答の在処
宿はいつもと同様でエイジャと同室だ。
これまでの旅の道中では、謎だった入浴の仕方についても教えてもらっていた。共同浴場の所と、個室にお湯や水桶を持ってきて体を拭いたりする場合があるらしい。
一日目の夜は旅の疲れが出て、二人共爆睡していた。
二日目のお昼はエイジャと私、念願の食べ歩きだ。
色の綺麗な飴を頬張ったり、ふわふわのもっちもちした薄桃色の甘い菓子を食べたり、つぶつぶや果肉の入った不思議な味のジュースを飲んだり。わぁわぁきゃあきゃあ二人で楽しく食べさせ合ったりしている後方で、ミズさんとアークがのんびり歩いて付いて来ている。
平穏で問題なんて少しも感じていなかった。この日の夜までは。
宿で夕食を済ませた後。
今まで泊まった宿には珍しい、大きな宿にしかなかなか付いていない大浴場があるらしいと言うのでエイジャと二人で行ってみる事にした矢先。部屋がノックされたので出るとアークだった。表情が硬い。具合が悪そうにも見える。
「結芽……話が……あります」
「アーク……?」
エイジャが私とアークを交互に見て、何か思い付いたような顔をして……
「じゃあ私、先に大浴場を堪能しておきますね。結芽はゆっくりいいですから」
……風のような素早さで扉から出て行った。
とりあえずアークの話を聞いてみよう。
部屋の中へ招き、戸を閉めた。椅子を勧めたが彼は座らず、立ったまま話し始めた。
「今日、過去の自分との交信を切りました」
「!?」
「勝手に……決めてしまってすみません」
えっ……。それってつまり……? 私は元の時代に戻れないって事なんじゃあ……?
「彼と私は同一人物のようなものではありますが……やはり違うのです」
アークの言う『彼』とは、過去のアークの事だろうと思う。
目の前のアークの長い赤茶色の前髪から覗く伏せた瞳が、苦しげに揺らいでいる。
「あなたとの結婚式も視ました。交信で伝わる情報は記憶となって残りますが何故か……実感が湧きませんでした」
そして躰の奥底から絞り出すように、彼は言った。
「あなたを……帰したくない」
(…………っ!)
私は、私が本当に欲しかったものが何なのか唐突に理解した。
彼はそれを今、私にくれたのだ。
膝下の力が抜けそうになって右足を一歩後ろによろめくが、何とか堪える。
「最初から、そのつもりだよ」
ニッと笑ってアークを見上げる。
「覚悟は……今決まった」
「本当にいいのですか? ……十万年前の……あなたの体は、魂が戻らなければやがて朽ちて死を迎えるでしょう」
二年間眠っていた時はこちらの体にたまにルミフィスティアが来たり『うらしま君』のお陰で大丈夫だったらしい。
『時制の掟』という五万年前の法律みたいなものがあって、ある程度の時間の混乱を回避し秩序を保つ為、機械人形には『マーカー』というものが設定されている。対象の時間軸の自分に付ける目印……みたいなものだ。マーカーを付けた自分としか交信できない……と以前アークから聞いた事がある。細かい時間軸の操作は禁忌とされている。なので小狡い事はできず、今の時間を進める事しかできないのだ。
以前私が眠っていた間も、この時代のアークはただ待っていてくれた。私が目覚めるのを。……二年も。
「もう交信、切ったんでしょう?」
私よりも後悔している、といった顔のアークに片目を瞑ってみせる。
「ルミフィスティアに怒られそうだな。いなくならないって約束したばかりなのに……ははっ!」
楽しげに笑う私に、それを空元気だと捉えたのかアークの顔が歪む。また目を逸らし謝られそうになったので、先に言う。
「私が最初に好きになったのは、あなただよ」
彼の頬を掴んで目線を合わせた。
「……だから……ゴメンね?」
「謝らないで下さい」
次ぐ言葉は口付けに奪われた。
一度離れたと思ったら、角度を変えてまた。
「おい、押すなって」
「ミ……ミズさんこそ」
コソコソと扉の向こうから声がして。
「うわあっ」
「わっふ」
ミズさんとエイジャが、開いた扉からどしゃっと床に出てきた。
一瞬アークの動きが止まるが、すぐにまた食まれた。
二人が見てる前で……! と両手で彼の胸を押すがびくともしない。二人の目がこっちに釘付けだ。
やっと唇を離したアークはミズさんに、
「帰ってあの時代の私に伝えて下さい。結芽は私のものですと……」
と、鋭い眼差しで宣言した。
そして私に視線を落とし、あろう事かキスを再開しやがった。ええん、ちくしょう!
「んー! んんっ……」
抗議の声は、塞がれて言葉にならなかった。
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