闇夜の星⑤
「自分が……何を言っているのか、分かっているのか?」
「……もちろんです。せめて……あなたの思い出があれば、私……それを胸に歩いて行けると思うんです」
彼女は涙を払う為に目を閉じた。
その一瞬の隙を、オレは見逃さなかった。
ナイフを持つ彼女の手を掴み、それを取り上げ床に投げた。
カラン、と遠くで音がする。
上半身を起こしたオレは、彼女の手首を掴んだまま反対の手で彼女の顎を持ち上げた。
よかった、刃の痕は付いていない。
そのまま至近距離から顔を見下ろす。
「……チャンスをふいにした事、一生後悔するぞ」
ルミフィスティアは首を振る。
「オレはお前を、もう二度と放してやる気はない。どこかに閉じ込めてしまおうか?」
脅してやる。
彼女は堪らず、といった感じで涙を一気に溢れさせた。
(怖いだろ? だからもう、オレに優しくしないでくれ)
さっきの言葉で、彼女がそれでもオレの事を大切に想ってくれていた事を知った。
けれど、オレは善い人間じゃない。
彼女にはもっと心根の優しい奴の方が似合いなのかもしれない。
「すっ、すみません、うっうっうっ」
嗚咽する彼女。
「うっ嬉しくって」
「は?」
嬉しがられる要素、どこかにあったか?
「私も……もう放しません。あなたが泣いて許してって言っても、放しませんから!!」
泣き顔で笑った彼女は、間違いなく世界で一番美しかった。
そして。オレに訪れる試練。
ベッドに仰向けに横たわる彼女。さっきと体勢が逆転している二人。
「どうぞ。汚してボロ雑巾のように心もズタズタに……」
「わーっ!! 分かったから、もう言うな」
恥ずかしさに頭を抱えて狼狽えるオレ。
「……そんな事、オレにできる訳ないだろ……」
「何故ですか?」
「……言わせるのか」
ハーと長い溜息をついてしまう。
うん。オレが悪い。恥ずかしくて本人に一度も言った事がなかった、たった二文字の言葉がこうも喉に張り付いて重いものだったとは。緊張する。
最小限の小さな声で済むように、彼女の耳元に顔を近付け、伝えた。
「好きだ」
読んで頂きありがとうございます。
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61.闇夜の星⑤
こんにちは。樹みのりです。この話で三章「新世界に月は歌う③ 闇夜の星」は最終話です。お付き合い頂きありがとうございました! 続きが書けたらまた投稿すると思うので、そのまま連載中にしておきます。
よろしくお願いします。
(前書きを再掲載しました。2022.2.12)