黒衣の青年②
『魅了を終了します』
メッセージが現れ、部屋の外で待機していた黒服覆面の男が狼狽える気配がした。足音が遠ざかる。
窓辺に座る青年が言葉を続ける。
「オレはアンタに関わる気はない」
見る者を凍えさせる事もできそうな程、冷たい紫の瞳。
私は一瞬怯みそうになったが、心を奮い立たせて口を開いた。
「……。モコたんの願いを、一緒に叶えてほしいの」
「……」
「……」
「……。何て言ったんだ?」
……!!! そうか。言葉が通じないんだった。
困って斜め後ろにいた清志朗君を見る。清志朗君は私の視線を受け、額に人差し指を当て「ハー」とわざとらしくため息をついた。
「僕がここに呼ばれた理由が分かったよ。君専属の通訳だね?」
私の横へひょいっと進み出て、青年にフレンドリーに笑いかける。
「彼女は自分たちに力を貸してほしいと言ってる。僕からも頼むよ。君が……この『物語』の重要人物だと僕は踏んでるんだ」
「あのネコの言った事を真に受けるんだな」
「まあね」
清志朗君はそう言うと、両手を肩の高さまで上げ首を竦めてみせた。
「……そうだったとしても、オレにはやらなければならない役目があってね。まぁあのネコの言った事が本当なら、そんな事をしている場合でもないんだけど」
そう口にし、青年がほんの少しだけ笑った。けれど次の瞬間、表情が鋭いものに変化しこちらへ駆け出した。恐ろしい程の短い時間に腰の剣を抜き距離を縮める。青年の剣の切っ先が目前に迫り堪らず目を閉じた。と同時に右腕が強い力で引っ張られる。
「……っ!?」
次に目を開けると、青年の喉元が見えた。彼の左腕に抱き留められているのだと気付くのに時間がかかった。
青年が反対の手で前方に突き出していた剣を右に払った。剣の黒い刀身から紫色の煙が立ち上り揺らめいているように見える。
「……っく……!」
青年がきつく見つめる先を目で追うと、床に膝を突く覆面の男。左肩を押さえ、苦しげな息をしている。深そうな傷口から薄く紫色の煙が出ている。
えっと……突然青年が襲い掛かってきた……と思ったら、どうやら彼は私を背後から攻撃しようとしていた覆面の人から庇ってくれたみたいだ。
青年が間に合っていなかったら私、死んでたかもしれない。覆面の男の物らしき剣が側に落ちている。その刃の鋭さを見てしまい、サーッと血の気が引いて足が震え出した。
一歩も動かず静観していた清志朗君を、青年がジロ、と睨む。
「アンタら、仲間じゃないのか?」
ニコニコしていた清志朗君は片方の目を薄く開いて「さあ、どうだろうね?」と返し、青年が眉間の皺を濃くする。
「試したな?」
青年の確信の籠もった問いに、清志朗君は笑みを深くした。
「大体分かったよ」
大勢の足音が部屋の外から聞こえ、それが近付いてくる。
開いていた扉から兵士たちと共に現れたのは、いかにも身分の高そうなおじさんだった。肩下までのウェーブの掛かった金髪。顎髭も金色だ。
青年が苦い顔で微笑する。
「貴方も人が悪い。西の国の王」
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