足音の主
朝、七時四十分頃。オレは出勤の為家の門を出ようとする。
オレの家……実家暮らしなんだがまあまあ大きいので、門の造りもそれなりに立派だ。
「一高様っ!」
そんなオレを呼び止める声。
ルミフィスティアが小走りにオレを追って来る。
「忘れ物です」
あっ、弁当……。
最近彼女は料理を学んでいるらしく、早朝から覚えたての料理を作り弁当にしてくれていた。
「……ありがとう」
こんな大切なものを忘れるなんて……。
でも彼女が追いかけてここまで来てくれた事にじーんとして、その有り難さを噛み締めながら弁当を受け取ると彼女に、
「もう一つ忘れてます」
と下から瞳を見上げられた。
キョロキョロ周囲を窺う彼女に耳を貸すよう手招きされたので、背を屈めて顔を寄せると。
「ちゅっ」
「!???!?」
キスされた頬に手をやり、驚いて顔を赤くするオレ。
「いってらっしゃい」
そう言うと、俯いた彼女はパタパタと家の中へ入って行った。
右頬を押さえたまま放心状態になる。会社とは違う所(天国)に行ってしまいそうだ。
……そしてやっと。横からオレをじーっと見ている人物に気付く。
「わっ! 高太郎!? いつから見てた!?」
「お前が背を屈めてる所から」
久しぶりに会った八蘇高太郎は背が高いオレよりもまだ少し高く、体つきはがっしり顔もキリッとしていて厳ついイメージがある。黒のスーツ姿で、その後ろには乗って来たであろう黒の高級車が停車している。美紡子の兄で、年齢はオレのいっこ上だ。
「何年振りだろうな。お前と会うの。……オレの事避けてただろ? まさかずっと……あの事気にしてんのか?」
「お前を池に落とした事……ずっと後悔していた。……悪かった」
九十度頭を下げられた。
「別にもう怒ってねーよ」
軽く笑ってみせて、考える。
オレが六歳の時、高太郎に池に突き飛ばされ死にかけた。高太郎がイラついていた原因は分かっている。オレらとよく遊んでくれていた兄ちゃん……清志朗が死んだからだ。それで二人で何か口喧嘩して……口数の少ない高太郎は、上手く心の内を表現できずについ手が出てしまったのだろう。オレも言い過ぎてたと思うし。
「ところで今日は何しに来たんだ?」
気になって尋ねると、
「実は……少し気になっている事がある……清野の事なんだが……」
清野とは、一水清野の事だろう。『組織』の繋がりで何度か会った事がある。確かあの子は……。
自ら進んで清野のボディガードに志願したという高太郎。オレは彼が清野を、彼がずっと兄同然に慕っていた清志朗と重ねて見ていると思うところがあった。
『次は……間違えない。俺が……清野を護る……』
いつだったか、そう言った彼の瞳には覚悟が滲んでいた。
「清野が清志朗のパソコンを使用しているようなんだ」
「……っ。それってマズくないか?」
「ああ。まだ気付いてはいないと思うが……」
清野は……一水清志朗を元に……モデルにした人工生命体……機械人形だ。本人はそれを知らない。
「清野にその事を気付かせる訳にはいかない。近々アークに接触しにこちらへ来ると思うんだが……」
今後の対応について高太郎が言いかけた時。
少し離れた塀の角の向こうで誰かが走り去る音。
「……っしまった!」
高太郎が走って角を覗くが、既に人影はなく。
「あの足音は……清野だ」
高太郎の呟きに、オレは額に手を当て天を仰いだ。
「マジかよ……」
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