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Scene1「先輩と、旧校舎」

「――ああ、もうこんな時間か」


 用具入れに回転箒をしまった僕は、教室の壁にかかっていた時計で時間を確認して、少しだけ吃驚する。時計の針は、僕の予想よりも数センチだけ、先へと進んでいたからだ。

 僕以外の掃除当番は、もうとっくに教室からいなくなっていた。

 何やら用事があったらしく、僕に残りの掃除を任せて早々に帰ってしまった。と言っても別に、僕に無理矢理押し付けて勝手に帰ったとかそういう訳じゃない。いや、そういう意図が本当になかったのかは定かではないのだけれど、最初のほうはキチンと掃除に参加してくれていたのだから、責めるべきではないだろう。むしろ、こういう状況になってしまったのには、僕に原因がある。


 ……僕は、凝り性なのだ。


 何に対しても、一度始めると、完璧に終わるまで手が離せなくなる。中途半端な状態で終わらせるなんて、もっての外だ。

 だから今日もその悪癖が発動してしまい、付き合いきれないと感じたクラスメイト達が帰ってしまったのだ。


 そんな訳で一人になった後も黙々と掃除を続けていたのだけど、まさか、こんな時間になってしまうとは。

 と言っても、この後何か予定があるわけではないので問題はない。一応部活には入っているが、活動自体が任意なので、別に必ず行かなければいけない訳ではないのだ。

 僕は壁掛け時計としばらくにらめっこしながら、考える。


「……さて、今日はどうしようかな」


 もうこんな時間だから、今から部室に行けば、まず間違いなく先輩はそこにいるだろう。あの人はほぼ毎日部室に顔を出しているみたいだから。

 だけど……。


「今更行くのは、逆に迷惑じゃないか……?」


 僕はひとりそう呟く。

 多分先輩はすでに何かしらの作業を始めているはずだ。そこに顔を出すことで、彼女の集中力を削いでしまったら、僕は申し訳なさに押しつぶされて死んでしまうかもしれない。


 ……しかしその一方で、行きたい気持ちがあるのも事実だった。

 正直に言うと、僕は今日一日ずっと、部室に行くのを楽しみにしていたのだ。

 そこが、先輩に会うための自然な口実が作れる唯一の場所だったから。


「……まあ、ちょっと覗きに行くくらいは良いかな」

 

 自分一人しかいなくなった教室でしばらく悶々としていた僕は、やがてそういう結論に至る。

 もし先輩が何か作業をしていたのならば、気付かれないように退散すればいいのだ。そうすれば彼女にも迷惑は掛からないだろう。


 そうと決まれば善は急げだ。

 僕は、部室へと向かった。


 僕の所属する「手芸部」は、部室棟の3階最奥という目立たない場所にある。

 部室棟は、生徒からは所謂「旧校舎」と呼ばれていて、その名の通り新校舎が建つまで学び舎の役目を全うしていた建物だ。当然新校舎よりはボロくて埃っぽい訳なんだけど、それでも有り余る教室のおかげでほぼ全ての部活動に部室が行き渡っているという意味で、生徒たちには親しまれている。

 それに、この古臭さがかえって良い味を出しているという気もしなくもない。

 当然、教室から部室までの距離はそれなりにあるのだけれど、この雰囲気が嫌いではない僕には、そこまで苦ではないのであった。


 そうこうしている間に、僕は手芸部の部室の前に来ていた。

 「手芸部」と書かれたプレートが掛かった部屋の、ひと際ボロっちい扉の前に立って、僕は深呼吸する。

 建て付けが悪くなってしまっているためか、気を抜けばすぐにキイキイと音が鳴ってしまうことを僕は知っている。

 僕は静かにノブに手をかけ、ゆっくりと手を引いた。

 そして数センチほど開いた扉の隙間から僕は中の様子を確認する。


 中には、案の定、先客が一人だけいた。


 ……先輩だ。


 先輩はソファに腰掛けながら、何か服のようなものを手に俯いている。

 栗色の長い髪に隠れて表情は見えないが、僕の予想通り何かの作業をしているみたいだった。


 やっぱり、邪魔しちゃ悪いよな……。


 気づかれないように、僕はそっと扉を閉めようとする。

 だが、その時だった。


 ……部室はその時、窓が開いていたのだ。

 そして、僕が扉を開けたせいで風の流れが変わったのだろう。

 部室に、窓から急激に風が流れ込んでくる。風は逃げ道を探し、勢い良く扉をこじ開けた。


 僕と先輩の間に、視界を遮るものは何もなくなっていた。


 先輩は、突然吹いた風に驚き、ふわふわと動く髪を押さえる。さらさらした髪の毛の一本一本が、窓から差し込む日の光に当てられてきらきらと輝く。


 僕はその神秘的な光景に、隠れることも忘れて見とれていた。


 やがて、先輩はぼーっと立ち尽くしている僕に気付き、微笑んだ。


「……お疲れ様、千秋くん」


 僕を見る先輩の姿は、まるで僕とは別世界に存在しているんじゃないかと思えてしまうほどに、綺麗だった。

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