Scene11「先輩と、お弁当②」
弁当を抱えたまま先輩を連れてたどり着いたのは、いつもの部室だった。
手芸部の部室は旧校舎の中でも特に奥まった場所にあるだけあって……流石に静かだった。
でもこれで、ゆっくり食事ができそうだ。
「さあ、食べましょうか――って、先輩、どうしました?」
見ると、先輩は柄にもなくションボリしていた。
「ごめんね、千秋くん。私、張り切りすぎちゃって……ちょっと、どうかしてたかも」
そっか……先輩、そんなに真剣にお弁当を作ってきてくれたんだ。僕なんかのために……。
「迷惑じゃなかったですか?」
「えっ? どうして……?」
「だって、話の流れで急にお弁当作ってきてもらうことになっちゃって……本当は先輩作るの嫌だったんじゃないのかと……」
「そんなことないよ!」
先輩は、僕の言葉をブンブンと首を振って否定する。
「ただ……」
ただ?
「……あんまり、期待はしないで欲しいから」
そう言って、先輩は僕がテーブルに置いた弁当の包みを広げ、中を開けてみせる。
そして中から出てくるのは、お肉と野菜のバランスがとれた品々だ。
別に、特におかしいものもない、普通の弁当だけど……。
「食べてもいいですか?」
「……うん」
僕は先輩から許可をもらい、お弁当に手を付ける。
まずベタだけど、この卵焼きから……。
黄色く照りを放つそれを箸でつまみ、口の中へともっていく。
どれどれ、お味は……。
ん……?
あー、えーっと……。
……なるほど。
先輩は卵焼きを咀嚼する僕の表情を見て、何かを察したのか、伏し目がちに言った。
「あのね、実は私……あんまり料理は得意じゃないの……」
その言葉を聞いて、僕は――弁当を作る流れになった時あまり乗り気じゃなかった理由と、今日の先輩がらしくなかった理由――そのすべてに合点がいって、やってしまった、と思う。
いや別に、マズくないわけではないのだ。決して食えなくはない。ただ……美味くもないというだけで。
つまり、なんとも反応に困る料理だった。
「昔から料理は得意じゃなくて……それで定期的にお弁当を作って練習してたんだけど……ちっとも上手くならなくて。だから……ごめん」
……最悪だ。
それは無論先輩の料理が、という意味ではなく――先輩に気を使わせてしまったことに対してだ。それに対して、僕は後悔の念を禁じえなかった。
先輩にこんな顔をさせてしまうなんて。
どうすれば先輩が笑ってくれるだろう――。
僕はしばらく考えた挙句、先輩の作った弁当を無心で頬張っていた。
「ちょ、ちょっと……! 無理しなくていいよ、千秋くん!」
「……無理なんかしてないですよ」
僕は弁当の中身をひとしきり食べてから、そう言った。
「わざわざ僕のために作ってきてくれたって……それだけで僕は嬉しいから……」
そう。それだけは、僕の本心だ。
「千秋くん……」
「……先輩。良かったら、お弁当また作ってきてくれませんか?」
「え? でも、そんなに美味しくないだろうし……」
「練習でたまに作ってくるんですよね? そのついででも良いですから……僕を、その練習台にさせてください」
図々しいお願いだったかもしれない。
だけど、先輩は、いつものように僕へと笑顔を見せながら――。
「うん……じゃあ、お願いしますっ……」
この日ようやく見ることが出来た先輩の笑顔に、僕はほっとする。
……それにしても、先輩が料理が苦手だなんて、意外だったな。
なんでもそつなくこなすイメージがあったのだけれど。
でも、そんな完璧な先輩の意外な一面を知れたことが、僕は少し嬉しかった。
これからも少しずつ、先輩のことを知っていきたい――僕はそう思ったのだった。