選ばれし者
婚約者……! そういえばルミフィスティアには許婚がいた……ような気がする。確か『うらしま君』の上で骸骨になっていたうちの一人!
今まで特段気にした事もなかったけど、この人の事だったのか……!
内心の驚きを隠せない。
……それにしても。近い。
顎に添えられた指の感触に虫唾が走る。それに何だか、彼の顔が近付いてきているような……。
「ルミフィスティア……可愛い」
彼の顔が私の顔の間近でそう囁いた時。
耐えきれなくなった私は、その男を思いっきり突き飛ばしていた。
「ぬわっ!!」
その場に尻もちをつく男。
「なっ……?! 何をするんだ!? ルミフィスティア」
こちらを見上げて咎めてくる。彼の後ろにいた兵士たちが事態にオロオロしている。
『可愛い』と言われた事をこんなに気持ち悪く思ったのは初めてだった。言葉が通じないと分かっていたが、言わずにはいられない。
「ルミフィスティアには、ジーラという素敵な人がいるの。悪いけど二人の仲に入り込む余地もないから諦めて他の人を探して下さい」
踵を返して足早にその場を後にした。後方から声が追ってくる。
「ルミフィスティア……乱心したか!?? このボクを突き飛ばして……婚約を解消されてもいいのか!?」
その言葉に振り返る。彼は何を言っているのだろう? 首を傾げる。
私に突き飛ばされた男はまだ地面に手をついて座り込んだ姿勢のまま、真っ赤な顔でこっちを睨む。
「ボクが一番、あなたの伴侶に相応しい。この国一の占い師がそう言ったんだ。我ら血族の為にも、あなたはボクに従っていればいいんだ! なぜ拒む?」
……何て事言うんだこの人は! 血族の為だか何だか知らないが、この男との婚約はルミフィスティアの為にならないって事だけは分かった。
私の後をひょこひょこ付いて来ていた清志朗君がげんなりした顔をしている。
「アイツの声……キライ。キンキンしてて……苦手だな……」
元の城へ戻って来た。
結局『うらしま君』のある部屋には近付けなかった。
うーん。これからどうしよう?
あの部屋に行く手立てはまた後で考えるとして……。
さっきモコたんと清志朗君、黒衣の青年と喋っていた廊下まで辿り着く。
そういえば、最後にモコたんが『高温期』とか『人類の約半数が死滅』とか言っていた事を思い出す。それがもうすぐこの世界に到来するって言ってたよね? すごくヤバいのでは。
「ねえ……ねぇってば!」
くいくいっと羽織っていたショールを引っ張られ、我に返る。清志朗君が少し拗ねたような顔で見上げてくる。
「すごく……不本意なんだけど、さっきのアイツ……ここで会った黒服の男を探した方がいいと思う。あいつは……多分モコたんに選ばれた者だよ。僕たちのようにね」
清志朗君の言葉に、思い返してみるとそんな気がする。
「人間にしちゃかなりの使い手のようだし、何か……どこかで見た事ある気がするんだ……」
「清志朗君も?」
私も……彼を思い浮かべた時、何だか懐かしいような気がしていた。
「確かめに行こう!」
私の言葉に、清志朗君も頷いた。
既に辺りは暗く、壁の上の方に等間隔で燈が灯され廊下をオレンジ色の光が揺らめいている。
階下から何やら美味しそうな……お肉の焼ける匂いがしてくる。食事時だろうか。そういえばお腹空いたなぁ。
未来でアークと二人だけだった時は、アークが山から取ってきた果物や山菜を食べてたなぁ。正直、足りない気がしていたけどそれはそれで幸せな時間だった。
……待っててね。絶対……帰るから!
「ところで……」
顎に指を当て何か考えていた清志朗君が、少しして神妙に口を開いた。
「彼は今、どこにいるのだろう? この城のどこかにいるかな?」
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