嵐の予感
私は山の上から動く人影を見つけた。狩人なので眼は良いのだ。
荒れて廃れた城の遺跡。二つの人影に手を振ったが、気付かず城へ入ってしまった。
それから一日かけて城の手前まで辿り着いた。石畳には草が茂り風も吹かない『神域』と呼ぶには相応しい、とても静かで寂しげな場所。
今まで見たこともない何とも言えない美しい場所に感じ、鳥肌が立つ。
建物の中に入ると壊れた扉の向こうに大きめの部屋があり、棺のような台座が五つ据えられていた。
天窓から光が降り、台座の一つに腕を着いて俯いて座る人物を目を疑う程幻想的に浮かび上がらせていた。
その台座には人が横たわっている。蜂蜜のような色合いの緩くウェーブのかかった髪をした、とても美しい女の人だ。肌はとても白く、自分が土まみれで汗臭いのが急に恥ずかしくなった。
「迷子の来る所ではありませんよ。村へお帰りなさい」
台座に眠る女性の右腕の傍に俯いて上半身を伏せたまま、その人は言った。顔は髪に隠れていて見えない。
「勝手にお邪魔してすみません……神様」
神様と呼ばれ、ふぅとため息をついて。その人は頭を起こし椅子に掛けたままこちらを向いた。
赤茶色の髪はサラサラで緩く肩で結ばれていた。青の民族衣装のような、でも見たことのないデザインの詰襟の服を着こなしていて立ったら背が高そうだ。まつ毛は長く切れ長の目元は涼しげで。子供の頃読んだ絵本の異国の王子様が重なって見えた。
「神であったなら、もっと己の思う通りに運命を変えられたかもしれませんがね。生憎……人間です」
悲しげに笑う顔にドキッとする。
とても人間には見えなかった。まるで神話から抜け出た物語に登場する主役のようだ……。
寝台に眠る女性は彼の恋人だろうか? 彼女を想って泣いていたのだろうか?
何だか切なくて私も泣きそうになった。
「女神様は……眠っていらっしゃるのですか?」
女神様と呼んだのは訂正せず、神様(とても人には見えないのでそう結論付けた)は、
「はい、待っているのですが……」
と、眼差しを彼女へ落とした。悲しげな表情に堪らなくなって、
「私……私がいます。神様。私が傍にいますから……っ」
(そんな悲しい顔しないで下さい)
手を取って、両手でぎゅっと握った。神様が驚いたようにこっちを見――――。
「アーク……その人は誰?」
声にハッとして見ると、女神様が上半身を起こし目を見開いて私たちを見つめていた。
……繋がれた手も。
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