Scene16「先輩と、買い物」
手芸の材料を買い出しに行きたいということで、先輩と共に訪れていたのは、学校から数十分歩いたところにあるショッピングモールだった。
このモールの中に手芸用品店が存在しており、今日の目的地はそこだった。
ちなみに学校からそこまで遠くないということもあり、生徒たちの憩いの場所にもなっている。現に、同じ制服の生徒がちらほらと歩いているのが見えた。
「考えてみれば、千秋くんとここに来るのは初めてだね」
「他の人とは、よく来たりするんですか?」
「んーと……ちょっと前までは、カオルとヨッシーの3人でちょくちょく来てたかな。2年になってからはカオルが部活で忙しいみたいだから、行けてなかったけど」
「里崎先輩が?」
「うん。あの子、陸上部だから。今頃、後輩たちを扱いてるんじゃないかな」
陸上部……そういえば長峰くんも陸上部だったけ。長峰くんも里崎先輩に扱きを受けたりしてるんだろうか?
里崎先輩が真面目に部活動をやっているところ、あんまり想像出来ないな……。
そのあたり、今度長峰くんに聞いてみるか……。
「だから、実を言うと来るのは割と久しぶりなの。久々だから、何だかちょっとワクワクしてる」
「そ、そうですか……」
その付き添いが僕であるという事実は、いささか荷が重いような気がしなくもないけど、先輩が楽しそうだから、これでいいのだろう。
僕と先輩の目的地である手芸用品店は、この建物の2階に存在した。この場所にそれが存在すること自体は知っていたけれど、自ら足を踏み売れたことはなかった。当たり前だ、この春まで自分が手芸をやるなんて思いもしていなかったから。
先輩は何種類もある布が並んだ商品棚を食い入るように見つめていた。その表情は真剣そのものだった。いつも優しい先輩だけど、こと手芸に関しては、真剣な表情を見せることも多い。
「すごく悩んでますね……何のキャラクターのコスプレを作るかは、もう決まっているんでしたっけ?」
「うん……だけどどの質感の布を使うかによって、最終的な仕上がりがだいぶ変わってくるから……」
「なるほど……」
正直、手芸歴での浅い僕には、先輩のこだわりは全く分からない。……でも、下手に口出ししても仕方がないのは明らかな訳で。僕は先輩が真面目に悩む様子を、じっと眺めていた。
そして必要な材料を一通り選び終え、レジで会計を済ませた僕らは店を出た。先輩は久しぶりの材料選びをかなり楽しんでいたようで、店を出る時ホクホクした顔をしていた。
「ごめんね。荷物、持ってもらっちゃって」
先輩が申し訳なさそうに言う。
すすんで荷物持ちを申し出た僕の両手には、買い物袋が垂れ下がっていた。
「いえ……大丈夫です」
僕にはこれくらいしか出来ないですから――という言葉を、言いかけてグッと飲み込んだ。
事実、僕は今回の買った材料のチョイスにおいて、なにひとつ寄与していない。僕がついてくる必要など無かったのではないかと思えるほどだ。だが、それを今ここで先輩に言っても意味はない。
だからせめて、荷物持ちくらいは、僕がすべきなのだ。
「そっか……ありがとう」
だから……先輩のお礼の言葉が、くすぐったかった。
「……ねぇ、千秋くん」
それからモール内をしばらくぶらついていると、先輩が不意に僕に声を掛けた。
「はい、なんですか?」
「実はもう一つ、寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
「寄りたいところ、ですか?」
何か買い忘れでもしたのだろうか?
でも、先程のお店で僕の両手は既に塞がっている。これ以上買い物をすることになってももう持てそうにないのだが……。
そんな僕の心配をよそに、ショッピングモールを出て先輩が向かった先は、町の喧騒からは少し外れたところにある寂れた路地だった。
「さ、入ろっか」
そう言う先輩が視線を向けた先にあったのは、こじんまりと佇む純喫茶だった。