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異界の戦士

さあ、魔法格闘戦で鍛えた公文の技、どうぞご覧ください!

 夏草や 兵どもが夢のあと(松尾芭蕉)


 雪月花 ついに三世の契りかな(与謝蕪村)




 秋の夜明けの冷たく静かな空気を破って、馬蹄の轟きが聞こえてくる。


「来た……!」


 フードを目深にかぶった男が操る荷馬車の後ろで揺られて浅い眠りについていた僕は、ボロ毛布をはねのけて身体を起こした。


「旦那、もっとお休みになっちゃあ……」


 事情はもう分かっているくせに、荷馬車の主が軽口を叩いた。だが、言葉とは裏腹に張りつめた気持ちは、甲高い声がうるさいまでの金切り声になっていることからも分かる。


「冗談じゃないよ」


 頭を振って、音の聞こえる方向を眺める。


 荷馬車が通ってきた石畳の道の彼方と、左右に見える林の中からから、白い縦長の旗を掲げた異装の戦士たちが追撃してくる。


 またがっている馬の蹄の音も高らかに。


 荷馬車の主は慌てて、馬をけしかけた。


「ほら、走れ! 走れ!」


 だが、逃げ切れるものではなかった。


 何といっても、アトランティス内の反体制派や、結界を破ろうとする者を追い詰めて捕えることを任務とする治安部隊、通称「白旗隊びゃっきたい」だ。


 一人残らず、ラメラー・アーマーと呼ばれる、鉄板を貼った板を組み合わせた軽量の鎧をまとっている。


 旗は白いが全身は真っ黒である。これは、夜戦に対応するため、鎧を黒く塗っているからだ。だが、兜はなく、どの戦士の髪も一様に黒い。


 この不気味で物騒な騎馬隊に、小柄なオッサン1人と、現代のか弱い魔法高校生を乗せた荷馬車1台のチェイスというわけだ。


「下手な魔法サスペンスみたいだな……」


 魔法使いの世界にも独自の放送局があって、テレビドラマぐらいは作っている。魔法使いでなくても見られるから視聴率を気にして、普通の人間たちと互いにそこそこの接点が持てるように作ってある。 


 もっとも、こういうサスペンスなら、被疑者となった魔法使いを追う警官には、魔法士と呼ばれるベテランの魔法使いが同伴する。


 これは逃走系の呪文を使わせないよう、魔法使いの社会から自発的に派遣しているものだ。非情にみえるが、これも彼らを匿っていると疑われないために考え出された苦肉の策だ。


 警察としても不便はないので、基本的には拒否されることはないらしい。ザグルーに聞いたところでは、似た役割の魔法使いがいるという。この時代でも考えることは、魔法使いでもそうでなくてもお互いに同じようだ。


 だが、白旗隊にはついていない。その理由には心当たりがあった。


 ジョセフは根本的に、魔法使いを信じていない。


 付け入る隙は、そこにあった。


「僕に任せて馬車を!」


「頼んます!」


 甲高い声をした荷馬車の主は、手綱で馬を叩いて急かした。


 僕も慌てた。


「そうじゃなくて!」


 期待したのはそういうことじゃない。


 カリアが使ったような「狭間隠し」の呪文で空間を切り裂いて、他の場所に瞬間移動すればいいのだ。


 僕のいた現代ならともかく、この時代の魔法使いなら不可能ではないはずだ。


 それなのに、この男はそうしない。ただ、手綱にしがみついて喚くだけだ。


「じゃあ、どうすりゃいいってんですかい!」


 馬の首があっちこっちと揺れている。恐怖で混乱しているのだ。男もそれを操るのに必死で、呪文に集中する余裕がないのだろう。


 言い聞かせる相手は、自分自身しかなかった。


「……仕方ない!」


 我が身は己で自分で守るしかないようだった。


 とはいえ、多勢に無勢だ。魔法格闘対抗戦での成績を考えれば、武器でまともに戦って勝てる見込みはない。


「……それなら!」


 複数の相手の戦闘力を、まとめて相対的に下げる方法はある。


 僕は荷車の上に立ち上がると、慣れない剣を腰から引き抜いて、高校生でも使える「疾走」の呪文を唱えた。


 耳元で唸る風の音が、3分の2ぐらいの速さで再生したアイドル歌手の声みたいに間延びして、低く聞こえる。


 普段は眠っている全ての知覚が、一気に加速したのだった。


「見える……見えるぞ!」


 黒衣の戦士たちが短弓で連射する矢が、手で掴めるくらい遅く見える。


 身体の運動速度を倍加させる魔法で、動体視力が上がったのだ。


 魔法格闘の対抗戦でもよく経験してきたことだが、飛び道具を相手にしたのは初めてだ。


「理屈では分かっていたけど!」


 実際にこんなことができるなんて……。


 剣を振るえば、ひとつ、またひとつと面白いように矢が落ちていく。


 黒衣の白旗隊の間から、感嘆とも悲鳴とつかない声が漏れる。


「鬼だ……」


「いや、天狗だ……」


 12世紀のヨーロッパでこんな日本語が聞こえるのは、やはりここが魔法使いの国、アトランティスだからだろうか。


 こんな言葉も聞こえる。


「敵ながら天晴れ……」


 普通の人に過ぎない黒衣の戦士たちからは、目にもとまらぬ早業に見えるはずだ。


 普通の人には。


 だから、呪文で加速された余裕に任せて言い放ってやる。


「そうさ、僕はお前たちとは違う!」


 たぶん、白旗隊には速すぎて聞こえはしなかっただろうが、それでも僕に剣や槍で襲いかかってきたのは、矢を射つくしたからだろう。


 だが、武装しているとはいえ、たかが普通の人間相手にヘマはできない。


 今年の……いや、昨日の……といっても800年ちょっと後の、魔法対抗戦のような真似は。


「相手になってやるよ!」


 試合で惨敗した悔しさもあって、僕はいささか興奮していた。


「魔法の剣に敵うんならな!」


 剣を撫でて呪文を唱えると、刃が青い炎を上げた。「武器強化」の呪文だ。


 でも、熱くない。実際に何かが燃えているわけではなく、魔力が一種のオーラを放っているのだ。


「ほら、かかってこい!」


 僕の挑発に乗ったかのように、剣や槍が突き出される。それでも魔法で強化された剣は、相手の武器を片端から遠くへ弾き飛ばした。


 もっとも、それで怯むような白旗隊ではない。


「まだ来るかよ!」


 そこで唱えたのは、防具強化の呪文だった。


 マントといえども防具にはなる。


 そこにかけられた魔法は、その強度を何十倍にもする。


 持続時間はたいして長くないが、日常的には、にわか雨を上着なんかで避けるのに使ったりする。だが、命がかかっている今になって、僕はその絶大な効果を思い知ることになった。


 長柄の武器を失った戦士が次々に剣で切りつけてくるが、マントはまるで鋼の鎧のように、これを片っ端から弾き返したのだ。


 そのすぐそばから、荷馬車の主が悲鳴交じりに叫ぶ。


「よく考えたら旦那ア!」


 こんなときによく他事が考えられるものだと思ったが、ツッコミを入れる余裕などない。甲高い声が、ヒステリックに喚き散らす。


「狙われてるのは旦那じゃあないんですかい!」


 できれば知られたくないので黙っていたが、気づかれてしまっては仕方がない。


 だが、僕は別に、危機を救ってくれた相手を危険な状態に晒して平然としていたわけではない。


 馬車のように動いているものに、「防護陣」のような魔法は使えないのだ。


 要は僕が荷馬車に乗っていなければいいのだが、かといって、ここから飛び降りるわけにもいかない。


 僕は荷馬車の主の悪態に返事もしないでつぶやいた。


「痛いよな、絶対……どこぶつけても」


 落ちた衝撃を吸収する「羽毛」の呪文がなくもないが、それをやったら白旗隊に取り囲まれて、多勢に無勢となる。


 だが、僕の心と身体は、荷馬車の主にぶつけた言葉とは裏腹の方向へ動いた。


「逃げろ!」


 そう叫びながら、わざわざ「羽毛」の呪文でふわりと地面に降り立つ。荷馬車が一目散に逃げ去ると、僕はたちまち数騎の戦士に取り囲まれた。


 手に手に持った剣やハルバードが、おそるおそるではあるが、馬上からつきつけられる。僕は僕で縮み上がってはいたが、それでも無理して相手の弱気に付け込むことはできた。


「大人げないな……もしかして、馬に乗るのは初めてか?」


 軽口を叩いて強がってみせたかったけど、そんな余裕はなかった。


 心が潰れそうな恐怖に耐えながら、僕は地面を指で引っ掻きながら呪文を唱える。その間にも、絶体絶命の危機は迫っていた。


 剣の切っ先が、ハルバードの鋭い先端が、頭上に迫る。「疾走」の呪文だけでは、ちょっと身のかわしようがない。それでも、一斉に振り下ろされる刃物や長柄の武器を防ぐ方法はある。


「これだ!」


 間一髪で光のドームが僕の身体を覆って、襲い掛かる刃や穂先を弾き飛ばす。地面に描かれた「防護陣」が発動したのだ。


 魔法格闘の団体戦で、僕が担当したのがこれだった。自分や味方の周りに見えない障壁を作る魔法なのだが、物理的な壁なので、こちらからも攻撃はできない。


 この状態で、戦いがどれだけ保つか。


 試合ですら、これが効いている時間には限界がある。魔法が解けたら、去年の夏の魔法対抗戦みたいに袋叩きの目に遭う。ましてや、実戦では生き残れるはずがない。


 さらに、「魔法使いでないものに魔法は効かない」以上、「防護陣」にも弱点はある。


 もっとも、幸か不幸か、むきになった戦士たちは武器を振り下ろすのをやめないでいるが。


 そのまま気づかなければ、助かる。


 あの惨敗を喫した試合だって、敵チームが一か八かの近接戦闘に踏み切らなければ、何とかなったかもしれないのだ……。


 防護陣の中で頭を抱えてすくみこんでいた僕の脳裏に、そんな現実逃避ともいえる思いがよぎった。

相手が魔法使いではない……。

これが、大きなリスクでした。

さあ、どうする、公文君!

次回をお楽しみに。

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