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策士の大望

カリアを守るためにジョセフに降った公文君ですが、ただ捕まってはいません。

腹を据えて、命懸けのハッタリで対等の談判に臨みます。

さあ、ジョセフはどう出るか……。

 判官なればとて鬼神にてもあらばこそ。命を捨てば安かりなんと思ひ……。(謡曲『景清』)



 あの後、水車小屋を離れた僕は、目隠しと猿轡をされて荷馬車か何かに乗せられ、白旗隊の本拠地に連れて行かれた。ザグルーから、アトランティスの四方に目を光らせるために大陸の中央にあるとだけ聞かされていた場所だ。


 背中に西日を浴びているのを感じながら、途中で水だけを飲まされただけで、ほとんど休憩らしい休憩もなかった。ぐったりしたところを、担架も使わずに頭と足を抱えただけで、白旗隊2人ばかりに運び出された。


 鉄格子のはまった、窓のない小部屋に放り込まれたところで気が遠くなり、疲れのせいだろう、今度は夢も見ないで眠った。


 どれほど経ったろうか、ガンガンうるさくいう音で目を覚ますと、長いガウンをまとったジョセフが、暗い廊下でランプを手に鉄格子を叩いていた。


「やはり『狭間隠し』は使えんようだな」


 口元を歪めて嘲笑うジョセフに、僕はとぼけてみせた。


「何のことかな?」


 ジョセフは鼻で笑う。


「結界の外から来られるような奴は、ザグルーが送り込んだ魔法使いと考えるのがいちばん早い。どうやったかは知らんが」


 あまりにあっさりと言い捨てられて、ごまかす気も失せた。


 とりあえず、シラを切るのだけはやめにする。


 だけど。


「さて、どうかな。使わないだけかもな」


 だが、このハッタリは通じなかった。


 諭すように切り返される。


「逃げようと思えば、あの場でいつでも逃げられたはずだ」


 僕は鼻で笑い返した。


「人質がいたからな」


 だが、その虚勢はすぐに見破られた。


「見栄を張るな」 


 ジョセフが足下を見る視線を追ってみれば、しっかり膝が笑っている。


 だが、ここで押し負けるのは癪だった。


「今でもその気になれば」


「やってみせろ」


 ぽいとモノを投げ出すような口調だった。


 もちろん、投げ出されたモノを拾うだけの実力はない。


 しばらくジョセフの目を見据えるのが関の山だった・


 だが、それにも限界がある。


 まばたき一つしないジョセフから目を逸らしたのは、僕のほうだった。


 その場にどっかりと腰を下ろして、開き直る。


 もっとも、位負けしたというそぶりは見せない。


「これだけやれるんなら、アトランティスをものにできるんじゃないか?」


 精一杯、余裕ありげに振る舞ったつもりだった。


 だが、ジョセフは面倒くさそうに答えた。


「俺は査問官で充分」


 それならばそれで、僕にも聞きたいことがある。


「ここまでムキになることは」


 そうなのだ。


 たかが三下の役人風情が、こんな若造ひとりを躍起になってつかまえる。どう考えても、割に合わない仕事だ。


 その原因は、いったい何だろう。


 ジョセフは、急に改まった口調で語りはじめた。


「もし結界がなくなったら、ここはイングランドとフランスによるの奪い合いで、先の戦よりひどいことになるだろう」


 この辺りの話になると、僕も余裕をもって話すことができる。つい最近(といっても800年後)、魔法史の授業で勉強したばかりの内容だ。ジョセフをおだてるぐらいのことはできる。


 だが、ここは敢えて怪訝そうに尋ねてみた。


「追い払う自信があるんじゃないのか?」


 ジョセフは、いかにも小馬鹿にしたように、僕を見下ろした。


 わかりきったことを聞くな、と言わんばかりに答える。


「ザグルーさえなんとかすれば、イングランドはどうにでもなる」


 乗ってきた。


 この調子で、腹の内を自分から話してくれれば。


「フランスは?」


 身を乗り出すと、ジョセフは自分の読みを得々と語った。


「領地の半分を持っているのは、先王の前妻だったイングランド王妃エレノアだ。自分のものならちゃんと抑え込んでくれるだろう」


 ジョセフは僕を完全にナメてかかっている。


 弱くて無知なところを隠さずに敢えて見せれば、上から目線で何でもしゃべるはずだ。


 そこで僕は、不思議そうに聞いてみた。


「ここは100年ぐらい結界の中だったろ? 何でイングランドの事情を知ってるんだ?」


「先の戦で配下だった者にもザグルーの残党にも、イングランドの者はいたからな」


 勝ち誇って、にやりと笑ってみせる。


 その答えは、意外だと素直に思えた。


「残党狩りをやっていたんじゃないのか?」


 ザグルーによれば、冷酷残忍な男だったという。


 第1次アトランティス戦争のときから、逆らう者には容赦しなかったらしい。


 だが、ジョセフの答えは単純だった。


「結界を破った者は例外なく殺すが、あいつらの残党は生かして使うこともある」


「そんな不公平な!」


 非難してはみせたが、内心は違う。


 ……さもありなん。


 勝つためには何でもする。


 そういう点ではどこまでも知恵の回る男だと、ザグルーは言っていた。


 ジョセフは、どちらかというと楽しそうに言い返した。


「捕えた者の扱いは、俺に一任されている」


「じゃあ、僕はどうなるんだ?」


 これは冗談抜きに、深刻な問題だった。


 処刑なんかされてしまったら、この召喚は災難でしかない。


 ……さらば、人生。


 両親の見果てぬ夢につきあって、トレセン通いをする毎日のほうがマシだった。


 ジョセフの顔色をうかがうと、天井を向いて何やら思案気だ。


 ……もしかして、何も考えていないのか?


 そう思うと、無性に腹が立ってきた。


 だが、ここは堪える。


 僕の命は、弄ばれている間が花だということだ。


 助かる見込みはある。


 ジョセフは、僕を見据えて言い切った。


「とりあえず、ここからは出さん」


 しばらくは殺されないということだ。


 安心したが、そこは抗議してみせる。


「僕が破ったわけじゃない」


「結界を越えた者をタダでおくわけにはいかんのでな」


 冷ややかに一蹴されたが、狙い通りだった。


 相手が逆らえば逆らうほど、意地になるタイプだ。


 僕は更に突っ込んだことを聞いてみた。


「エレノアをどうする気だ」 


 カリアの名前を出さないように気を付けた。


 この男は、彼女に対する「ギアス」を魔法使いにかけさせるおそれがある。


 ジョセフは眉ひとつ動かさずに言い切った。


「あの娘には手を出さん」


 そんな約束、信じられはしない。


 服を引き裂かれ、縛り上げられたカリアの惨たらしい姿が目に浮かんだ。


 答える気などなく、ただジョセフを睨みつけた。


 だが、ジョセフは正面から僕を睨み返して問いただした。


「教えろ。今、結界の外はどうなっている?」


 声を荒らげることはなかったが、言わないと何をするかわからないほどの威圧感があった。


 額から汗がしたたるのを感じながら、僕はしばらく押し黙っていた。


 だが、ジョセフは目をそらす様子もない。


 ここで視線を外したら負けのような気がしてならなかった。


 やがて、横一文字に固く結ばれた薄い唇が歪み、意外な言葉と共に不敵な笑みが現れた。


「俺と組め」


 しばらく口もきけずにジョセフの顔を見つめた。浅黒い肌に、目ばかりがぎらぎらと輝いている。


 その答えの意味することに、一つだけ思い当たった。


  ジョセフに確認する。


「その代わり、エレノアの無事は保証する、と」


 当然、とでも言うような頷きは横柄で結構ムカついたが、こう考えてこらえた。


 確かに、ザグルーには何の義理もない。有無を言わさず夜明けの海に放り出され、成り行きでここまで来たに過ぎない。カリアさえ無事ならいいのだ。。


「それで?」


 そう簡単に呑むわけにはいかなかった。


 何をさせられるのか?


 ジョセフがどんな男かは、ザグルーとカリアから聞かされたことを差っ引いても、あの水車小屋で起こったことを見れば分かる。


 もしかすると、カリアのために手を汚さなければならなくなるかもしれない。


 それでもよかった。


 彼女は、危険を冒して僕を救い、かえって危機に陥ったのだから。


 もとはといえばザグルーのせいなのだが、それを言っても始まらない。


 僕がなんとかするしかないのだ。


 その「なんとか」を、ジョセフは一言でまとめた。


「結界が解けたら、イングランドへ行け」


 訳が分からなかった。


 結界破りを取り締まるジョセフが、結界が解けることを前提に話をしている。


「どうやって結界を?」


 ふっ、と笑う様子は、実に楽しそうだった。


「魔法使いどもに解かせる」


 ジョセフにとっては痛快なことだろう。


 自分を呼びつけてこき使う魔法使いが作った砦を、自分で壊させるのだから。


 そこで僕は、再びうろたえてみせた。


「だって、アトランティスを守るための結界なんじゃあ……」


 ジョセフは吐き捨てる。


「ここには縁もゆかりもない」


 僕はちょっとからかってみせた。


「魔法使いが協力しなかったら?」


 バカにしていた相手にバカにされて、ジョセフはムキになった。


「させる。そのための残党狩りだ」


 策士と呼ばれる割には、頭に血が上りやすい男らしい。あまり怒らせると僕が危ない。


 自分で自分を指さして、聞いてみた。


「つまり、使えそうな者を味方につける?」


 ジョセフは僕の問いを鼻であしらって、横を向いた。


「お前のようにな。白旗隊には必要ないが、俺には必要だ」


 そこは、よく分からなかった。


 ジョセフは、僕が21世紀から来たことは知らない。


 魔法も満足に使えないのに、いったい何の役に立つというんだろう。


 受けるにせよ、断るにせよ、これは生き抜くために知っておかなければならないことだった。


「何をする気なんだ?」


 答えようによっては、ジョセフにつくこともあり得る。しかも、未来のことを話さなければ、ザグルーのギアスは発動しないのだ。 


 なんて中途半端な魔法をかけたものだろう。


 だが、ジョセフの答えは損得勘定以前の問題だった。


「イングランドとヨーロッパをもらう」

開いた口が塞がらないレベルの望みを抱くジョセフ。

大物なのか、バカなのか。

この男が何を考えているのかは、次回、明らかになります。

それを知った公文はどうするか……。


どうぞ、ご期待下さい。

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