Pre-Scene1「先輩と、先輩」
「――好きです。織原さん、俺と付き合ってください!!」
その言葉を聞いて――真琴は、またか、と思ってしまう。
ある日の放課後、校舎裏。
隣のクラスの男子生徒に呼び出され、まさかと思いながらも呼び出されるがまま向かった先の校舎裏で、待っていたのはやっぱり告白だった。
真琴は告白してきた男子生徒を眺める。緊張のあまり強ばらせた肩を見る限り、冷やかしではないことは分かる。
これまでに真琴が相手をしてきた中には面白半分で告白してくる輩もおり、それより幾分かマシなのは明らかだった。
でも、それだけだ。
真琴の答えはすでに決まっていた。
真琴は、男子生徒に頭を下げて答えた。
「ごめんなさい――」
◇◇◇
「――で? 告白断ってきたってワケ?」
「はい」
「かぁー! 勿体ないわねぇー!! 結構カッコよかったし、誠実そうでいい子だったじゃない」
「でも、別に好きじゃないですから」
「はぁー、真琴ちゃん、アンタねぇ……」
部室棟。
多くの部活動が部室として使用するそこは、現在の校舎が作られる前は教室として使われていたことから別名『旧校舎』とも呼ばれ、かなりの年季と独特の雰囲気を漂わせているためか、生徒たちからも愛されている場所だった。
そんな部室棟の3階、それも1番奥まった場所に存在する部室。それが、手芸部だった。
そんな手芸部に所属する部員は、全部で2人のみ。
1人は、1年の織原真琴。
そして、もう1人は――、
「付き合ってみてから始まる恋だってあるじゃない、きっと」
こじんまりした部室。その中で真琴と2人きり。その真琴対して、大仰に恋を語る少女。
――3年の、楠木莉子だった。
「そんな一か八かの恋なんて、私は要らないんです」
「じゃあ、どんな恋がお望みなのよ?」
「それはまぁ、なんというか……ビビッとくるというか」
「ビビッと?」
「会った瞬間、あ、好きだなって、思える人というか……」
「はぁ……真琴ちゃんはさ、ちょいとロマンチストが過ぎるんじゃない?」
「えぇ? そうですか?」
「来るかも分からない白馬の王子様なんか待ってたら、その前にリンゴの毒が回って死んじゃうよ?」
「うーん、そういうもんですかねぇ……」
莉子先輩の言うことも、一理あるのかもしれない。
だけど、告白してくる男子生徒――その誰に対してもなんの感情も湧かない。そんな相手を、好きになれるはずもない。
長く一緒にいればそれなりの感情も得られるかもしれない。でも、そこに至るまでの虚無の期間に、真琴は耐えられそうになかった。
「まぁ、私には、莉子先輩が居ますから」
唯一その虚無をこじ開けてくれたのは、莉子先輩だったから。だから真琴は、今は莉子先輩と一緒に過ごせればそれで良かった。
「おー、嬉しいこと言ってくれちゃって。このこのー」
莉子先輩は、じゃれるように真琴を小突く。
2人しかいない、廃部寸前の手芸部。
莉子先輩と、2人きり。
真琴は、そんな時間が好きだった。
ずっと続けばいいのにと、そう思った。
◇◇◇
「……さぁて、真琴ちゃんの失恋話もひと段落ついたことだし」
そう言って、莉子先輩は立ち上がる。そして、気持ち良さそうに大きく伸びをした。
「だから、失恋なんてしてないですってば」
「あ、そう? まぁ、どっちでもいいんだけどね」
どっちでもいいって……私のことをさんざっぱらイジり倒したのは莉子先輩のクセに――。
すると莉子先輩は、自分のスクールバッグを拾い上げて背負った。
そして、真琴に言う。
「――今日も、行かない?」
「どこにですか?」
「決まってんじゃん。いつもの喫茶店」
その言葉で、真琴は莉子先輩が行こうとしている場所がどこなのかに気付く。
2人には、他の高校生は滅多に訪れない、行きつけにしている穴場の喫茶店があったのだった。