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Scene4「先輩と、フェルト細工」

 いつものように僕が手芸部の部室を訪れると、先輩は定位置のソファではなく、部室中央に配置されている長机に向かって、何かの作業をしていた。


「お、お疲れ様でーす……」


 作業に没頭しているようなので邪魔しちゃ悪いとも思ったが、とりあえず小声で声をかける。すると先輩は僕の声に気付いたようで、おもむろに顔を上げ、そして僕の姿を確認するなり、微笑んだ。


「あ、千秋くん。お疲れ様」


 僕はその笑顔に、妙なくすぐったさを感じる。それをごまかす様に先輩に尋ねた。


「何をされてたんですか?」


 そして僕は机の上に乗っていた何かへと視線を向ける。マットが敷かれた上に、何かふわふわした丸いものが置いてある。そして先輩の手には、針のようなものが握られていた。


「ああ、これ?」


 先輩は丸いものをつまみ上げて、自身の掌に乗せる。


「これは、羊毛フェルト」

「羊毛、フェルト……ですか?」

「うん。この針でチクチク刺して形を作るの。ちょっとした小物なら簡単にできるし、慣れてくれば……ほら」


 そう言って先輩が、自らの鞄の中から取り出したのは、ミニチュアの猫だった。だが、その精巧さに、僕は吃驚する。

 ほとんど猫そのものだった。本物の猫を、そのまま手のひらサイズにまで縮小させたかのような。信じられないほどリアルに作られていた。


「これ、先輩が作ったんですか?」

「どう? すごいでしょ?」


 僕が素直に頷くと、先輩は誇らしげに胸を張っていた。

 へぇ……手芸っていうと、勝手に毛糸のセーターとかマフラーみたいなものを想像していたのだけれど、こういうのもあるんだな……。

 その精巧さに見惚れ、しばらくそれを眺めていると、急に先輩は思いついたように言った。


「そうだ! 良かったら千秋くんも一緒に作ってみる? 材料と道具はまだ残ってるし……」

「ええっ……!? 僕がですか?」


 手芸においてはド素人である僕に、こんなに上手く作れるとは思えないのだが……。

 すると先輩は僕の考えを察したのか、笑いをこらえるように言った。


「大丈夫大丈夫! 初めからこんなのに挑戦しなくても、もっと簡単なのから始めればいいから! それに、誰だって最初は上手くできるわけじゃないし。横で私が教えてあげるから……だから、ね?」


 ……そういうものなのだろうか?

 しかし手芸部に入ってしまった以上は、このままずっとヘタクソのままでいるわけにもいかないだろう。それに、先輩も教えてくれるって言ってるし……確かにいい機会なのかもしれなかった。

 僕は先輩に向かって、頭を下げた。


「……そういうことなら、お願いします」

「よしっ、決まりね! ……それじゃあ何を作ろっか?」


 そして先輩は、本棚からフェルト細工の作り方が図解された入門書を取り出し、それを机の上に広げる。

 載っているのは、デフォルメ化されたクマやペンギンのマスコット。入門書、ということもあって、さっき先輩に見せてもらったミニチュアよりはだいぶ作りやすそうなラインナップになっていた。

 ……これなら、僕でも作れそうだな。

 そんな楽観的な考えを抱いた僕だったが、それが完全な間違いだったと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 取り敢えず1番簡単そうなクマのマスコットを作ることにした僕は、隣から先輩の手ほどきを受けながら作業に取り掛かったのだが……。


「これは、こうかな……」

「違う違う! ここはこうして……」

「え……? こうですか……?」

「だーかーらー! こうだってば……!」

「……」

「……」


 ……そして気付いた時には。

 この世のものとは思えない、おぞましい謎の物体が完成していたのだった。


「……んー、まぁ、初めてにしては上出来、かな?」


 先輩の気遣いが逆にグサリと突き刺さる。

 僕の表情に気付いたらしい先輩は、取り繕うように言った。


「あ、いや、ウソじゃないってば! 私も最初は全然上手くいかなかったし」

「……ホントですか?」

「ホントホント! 誰だって最初から上手くいくわけないよ。それに……」

「それに?」

「よく見たら結構かわいい気もするし」


 僕が作った、クマというよりは唐揚げに近い、というか、10人に聞いたら8人は唐揚げと答えそうな何かを、先輩は人差し指と親指で摘み上げながらそう呟いた。

 どうせ単なるお世辞だろう。そんなことは分かり切っている。だけど……。


「……良かったら、私が貰っても良いかな?」


 何故か大事そうにそれを眺める先輩に、僕は悪い気はしなかったのだった。


 …………そしてその後、教えて貰うときに先輩と肌が触れ合うくらいに密着していたことを、今更になって思い出して、僕は悶絶するのだった。


◇◇◇


「……ねーねー、まこっちゃん」

「うん?」

「今朝から気になってたんだけどさ。……なに? この筆箱についてるヤツ」

「これ? 昨日部活で作ったの」

「ふーん、でもまこっちゃんが作ったにしては、あんまり出来が良くないような……」

「ふふ」

「ってか、そもそもなにこれ? 唐揚げ?」

「……えっと、それはね…………内緒♪」

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