Scene15「先輩と、放課後デート」
「……ねぇ、千秋くん。買い出しに行かない?」
いつものように部室で過ごしていると、先輩が僕にそう言った。
「買い出し? 何をですか?」
「うーんと、布とかいろいろ。そろそろ部室のストックも無くなってきたし。それに、ちょっと衣装を作るのを頼まれてて。それの材料探しも兼ねてかな」
……衣装?
なんだか耳慣れないワードが先輩の口から飛び出す。
「衣装って、何の衣装ですか?」
「アニメのコスプレらしいよ」
私はよく知らないんだけどね、と付け足す。
「ヨッシーが夏のイベントで着たいらしくてね」
「ヨッシー?」
「三田芳佳。この前学食で会ったでしょ? カオル――里崎薫と一緒に」
「ああ……」
なるほど。
あの時先輩や里崎先輩と一緒にいたおっとりした感じの先輩――友人B、あの人のことか。
「実はあの子、漫研でさ。コスプレとかもやったりするらしくて、たまに衣装をお願いされるんだよね」
「へぇ、そうなんですか……」
コスプレか……あの人がしてるところ、あまり想像出来ないな。何となくおしとやかそうな人だったから。コスプレしたら性格が豹変したりとか、するんだろうか。
「……という訳で、早急に新しい材料が必要なのです。結構な荷物になりそうだし、男の子がひとりついて来てくれたら、すっごく嬉しいんだけど」
そう言って先輩は、上目遣いで僕を見る。
「べ……別に、良いですけど……」
僕はその先輩の仕草にどぎまぎして、思わず目を逸らしてしまう。きっと先輩からしたら何の気なしにした仕草でしかないのだろうけど、僕にはそれが、何故だかドキドキする仕草に見えてしまうのだ。
最近の僕は何だか変だった。
先輩の動き一つにいちいち意識して、勝手にドキドキする。
出来るだけ意識しないようにして、逆にドツボにハマっていく感じ。
「やった」
先輩は僕の返事を聞くと、すぐさまテキパキと広げていたモノを片し、自分の鞄を持ち上げていた。
そして、僕を急かすように言う。
「ほら、千秋くんも早く!」
「は、はい……!」
先輩に促された僕はそそくさと立ち上がって、部室を出た。
先輩に促されるまま旧校舎を出ると、心地よい風が頬を撫でた。
もう春と呼ぶには暖かすぎるけど、まだ夏と呼ぶには気が早いような、そんな心地よさだった。
遠くのグラウンドからサッカー部の掛け声が聞こえる。まだ放課後になってそんなに時間も経ってないからか、聞こえてくる掛け声にもどこか熱が入っているようだった。
「……こんな時間に下校するのって、なんか新鮮だね」
先輩が言った。
確かに先輩の言う通り、こんなに早い時間に下校するのは久しぶりだ。ここのところ最近は、部室で先輩と過ごしてから帰るのが普通になってきていたから。
というかそもそも、こんな時間に先輩と外に出ること自体が初めてだ。
何だか妙な感覚だった。
そして、同じことを先輩も思ったのだろうか。
僕に対して、こんなことを言った。
「……こうして歩いてると、何だかデートみたいだね」
「えっ……」
今……なんて……?
驚きのあまりこぼれ落ちそうなくらい目を見開いた僕を見て、先輩は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、僕に手のひらを差し出した。
「千秋くん、手……繋ごっか?」
「な、なんでっ……!?」
僕の戸惑いの声に、なおも笑顔を湛えたまま答える。
「なんでって……ただ、千秋と手を繋いで歩きたいなぁーって。……それとも千秋くんは……イヤ?」
……イヤじゃない。
イヤじゃないけどっ……!!
果たして本当に、この場で手なんか繋いだりしていいのだろうか?
僕は周りを見渡す。
周囲には、まだ下校する生徒たちの姿がチラホラと見えた。
普段から一緒にいることが多いため忘れそうになるが、先輩は割と有名人だ。
こんなところで手を繋いで誰かに気付かれようものなら、多分その事実は、尾ひれがついて学校を泳ぎ回ることになるだろう。
そんなことになれば、先輩の迷惑になってしまうのは必至だ。
……しかし、だ。
今この状況、手のひらを差し伸ばしてきたのは先輩の方からな訳で、それはつまり、もしこの場で手を繋いでいるところが誰かに見られても別に気にしないという意思表示の表れなのではなかろうか。
もしそうなら、先輩の手を、僕は握るべきなのではなかろうか。
そんなこんなで悩み抜いた挙句、僕がその手を取ろうとした、その時。
「ブッブー」
先輩は、急にその手を引っ込めた。
「時間切れでーす!」
そう言って、悪戯っぽく笑う。
僕は虚しく空を切った自分の手のひらを、誤魔化すようにポケットに仕舞った。
そうか……そりゃそうだよな……。
本気で悩んだ自分に、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
「手、繋ぎたかった?」
「い、いえ、別に……」
「私は、繋いでも良かったよ?」
「え?」
先輩の言葉に、僕は彼女を見つめる。だけど先輩は、この話はお終い、とでも言わんばかりに歩き出した。
「さ、行こっか」
「あ、はい……」
そして僕も先輩の後について歩き出した。胸の中に、何かモヤモヤとしたものを感じながら。