Scene10「先輩と、お弁当①」
学食で先輩たちと同席したその数日後。
この日、僕は先輩にお弁当を作って来てもらうことになっていた。
なっていたんだけど……。
4限目が終わって、昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。それを聞いたクラスメイトたちは、学食や購買に向かうために、ぞろぞろと教室を出ていった。
だけど、僕はまだ教室を出るつもりがない。
いや、正確には、出ることが出来ないと言ったほうが良いのかも知れない。
何故かって?
それは――。
僕は教室の入り口を見た。
するとそこには、扉の端からチラチラとこちらの様子を伺う人物が1名。
その姿を、僕は見間違いようもない。
――先輩だった。
下級生の教室に入ることが躊躇われるのか、さっきから先輩は顔を出したり引っ込めたりを繰り返していた。お陰で、否が応でも先輩に注目が集まる。
教室内にいる生徒からは、チラホラと話し声が聞こえた。
『あれって、もしかして織原先輩じゃね?』
『どうしてこんなところに……』
『うちのクラスに、知り合いでも居るのかな?』
……いやまあ、先輩の目的は十中八九僕なのだろうけど。
「おい、行かなくていいのか?」
そう僕に声を掛けてくるのは、長峰くんだ。
長峰くんを始めとした一部の仲のいいクラスメイトは、僕と先輩の関係を知っている。……いや関係といっても、ただの部活の先輩と後輩でしかないのだが。
僕は答えた。
「いや……行くべきなんだろうけど、ちょっとね……」
ちょっと注目を集めすぎている。いや、別に先輩との関係を隠している訳ではないのだけれど……先輩って、校内では無駄に有名人みたいだから、何となくだけど腰が引けてしまう。
「いやそうかもしれんけどさ、いい加減行ってあげなきゃ可哀想じゃね?」
そう言うのは、僕と長峰くんの会話を横で聞いていた、相田くん。
確かになぁ……。
放っておけば、永遠にあそこに居るんじゃなかろうか。
「ほら、行った行った」
そう言って相田くんは、僕の背中を押す。
僕は仕方なく席から立ち上がり、先輩の元へと向かった。
「先輩」
僕が声を掛けると、先輩はビクッと震えたあと、僕のほうを見ていった。
「や、やあ……千秋くん。久しぶり……」
久しぶりて……昨日部室で会ったじゃないですか……。
「こんなところで会うなんて、奇遇デスネ」
奇遇ではない。断じて。
というか今日弁当を作って来てくれるということは、既に昨日の時点で聞いていたし。そもそも、この状況のどこをどう見たら奇遇と言えるのか。
まあ、先輩がわざわざ僕の教室にまで来てくれるとは、少し想定外だったけれども。
「実は……今日はお弁当を作って来たの」
うん、知ってる。だってそういう約束だったから。
「だから、千秋くんに食べて欲しいなって」
なんだろう……今日の先輩は、冷静さに欠ける気がした。普段だったら誰かに見られていようと、全く動じない人なのに……。
「分かりました」
僕は先輩によって差し出された弁当の包みを受け取る。
「ちゃんと頂きますから。だから……まずは移動しましょう」
今の教室中から注目が集まっている状況では、ゆっくりと食事を摂ることすらままならない。というか、僕が耐えられそうになかった。
どこか静かな場所となると……あそこくらいしかないか。
「行きましょう、先輩」
「あっ……」
僕は先輩の手を取って、その場所へと向かった。
「……うん」
……ちなみに、この時先輩の手を無意識に取ってしまったことについて、先輩と同じくらい冷静じゃなかった僕はしばらくしてから気付いて悶々とするのだが、それはまた後の話である。