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EVER 〜 今までに,かつて 〜

作者: NEKO

NEKOによる物語です。

こちら、同名の作品をNEKOが中学生当時に書いており、直筆のものが一冊存在するだけで、NEKOの周辺人物を除いて公にされていませんでした。

今回、当時の表現や展開など稚拙な部分を残しながらも、加筆修正を行い

多少マシな駄文へと進化して公開します。

どうぞ、お楽しみ下さいませ!

 大きな振動で僕は目を覚ました。一瞬、いま自分がどこにいるのか分からなかったが、車窓から見える景色で状況を理解した。

僕は今、昨年引っ越してきたばかりの田舎町へ電車で帰宅途中だ。長閑のどかな田園風景が走り去っていきながらも、そこにあり続ける。

大きな音と揺れの割に速度は全然出ていない。自転車で並走出来てしまいそうだ。

やった事はないし、やる気もないが。

終着地である田舎町は交通の便は良くないし、田畑ばかりで魅力もなく、年寄りばかりで若者も少ない。

お世辞にも住みたい町とは言えないが、コンビニエンスストが数件あり、その他ファミリーレストラン、スーパーマーケット、百円均一ショップなど生活に必要な施設は揃っている。

また、町内に幼稚園、保育園、少中学校全てあり、高校も電車で通える距離にいくつもある。

住みたいとは思わなくても、暮らしにくい町ではない。下手な都会よりも暮らしやすさは上かもしれない。

少なくとも、僕はいま住むこの町が好きだ。

ただ一つ、重大な問題点がある。

それは通勤・通学の時間帯でも一時間に一本しか駅に電車が来ない事でも、いかなる天気でも町中が土臭い事でもなく、スーパーマーケットに何故かイルカが並んでいる事でもない。

町内の人間関係である。

田舎町の人間関係というと、近所同士がとても仲良く、日頃から調味料の貸し借りなんかが行なわれている光景を連想する。僕もそんな光景を頭に描き、悪くないと考えていたが、実際は想像とかけ離れていた。越してきたばかりの時は驚いた。

町中で近所の方とすれ違っても会話どころか挨拶もしない。

大都会の住宅街ですら近所の方とすれ違えば挨拶くらいはしてもおかしくないというのに。

引っ越しの挨拶も厭う様子だった。

玄関の扉を開けて対応した家は一つもなく、全世帯インターホン越しに挨拶を済ませ、挨拶の品はポストか玄関先に置いた。

ここまでは違和感の範疇だった。

しかし、引っ越し後の初登校。自己紹介の後、同級生と会話した覚えがない。

そして現在までも、同級生と雑談というものをした事がない。

会話を交わすとしても必要最低限。授業に関する事のみ。

朝、教室に入ると、みんな自分の席で勉強するか読書をするかして暇を持て余している。

教師との間も同様である。

授業中には先生の声だけが教室に響き、授業自体も雑談が一切ない無駄のない授業。

授業が終わると早速職員室へ戻ってしまい、辿り着いた先の職員室も静まり返っている。

引っ越して来てすぐ、授業で分からなかった箇所の質問をしようと職員室を訪れた際、あまりの静かさに恐怖を覚え、結局質問出来ずに教室へ戻った。

以降、職員室には近付いていない。

こんな環境で友人が出来るはずもなく、ひとりぼっちの日々を過ごしている。

僕は寂しいと死んでしまうハムスターではないので、死活問題ではないにせよ、やはり友人が誰もいない状況は辛いものがある。

今でこそ慣れたが、一人慣れない田舎道を家まで歩く道のりはとても長く感じた。

そんな矢先、帰宅途中に一人の男子に肩を叩かれた。同じクラスの奴だが、もちろん話した事はない。

彼はメモを手渡すと、颯爽と僕を追い抜いていった。

『ついてきてもらえないか、話したい事がある』

特に用事はない。同級生と話し、知り合いになる絶好の機会。ついていかないという選択肢はなかった。

時折、背後を軽く見ながらついて来ていることを確認している様子だったが、彼の歩くスピードは早く、誰かについて来てもらうことを意識した速度ではない。

むしろ、背後についてくる者を振り払おうとしているような歩き方。本当について行って良いものか。メモをもう一度確認する。当たり前だが、書いてある文章は変わっていない。読み間違えでもない。

田舎道から住宅街に入る。

しばらく進むと、並んでいる住宅の一つに彼は入っていった。

これは中に入れという事なのか。

『話したい事がある』

僕はまだ、彼と一言も言葉を交わしていない。

意を決して、彼が入っていった家の扉を開けた。

中は薄暗く、扉のモザイク窓から入ってくる外の光だけが中を照らしている。

奥に誰かいるのか、何かあるのか。分からない。

「ごめんくださ……」

「しっ!静かに」

横から突然口を塞がれ、驚きのあまり倒れてしまいそうになったが、口を塞いだ主、同級生の彼が支えてくれて転倒を免れた。

「ようこそ、我が家へ。どうぞ中に入って。土足でどうぞ」

言われるがまま奥へ進むと、外観以上に中は広かった。

「突然の招待、申し訳なかった。私の事は分かるかな」

「あぁ。同じクラスの……」

「そう。初めて話すね。で、あまり時間がないからさっそく話すね」

彼は自己紹介から始めた。向こうは僕が引っ越してきた時の自己紹介で名前を知っていたが、僕の方は同級生の名前をほとんど把握していない。彼は僕が引っ越してくる数ヶ月前に東京から母親と引っ越してきたそうだ。もともと彼の父親がこの町に住んでおり、彼は引っ越して来て初めて自分の父親に会ったという。両親は朝早くに出かけ、夜遅くに帰ってくるそうで今は家に誰もいない。

「この町に引っ越して来てから約一年経って、この町の環境に慣れてしまったかもしれないけど、引っ越して来た君には分かるだろ。この町は、異常だ」

この町で生まれ育った人にとってはこの町の環境が当たり前だが、引っ越して来た者は当然に思うだろう、異常だと。

彼も同様なのだ。そして、今まで順応して溜め込んでいたのだろう。

僕の登場は待ちに待ったものなのだ。

「あぁ。はっきり言って異常だと思う」

「そこで、私はこの町に関して調べたんだ。この町の過去について。過去に一体、何が起こってこうなったのか、徹底的に」

僕も気になるところだ。固唾を飲む。

「それは1949年8月27日の出来事。引っ越して来たばかりの若者による無差別殺人事件が起こったんだ。道中、遭遇した町民を次々と手にした包丁で刺し殺していき、取り押さえようと立ち向かった人も次々に。事件発生から数時間後、ようやく警察によって身柄を確保され、ひとまず解決した。この事件の死傷者は当時のこの町の人口の一割を超えたという。恐ろしい事件だ」

僕は何も言えなかった。想像もしていなかった。なんと驚くべき事件なのだ。

引っ越してくる前に軽くこの町に関して調べたつもりだったが、こんなに大きな事件があったなんて、知らなかった。

いや、こんなに大きな事件が調べても出て来なかったなんてあり得ない。

住民だけに伝わる話か。いや、この町の住民の間で口伝が行われるとは考えにくい。

仮に行われていたとしても、他所者の彼に伝えるとは思えない。

本当の話なのか。

「本当の事なのか。その話の……ソースは一体?」

「済まない……。今は話せない」

信じがたいが、彼の声音が事件の実在を確信させた。

「それからこの町では他所者、引っ越してきた者を警戒するようになったと考えられる」

至極当然だろう。元々、田舎には他所者を嫌う部分が少なからずある。

過去にそんな悲惨な事件があったとなれば、当然の事だろう。

「それだけじゃなく、事件後にこの町である新興宗教が興ったんだ。名前は『疑人教』。誰が開祖なのかは……分からないが、町民たちの間で自然と広がっていき、今ではこの町に暮らすほぼ全ての人が信徒だ。町民だけじゃなく、小中学校の教師や役場の職員、警察、消防の人までも。この宗教の教えは至極単純。『教祖様を信じ、他人は信じてはならない』ただこれだけ。他人は嘘をつく。他人は自らに迷惑ばかり掛ける。他人は自分の命を奪おうとする。他人と関わってはいけない。信じられるのは自らと教祖様のみ。結果、他所者だけではなく、同じ町内の住民すら恐れ、会話どころか挨拶すら失ったわけだ」

彼の話が本当ならば衝撃的すぎる。

まさか、僕の周りにそんな狂ったような宗教が存在していたとは。

信じられない。

「この町に暮らすほぼ全ての人が信徒……って事は」

「いいや、私は違うよ。この町を異常だと断言した君も勿論違うだろうね。ただ、君の両親はどうだい。私は信徒じゃないと断言する事は出来ない」

彼に言われて思い返してみると、確かにここ数ヶ月は両親とまともに話をしていない。それが年相応の親子関係によるものなのか、それとも入信に伴い、話をしなくなっているのか。

どちらとも言えない。急に不安が舞い上がって来た。

そんな僕に彼は追い打ちをかける。

「もしまだ信徒じゃなかったとしても、疑人教の宣教者が布教にやってくる。私も一時期は布教されたけど、最近は収まっているかな。少なくとも、この町に巣食う疑人教は私たちが信者でない事を把握している。行動の把握なんかもしているかも知れない」

今は大丈夫でも、後々まで大丈夫とは限らない。

町ぐるみの巨大組織に一体、どうやって対抗したら良いのか。僕には分からなかった。

「なるほど、分かった。ありがとう。話を聞けて謎が解けたよ」

「勝手に終わらせないでくれ。本題はここからだ」

もう充分過ぎるほど重たい話をされたが、まだ本題ではなかったのか。

一体、本題とは、どれほど重たい用件なのか。僕は身構えた。

「もうすぐ私は……消されると思う。だから……私が調べ上げてまとめた資料を君に託す。私は深い事まで知り過ぎた。いま話した事は本来、他所者が知れる事、知って良い事ではない。既に厳重に見張られていると思われる私では出来ない。私の身に何か起こったら頼む」

彼は傍に置いていた重厚な箱から茶封筒を取り出すと、僕に手渡した。

反射で受け取ってしまった僕だったが、そんな大役、務まるとは思えない。

僕は一介の中学生だ。

「そんな。困るよ」

「頼む……。頼む。君が、希望だ」

哀愁潜む無邪気な彼の笑顔を見て、僕は断れなかった。

受け取った茶封筒を鞄に入れ、表は見張られている可能性があると勝手口から彼の家を出て自宅へ帰った。

誰にも遭遇する事なく自宅に到着すると、すぐに自室へ駆け込み、受け取った茶封筒を金庫の中へ仕舞い込んだ。

疲れた。

一週間分の体力を彼と過ごした約一時間の間に消費した気分だ。

彼の家からの帰り道は莫大な金額のお金を運搬している気分だった。

渡された茶封筒にどれほどの価値があるか分からないが。中身は怖くて見られなかった。

彼に何かが起こらない限り、再びあの金庫を開ける事はない。

つまりは、今後一生ないのだ。一生、ないのだ。

考えすぎだ、彼は考えすぎなのだ。

事件はあったのかも知れない。疑人教は存在するのかも知れない。

だが、調べただけで消される……殺されるなんて考えすぎだ。

この日、僕は夕食を食べる事なく眠りについた。

途中、両親に起こされる事もなく、僕は翌朝を迎えた。


 夢を見た。睡眠中に見る幻想的な世界だ。

珍しい事ではない。常時は現実離れした、例えば、魔法の世界で勇者と共に魔王を倒す夢など。夢だ。睡眠中に見る幻想的な世界だ。

だが、今朝見た夢は現実離れしていたにも関わらず、妙にリアルで、後々にあれは夢だったと断言する事は出来ない。

 彼と話した翌日。彼は死体で発見された。

まさか、正夢か。本日、学校に彼が来なかったので心配はしていたが。まさか、そんな。

報道によると、全身をバラバラに切断された状態で、自宅の居間に倒れていたという。第一発見者は彼の父親で、父親が夜、自宅に帰ると彼は既に死亡していた。

僕が真っ先に心配したのは自らに嫌疑が向かないか、であった。

殺された彼には申し訳ないが、たった一日の付き合い故に、彼を信じきれない部分がある事を否定出来ない。

実は、彼は疑人教の幹部か何かで、他所者排除の為に自らの命を犠牲にして僕を排除しようとした可能性もゼロではない。

だが、現場からは犯人に繋がる一切の情報が無かったと報じている。

報道が正しいとは限らず、まだ安心は出来ないが、次に尋常じゃない恐怖が込み上げてきた。それはその場に立っている事を許さない程の恐怖。

辛うじて意識は保ったが、その場に倒れ込んで動けなくなった。

彼が……消された……。殺された。

彼が懸念した通りになってしまったではないか。

しかも、僕と会って、疑人教に関する資料を渡した翌日に。

無関係とは思えない。絶対に疑人教と彼の死は関係している。

彼のまとめた資料が疑人教にとって不都合だったから疑人教が殺して奪おうとしたのか。

だとしても、警察が疑人教に対して捜査を行うとは考えにくい。

彼曰く、警察関係者も疑人教の教徒だから。

仮に疑人教の手による犯行だったとしても犯人が捕まる事は無いのではないだろうか。

どうであれ、僕は今、危機的状況にある。

彼の殺害犯に仕立て上げられる可能性もあり、彼の協力者として疑人教に消される可能性もある。

どうにかしなければ。倒れている場合じゃない。

腕と脚に力を込めて立ち上がり、僕は昨日彼から受け取った茶封筒の中身を確認した。

「私の身に何か起こったら頼む」

「頼む……。頼む。君が、希望だ」

そう言って彼が僕に渡した資料は様々な新聞や雑誌の切り抜き、そして手書きやワープロなどでまとめられた調査報告レポート、ノートだった。

内容はこの町で過去に起こった事件、事故に関する事やその捜査資料、機密文書と思われる警察や疑人教の内部資料、その他幹部信徒と思われる人物と警察や行政の人間との密談の様子を写した写真など。

彼がこんなものをどうやって集めたのか、僕には分からない。

そんな重要書類の中に一枚、手紙のようなものがあった。

彼から僕に向けたものだった。

『この書類を手にした者へ


疑人教と無関係、または敵対する人物だと助かる。

私は死んだ、という事になるのだろうね。

私はこれらの情報を二年ほど掛けて集めた。大変苦労した。

誰もが知る情報から、警察や行政、疑人教上層部しか知らない

いわゆる闇に葬り去られた情報まである。

これがあれば疑人教を潰す事が出来るだけではなく

自治体に対して革命を起こす事も可能だと考える。

怪しい町に伝わる怪しい教団、疑人教。

他人を信じるな、自分と教祖だけを信じろ。

そんなイカれた教団による暴挙をこれ以上許してはならない。

疑人教による被害者をこれ以上出してはならない。

よろしく頼む。

これを手にした、君が希望だ。』

やるしかないじゃないか。

彼の遺志を継ぐ事が出来るのは僕しかいない。

宗教集団『疑人教』は存在してはいけないものなのだ。

彼に代わってぶっ潰してやる。

情報には使い方がある。

ただどこかへばら撒けば良いというものではない。

例えば、身近だからといって地方の報道機関を頼ったとしても教団を潰すまでいかないだろう。従来の事件や事故の様に握り潰され、闇に葬られるがオチ。

ならば、全国区の報道機関に持ち込むか。

否。

恐らく、相手にしてくれない。残虐に殺された中学生が命を賭して残したものだと訴えたとしても、すぐには取り上げず、裏付けの調査をする。その際にこの町や疑人教を取材する。入念に証拠などを消して来たのだ、尻尾を出す事は期待出来ない。結果、誰かが告発した、彼のまとめた資料が誰かから漏れたという疑念をこの町や疑人教に与えるだけで、取り上げてもらえないという最悪の事態になりかねない。

彼の事件はその残虐性から全国区の事件となったが、いま現在は疑人教と全く関係のない事件となっている。何処かの報道機関が彼の事件と疑人教を取材の中で結び付けてくれれば、受け取った資料は有効に使える可能性がある。

優秀な報道機関は多いと信じている。

今は期待して待ちながら、報道の行く末を見守りつつ、他の案も考える事にした。


 翌日。誤算が生じていた。

僕の考えが甘かった。別の場所、有名な都市で大きな事件が発生し、世間はすっかりそちらへ関心を向けてしまった。誰も、どこも小さな町で起こった中学生残虐殺人事件に関して話しや報道なんてしていなかった。

これも疑人教の差し金か。

疑心暗鬼になっている。

代案が浮かんでいない、どうすれば良いか分からぬ状況の中、僕はさらに追い込まれる。

学校から帰ると、家の前にスーツ姿の大人が二人立っていた。

「お帰りなさい」

見知らぬ人に声を掛けられ、想定していなかったので驚いてしまった。

すっかり身体はこの町に染まっている訳だ。

「いきなり失礼。我々はこういう者です」

懐から取り出したものは桜の代紋。

僕はつい、身構えてしまった。

「緊張なさらなくても大丈夫ですよ、少し話を伺いたいだけですから。よろしいですか」

流石はプロ。こちらの動揺に気がついたか。

だが、警察と話す事に慣れていないが故の動揺として誤魔化せるか。

「えぇ。その前に、荷物を置いてきてもよろしいですか」

登下校に用いているこの鞄の中には例の資料が隠されている。

最も安全な管理方法は自分で持ち歩く事だからだ。

田舎の家ほど盗みに入りやすい家も無かろう。我が家もその一つだ。

家に置いておいては不安になってしまう。

だが、この資料を持ったまま警察と話をすると要らぬ動揺をしてしまいそうだったから自室の金庫にしまい、警察と話をする為に玄関に戻った。

「さて。何か」

「単刀直入に。この方はご存知かな」

警察が見せてきたのは彼の写真。瞳が潤む。

「おとつい亡くなったんですが、面識は?」

「あります。学校で同じ組ですから」

「ほうほう。では、亡くなる前にお話したり、何か渡されたりしましたか」

質問の後半部分で、僕の背筋が凍り付いた。

やはり、こいつらは何か知っている。

どこまで知っているかは分からないが、何か資料に関して知っている。

「はい、宿題に関して話をしました」

完全に嘘をつくのは得策ではない。

疑人教の布教をされていない僕は疑人教なんて存在は知らない事になっている。

つまり、会話をしても不思議ではない。

事実、彼に話をされなければ知らなかったのだから、知らないふりをするのが善。

もし仮に家に招かれた事を警察が把握していたら、招かれたにも関わらず会話していないなんて証言すれば嘘だと思われてしまうし、疑人教の存在を知っている事を匂わせてしまう。それは避けなければならない。

ただ、会話の内容に関しては二人の間でしか分からない事だ。偽っても問題はない。

嘘をつくコツは、事実を織り交ぜながら嘘をつく事。基本中の基本だ。

「どこで」

「帰り道で、です」

恐らく、学校には聞き込みに行っている。

学校で生徒が雑談する事は皆無。

学校で話したと言っては危険かも知れない。

ならば、監視の目が及んでいない帰宅路が安全牌か。

「ほう。何か渡されたりはしましたか」

再度、痛い質問。

声が出るか。震えないか。動揺は顔に出ていないか。

「いいえ」

きっぱりと答える事が出来た。

しばらく睨み合ったのち、何も言わずに警察は去っていった。

家の中に入ると、深呼吸をして玄関に座り込んだ。

どうにか乗り越えられた。

警察の質問からして疑人教との繋がりは明らかだ。

そして、疑人教は彼が教団にとって危険な資料を持っている事を知っていた。

殺して資料の回収を試みたが、彼は持っていなかった。

教団は誰かの手に渡ったと判断し、彼から資料を受け取ったものに対する脅しとして、彼はバラバラに切り刻まれたのだろう。

彼の殺された日に僕が彼宅を訪れたか把握しているかは不明だが、訪れたという確たる自信があるなら強引にも家宅捜索したのではないか。凶器捜索などの名目で。

と、するならば、あの日に僕が彼宅を訪れたという事は把握されていない。

状況は厳しい。

一難乗り越えたとしても、状況は悪化していないだけ。

好転はしていない。

早く、彼から受け取った資料の上手な使い方を考えねば。隠し通せる限界は刻一刻と迫っている。


 翌日。休日だが、両親は家を空けている。

そういえば、この二日間は顔も見ていない。

まさか、まさか。

嫌な考えは首を振ってどこかへ投げ捨てたが、捨てられた嫌な考えを拾って持ってくる人がこの世には存在している。

玄関で呼び鈴が鳴った。

僕が来客対応する事は基本ない。

事前に頼まれている場合を除き、居留守を使う。

しかし、今回は居留守を使える気がしなかった。

何度も、何度も呼び鈴が鳴る。

何度も、何度も。

しばらくして止んだと思ったら、今度は扉を叩き始めた。

一体、何者だ。

外からは気づかれぬ様、注意をしながら玄関の前まで行き、誰が来たのか確認する。

モザイク窓越しに見える姿は中年の女性たち数人。みんな派手な格好をしている。

再び、扉を叩く。うるさい。

「すみません、疑人教の者です。疑人教のご説明に上がりました。いらっしゃるのは分かっています。出てきて下さい」

遂に来たか、疑人教の宣教者。

呼び鈴を鳴らした後、扉を三回叩く。うるさい。

仕方がない。

僕は勇気を出して応対する事にした。

「すいません」

「あらぁ、初めましてぇ」

宣教者は三人。モザイク窓越しに見えた通り、派手な格好をしている。

簡単にいうと、イタい。

「じゃあ、早速話を始めるわねぇ。ボクは疑人教って知ってるぅ?」

「い……いえ。宗教ですか」

「そーなんだけどぉ。宗教って括られるのは嫌ねぇ。そんじょそこらの偽物の宗教なんかとは違うすんごい尊い教えなのよぉ」

喋り方にイライラする。

その後は疑人教の理念や教えについて数十分話した後、資料を押し付けて帰っていった。

三人で来たが、話をしたのは一人だけだった。

数人で来る意味は果たして。

そもそも、『教祖様を信じ、他人は信じてはならない』という教えの宗教の布教に教祖以外の、いわば「他人」が来るなんて、破綻しているではないか。

何故ゆえこんな布教で入信するのか、拡大出来たのか。

理解に苦しむ。

私がハズレ宣教者と出会っただけなのか。

「はぁ」

ため息と共に、押し付けられた資料を開くと、教祖の写真と名前、挨拶文が掲載されていた。

スーツ姿の笑顔の中年おじさん。

尊さのかけらも感じない。

挨拶文も怪文書としかいえない駄文。

何故ゆえ惹かれる。

名前も平凡。

教祖なら、もっと尊い感じの名前では無いのか。

それは勝手な妄想か。

教祖の名前は決して惹かれるものではなかった。

だが、僕は目を離せなかった。

彼と全く同じ名字。

珍しいものではないが、ありふれたものでもない。

偶然か。偶然だ。きっと偶然だ。

親族な訳が無い。

だが、自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、彼が最後に見せたあの笑顔。

哀愁潜む無邪気な彼の笑顔が教祖の笑顔と重なる。


 外出すると、いつも誰かにつけられている感覚がある。

登下校時や買い物に出かけた際など、時と場所を選ばない。常に、だ。

僕が歩けば近づいてきて、立ち止まれば止まる。だが、振り返ってもつけてきているような人は誰もいない。気配が消える。

最初のひと月はただそれだけだった。無視すれば、気にしなければ問題なかった。

だが、次第にエスカレートしていった。

近づいてくる速度が速くなった気がする。こちらが立ち止まっても迫ってくる。

恐ろしくなって建物の中に逃げ隠れても、誰かに見張られている気がする。

気のせいなのか。いや、気のせいなんかじゃない。

奴らだ。

これはあの日、彼が殺されてから三日経った日。

疑人教の勧誘を受けてからである。あれから毎日同じ人達が同じ時間にやって来て、玄関の前で叫び散らす。

つまらない、くだらない話を聞くのは御免なので、あの日以来対応はしていない。

玄関から離れた自室に籠って耳を塞いでもかすかに聴こえてくる宣教者の声。

「居るんでしょ。居るのは分かっているのよ。出て来なさい。そして入信なさい。入信すれば救われるの。今、あなたを悩ませている全ての事から。この世全てのしがらみから解放されるの。入信なさい。入信なさい」

僕が学校から帰るとすぐにやってくる宣教者。

夜、僕が眠りにつくまでそこにいる。だが、朝起きるといなくなっている。

そういえば、両親はいつ帰って来て、いつ出掛けているのだろうか。

今、何をしているのだろうか。

長らく会話していないどころか、姿すら見ていない。


いつの日からか、僕は外に出なくなった。

学校なんてしばらく行っていない。それでも学校から連絡が一切来ないのだから驚きだ。

モザイク窓の扉を見ると、その先に誰もいないと分かっていても、足が竦む。

どうしても外へ一歩踏み出す事が出来なかった。

誰が買って来たものか分からないが、家にある食料で飢えは凌げる。

午後になれば疑人教の宣教者どもがやって来るが、自室に籠っていればなんて事はない。もう慣れた。

「入信なさい。救われるのですよ、入信なさい」

この家は、この自室は安寧の地だ。ここにいれば大丈夫。

何にも問題ない。

痛い。足に何か刺さった。

僕の足元には本やら、紙やら、ゴミやら。

整理整頓なんてしていないから散らかり放題である。

「片付けるか」

本は棚や箱の中にしまい、紙やゴミはまとめてゴミ袋の中へ。

ふと、見覚えのある茶封筒が落ちていた。

これは忘れてはいけない何かにか。

何だっけ。

頭の中で彼の声が駆ける。

「君が、希望だ」

僕は一体、何をしているのだ。

正気を取り戻した。

髪はボサボサ。爪は伸びて黒ずんでいる。着ている服は異臭を放ち、身体は垢だらけ。

そういえば、最後に風呂に入ったのはいつだったか。

まずは、身なりを整えよう。

不潔の鎧を脱ぎ捨てて、窓を全開にし、淀んだ空気を新鮮な空気へと入れ換える。

シャワーを浴びて、身体がスッキリすると頭もスッキリした。

戦わねば。

時計を確認すると、ちょうど学校の就業時間。ちょうど良い。

僕は玄関に座り込んで、来客を待った。

一分のズレもなし。来客が来た。

呼び鈴が鳴る。返事をする事なく、扉を開け放つ。

「あらぁ、どうも」

いつ振りの外界か。そして、いつ振りのおばさんか。

相変わらず、派手な衣装。吐き気がする。

取り巻きの二人は今日もいる。

取り巻きの二人は……。

人の気持ちは形状記憶合金の様なものだ。一時、形を変えたとしても、温めてしまえば元通りになる。

変わる事なんてそうそう無いのだ。

一度、逃げてしまった僕に奴らと戦うことは出来ないのだ。

「父さん、母さん……」

身体中を恐怖が駆け巡る。

どうしたら、どうしたら良い。

「おやおや、僕どうしたの?今日はねぇ、教祖様のお言葉を……」

宣教者のおばさんの声は僕に届いていない。

僕は何者かに対する恐怖に襲われていた。

だが、おばさんの話を聞いている人はいた。

いいや。僕を除いて、おばさんの話を聞いている人しかいなかった。

隣の住人がカーテンを開けて、窓を開けて。

道行く人が立ち止まって、しまいには迫ってきて。

僕の両親はおばさんの後ろに佇んで。

聞いている人しかいない。

こいつら、おかしい。

見るな、僕を見るな。こっちを見るな、やめてくれ。

聞くな、その話を聞くな。耳を傾けるな、それは息子殺しの言葉だぞ。

やめろ、やめてくれ。

僕が恐れる何者の正体は明確なものとなった。

「お前ら、狂ってやがる!」


 僕の叫びは一夜にして町中のものとなった。

宣教者が何も言わずに立ち去った事でその場は収まったが、その後、事態はむしろ悪化していった。

恐れるものが明らかになった以上、安寧の地に籠っている必要はない。

僕は登校する事にした。

制服で身を固め、玄関のモザイク窓が何かで覆われている。

扉を開けようにも異様に重たい。

引きこもり生活で筋力が低下したか。

腰を入れて思いきり押すと、勢いよく扉が開く。

開いた扉には無数の張り紙があった。

『死んでしまえ』

『消えろ』

『殺されろ』

目も当てられない。住民による仕業か。何とも幼稚な。

張り紙に気を取られ、僕は背後に人が立っている事に気がつかなかった。

刹那。

腰に未だかつて感じた事のない痛みが走る。

天が見え、地の感覚を得て、意識が遠のく。


 目覚めた景色は白い。

何処だ、ここは。

脇に立つ人。看護師の服装だと思われる。

あぁ、病院か。

脇に立つ人。その手には刃物。

振り下ろされた刃を間一髪で避けるが、高所から落ちて全身、特に腰に痛みが走る。

回り込んでくる。

逃げなくては。痛い。それでも、逃げなくては。

絶叫と共に襲い来る看護師を突き飛ばし、全速力で駆ける。

あまりの痛みに叫ばずにはいられず、そして速度も大して出ない。

それでも走り続けるしか生きる道はない。

すれ違う人とぶつかりながら病院を出ると、そこは町内の病院である事が分かった。

逃げなくては。

背後を振り向く余裕はない。どこへ向かうか当てもない。

だが、今はとにかく逃げなくては。

身体に鞭打って、再び走り出す。

病院の駐車場を縦断していると、一台の車が不自然な動きをして、向かってくる。

尋常じゃない速度。

逃げられない、避けられない。

少年の体が空高く舞う。


 都会の喧騒に鬱屈としていた日々だったが、そこに死の危険はあれど見えていなかった。

かつての日々は戻らない。


 今までに命の危険を、死を感じた事はありますか。





お読み頂き、ありがとうございます。

以前描いた作品のリメイクではありますが、何年も前に書かれたものなので一度読み返してみました。

現在書く文章も大概ですが、当時描いていた文章はまるで幼稚園児が書いているかのようなもの。

我ながら恥ずかしいですね、こんなものを知人に渡し回っていたなんて。

ただ、書いた当時の気持ちは忘れたくないと思いまして。

加筆修正はもちろん行いましたが、ほとんど当時の表現・展開でお送りしています。

まぁ、加筆修正が原作本編の数倍ある気がするので、リメイクというよりほぼ新作ですが。

それでも変えた展開もあります。

最後です。

書いた当時は「NEKO作品の割にハッピーエンド」と題打っていました。

その理由は単純に主人公が生き残るからです。

過去作を見てもらえればと思いますが、なかなか珍しいです。

ただ、私は描き直すに当たり、真にハッピーエンドにしたかったのです。

理解し難い感覚でしょうか。

そうです、私はこの作品を真の意味で「NEKO作品の割にハッピーエンド」とする為に書き直しました。

ここを変更した理由は、当時も今も考え方話変わっていないが、当時は描く事が出来なかったからだと思います。

風呂敷を広げすぎると、後書きが長くなってしまうのでこの辺で。

次回の投稿もお楽しみに。

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