無自覚な殺し屋
眠っている途中、暑く感じ目が覚めた。寝ぼけた目で振り返ると、窓の外が明るい。もうお昼くらいかもしれない。
ベッドから降りようとして左手が何かに触れた。ガサッとした紙の包み。紫色のリボンで結わえてある。
包みの表面に文字が書いてある。日本語だ。
『結芽へ……ジーラが君の着替えと靴を買ってきたよ。窓の近くにあるドアは、トイレと風呂場に通じてる。風呂用の水を買っておいたから使うといい。着替え終わったら下の階の食堂に下りて来て。……清志郎』
ベッドの下を見ると、明るい茶色のショートブーツが置かれている。
「わぁ」
試しに履いてみると、中々履き心地が良い。
包みの方も開けてみる。濃い青色の肘くらいまで袖のあるチュニック、インナー用の黒の長袖シャツ、黒の長いズボン、靴下のようなものと手袋が出てきた。特にチュニックは、斜めにフリルのあしらわれたデザインで一目で気に入った。
「可愛い!」
それらを持って、早速窓の近くにある小ぢんまりしたドアを開けてみる。中は逢坂家のお風呂場くらいの広さで浴槽の代わりに大きな木桶が置いてあり、中に水が三分の二程入っていた。
「有難い……」
アーク、ミズさん、エイジャと旅していた時知ったのだが、風呂用の水は外にある井戸の水だったりキレイな川の水を汲んだものだったりする。二階まで運ぶのは一苦労だ。「水を買う」っていうのは、水を部屋まで運んでくれるサービスを利用するって事らしかった。もちろん有料だ。
そして、桶の置いてある場所より奥を見る。一段高くなった木造りのその場所は、紛う事なきトイレである。段上の床、真ん中の板の部分だけ空いており、そこで用を足すと便や尿が下に溜まる。そこはタンスの引き出しみたいな構造になっており、側面から回収し畑の肥料にするらしい。
普通、トイレといえば(と言っても未来で旅した時に見たもの)入った瞬間オエッとするくらい臭う筈なのに、ここはそんなに臭わない。不思議に思って引き出しを開けてみるとキレイに掃除されていた。ちゃんと洗ってある。多分私を気遣って宿の人に頼んでくれたのだろう。
私は知らず知らずのうちに手を合わせて拝んでいた。
「ありがとうございます……っ!!」
ここで手の間にある鉛筆を思い出した。
「ずっと握っているのも疲れるな……」
はた、と気付く。急いでチュニックを確認すると。
「…………あった!」
ニマッとする私。待望の…………ポケットがあった。これで私の手は解放される!!!
着ていたドレスはコルセットの必要ないものだったから一人で簡単に脱げた。
置いてあった石鹸代わりの木の実で頭と体を洗う。
壁に作り付けられた棚に用意されていた厚手の布で体を拭いた。
汗も落ちたし、新しい服に袖を通すととてもさっぱりした気分だ。
当然ドライヤーなんてないので濡れた髪を絞って布で拭いた後、何か縛るものはないかと部屋を探した。
! そういえば……。
服の入っていた包みに付いていた布製のリボンがあった!
髪を後ろで三つ編みにして、そのリボンで端を縛る。
「うん。よしよし」
ルミフィスティアの黄金の髪に、薄紫色が映える。綺麗に結べたので、上機嫌で鼻歌を歌う。お。良いメロディができたぞ。思い付くままに口ずさむ。
「モコモコモコモコモコた~~ん。可愛い大好きモコた~~ん」
今作ったオリジナル曲『モコたん讃歌』だ。
ブーツを履いて、気分良く部屋を出た。
食堂はすぐに分かった。階段の辺りが吹き抜けになっており、すぐ下だった。お昼時なので客が多くガヤガヤしている。
「あ。おーい、こっち!」
広い食堂内のテーブルの一つから、清志朗君が手を振っている。丁度六人掛けの長方形のテーブルに、ウェードさん、ジーラ、ドージェさん、アーク、清志朗君が座っている。
私は初めての服装でまだ鏡も見ていなかったので、変なとこないかな? 似合ってるかな? と若干不安に思いつつも少し照れながらジーラや皆にお礼を言った。清志朗君が訳してくれた。
ジーラが何か言いたそうにこっちを見ていたが、躊躇っているようだった。彼の視線が、私が肩に垂らしている三つ編みを留めたリボンに行く。
「……それ」
彼の呟きに私は『気に入ってるんだよ』と心の中で思い、感謝が伝わればいいなと彼にニコッと微笑んだ。
「ああ。……僕は何だか胸が痛いよ、結芽」
「!? 清志朗君大丈夫? もしかして昨日の怪我が痛むの!??」
「…………いや。君は笑うだけで人を殺せそうだなと思って。色んな意味で。もう見ていられないよ」
「!? ……どういう事!?」
そんなに凶悪な笑顔だった!?? 見ていられない程!??
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97.無自覚な殺し屋
読んで下さりありがとうございます!
昨日ブックマークを登録して下さった方が増えているのに気付いてとても喜んでいました。
(前書きを再掲載しました。2022.2.12)