う人に気持ちは伝わるよ……手作りって、そういうものだから」
「そ、そうですかね……」
「うん、そうだよ」
先輩がかけてくれた慰めの言葉。
だけど、もし先輩の言うことが本当なら。
あとは弟くんのもとで、しっかりその役目を全うしてくれるのを、願うばかりだ――。
◇◇◇
――後日。
小学校のとある教室にて、男子の叫び声がこだます。
「ナンダコレ!! この変なぞうきんは!? これじゃぞうきんじゃなくてただのゴミじゃねーか!! 姉ちゃんのバカヤロー!!」
少年の悲痛な叫びを、しかし制作者本人は、知る由もないのだった。