狂った愛の形
ミズC‐03は、自分が機械人形として目覚めた時に初めて与えられた名称だ。
もう忘れかけていた。あの頃の記憶は遠すぎて。
俺はどれだけ生きれば……ここに在ればいいのだろう。ずっと、苦しみに囚われたまま。
『死神』……か……。
他の機械人形や人間から見たら、そう見えるのかもな。
……一番大切な人は『天使』と呼んでくれた事を思い出し、フッと笑った。
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『組織』で目覚めて間もなく。俺は一人の研究員に連れ出され、二人で組織から逃げ出した。
俺を連れ出したのは三十代くらいの女性研究員で、肩の辺りで切り揃えられた黒髪と赤いピアスが印象的だった。
彼女は俺を人殺しの道具にしたくなかったと言った。
他の機械人形の破壊活動によって旦那さんが巻き込まれ亡くなったと話した。
それから何年も経つ筈だが、彼女の心の傷は全然癒えていないように見えた。
俺には何故なのか、その時は解らなかった。
世界は滅亡に向かって突き進んでいた。
組織の手の者に見つからないよう隠れ住み、色々な町を転々とした。貧しかったし危ない時もあったけど、あの頃が一番幸せだったと今になって思う。二人で暮らした日々は、俺にとって何にも代えられない宝物だ。
でもある日。とうとう見つかってしまった。
連れ戻される時、俺を庇って彼女は怪我をした。機械人形なんかを庇うなんて本当におかしな人だったよ。
俺たちは組織に連れ戻された。引き離された俺は、他の奴の命令で任務を遂行していた。
だが、ある日。
メンテナンスの為に診察台に乗せられて、ただ天井を見ていた。メンテナンス担当の研究員が二人、研究室へ入って来た。男たちはまるで俺がその場にいないかのように所長に対する愚痴や同じ研究員の女性が可愛いだとか、ぺちゃくちゃ話し始めた。
機械人形には自我も人権もない。それが常識だからだ。
「そういえば……こいつを連れ去ったアイツ……ほら、あの女…………死んだらしいぞ」
何気なく。男の一人が俺の方を顎で指し、隣の男に……世間話の延長みたいに教える。
「こんな、心も持たない機械人形を庇ったらしいぜ。マジで狂ってる」
「さしずめコイツは……あの女の死神だな」
(……何だろう、これ……)
その時。無い筈の俺の心に、ぽっかり大きな穴が開いた気がした。
ずっと世界の全てだった女性が急にいなくなって俺は何の為に存在しているんだろう、と『考えた』。
メンテナンス中だった男たちが驚愕する。
「なっ……何だこれ? プログラムの書き換えができない……まるで焼き付いて消せないみたいに……」
慌てる男たちの顔が恐怖に歪む。命令していないのに上半身を起こした俺と眼が合ったからだ。
研究所を破壊し尽して、人の間に隠れて過ごした。俺の『擬態』は、なかなか上手くいった。
今でも彼女がどこかで生きている気がする。
右手に残った、小さな傷を太陽にかざす。彼女と暮らしていた頃、誤って手を切ってしまった事があった。彼女が手当てして包帯を巻いてくれた事を思い起こす。
きっと見つけるから。また俺に笑いかけてほしい。
そして俺にはもう一つ、やらねばならない事がある。
「あいつらが奪った」
高台の手すりから煙の立ち昇る混沌とした町を見下ろす。
「何年……何万年でも……どのくらいかかろうと……」
その時誓った通り、あいつらの血族を何百と殺してきた。
他の機械人形に比べて強いわけじゃない。だが、人に化けるのは得意だ。油断したあいつらを殺るのは案外簡単だった。
もう、塞がってしまいそうな傷に唇を寄せる。
死んだ後もずっと旦那さんを忘れなかった彼女の気持ちが、少しだけ解った気がした。
彼女が死んだ事を知って、自分は壊れたんだと自覚した。
だって変なんだよ。命令されてもいないのに、勝手に涙が出てくるんだ。変だね。
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