光を抱く闇
二階の、自分たちに貸し与えられた相部屋で私は黙々と洗濯物を畳んでいた。
この家にお世話になっている以上、少しでも何らかの役に立たなくては。一高と違って自分には働いて稼ぐ役割も持たないのだ。せめて、できる事は何でも手伝いたい。
階段をたん、たんと上がる足音が近付いて来る。私の座る後方で戸を開け一高が部屋に入って来た。私は振り返らず、そのままのペースで洗濯物を畳み続ける。
一高が私の正座する横に立ち止まる。ジトーッと見下ろされていると感じるのは、きっと気のせいではないだろう。
ドサッと次に畳む洗濯物がわんさか入った籠を目の前に置かれる。
「お前、結芽と何かあっただろ」
向かいにあぐらで腰掛けながら頬杖をついて下から瞳の奥を探るように覗かれる。
私は相変わらず視線を合わせず洗濯物畳みを続けながらピシャリと言ってやる。
「教える必要はないと思いますが」
「くっ……お前、ふてぶてしくなったな」
結芽に自我の宿った自分を許され、過去プログラムされた開発者及びその子孫の命令に服従しなければならないという縛りから解放され、もちろん一高でもジーラでも誰であっても必ず言う事を聞く必要はない。これからは自分に従えばいいのだから。
未来の私が結芽の事を特別に思っている事も知っている。
同期と言えばいいのか分からないが未来で起こった事は未来の私からの交信で知っている。逆に過去での事も未来の私は把握している。未来の私は約五万年後の改良によって過去の自分との通信システムを確立した。五万年以後の彼は言わば『親機』みたいなものだ。知識の転送により未来の私が持っていた自我も手に入れた。この同期とも呼べる仕組みにより十万年後の私も今の私もほぼ同一人物と言っても過言ではない。
未来の私が見た風景も自分が見たことのように感じている。
あの満月の日も。
結芽が……(姿はルミフィスティアだけれど)……欲しかった言葉を、待ち望んでいた救いを与えてくれた。本人は意図していないようだったが。
胸に焼き付いてしまったのはそれだけではなくて、悲しいくらい心が震えたから。求めたいものを見つけたというのに……人間の脆さ、儚さを知ってしまっていたので瞬時にいずれ失ってしまう恐ろしさを理解してしまって打ちひしがれたように感じた。
(見たくない……知りたくない)
その時点より未来の自分は、それより未来の自分との交信を遮断する事にした。だから彼も私も、彼以降の自分の未来は知らないのだ。
一高に未来の自分と結芽との事を話さなかったのは彼を恋敵として認識していたからだ。
彼は、彼女と魂を共有するルミフィスティアの事を大切に想っている。結芽の事も嫌いではない(むしろ好感を持っている)ようだし、いつか彼女を自分のものにしてしまうかもしれない。
そう思うと自分の中に今まで一度だって感じた事のなかったどす黒い感情が湧く。……っ。
私の表情を観察していた一高はフッと笑って
「お前もだいぶ分かり易くなってきたな」
と立ち上がると
「ルミは……『彼女』は渡さない」
私を見下ろして宣言した。
『彼女』の中に結芽も含まれている気がして、自分でも気付かないうちに一高を睨んでいた。
「おー、怖い怖い」
一高は不敵に微笑しながら階下へ降りて行った。
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