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それでも匣。  作者: 微塵子
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悲願

私は、人を愛せません。誰一人として、愛した事がないのです。いや、別に私に見合う人が居なかったから。だとか、そんな、傲慢で失礼な嫌な意味では決して無く、愛し方すらも、これっぽっちすら分からない始末なのです。私には人が分かりません。怖くて怖くて堪らないのです。こんな事を人に言うと

「やぁ君は随分と趣味の悪い美学を持っているようだな」

なんて言われるのですが、いや、そういう事では無く、私には本当に本当に、皆様の事が恐ろしく、かえってそんな事を言われてしまうともう、為す術も何も無くなって、ニヤニヤと下手な追従笑いを浮かべながらただ茫然自失と相手の意向に迎合する。というこの悪い性癖がにゅっと頭を出してしまって、もうそれしか出来なくなって仕舞うのです。私はこの無知の極みとも取れる残念な物を、やはり皆様の仰る通りの所謂"美学"なんて物だなんて、毛程にも思っていなく、これは大変恥ずかしい"汚点"だと思っております。愛せない。という事は、いや、皆様、これは大変に苦しく寂しい事なのです。皆様は、常日頃何かを愛でるでしょう?私にだってその位の事は分かります。恋人ができたり、それこそ人以外でも。あるいはその対象は犬だったり花だったり。私には、それが分からないのです。もっと言えば、その時皆様が何を感じ、何を考え、何を思っているのかすらも、私にはどう頑張ったって、それこそ逆立ちしたりしたって分からないのです。

私は、中学の頃、二度三度女子から所謂「愛の告白」とやらをされた事がありますが、けれども、駄目ですね。もう、私には分からないのです。とてもとても私にはどうする事も出来なくなって仕舞うのです。これは何か一つでも返答を間違えたら、相手が怒りの余りに私に何か、牙をむいて襲いかかって来るのではないかと、手足の力が抜けていき、わなわな震え、どうする事も出来なくなってしまうのです。いや、こんな私でも後々落ち着き初めると決まって、

「あぁ悪いことをしたなぁ」

とぼちぼち反省はするのです。が、もう駄目です。時すでに遅し。こうすれば良かった。だとか、こうしたらいけない。だとか、思っても無駄なわけです。やはり私には皆様が恐ろしいのです。皆様が分からないのです。

例えば、猛獣は怖いでしょう。ライオンだとか、熊だとか。私からしてみれば、その恐怖心に限りなく近いものを皆様に対してもふっと時折、彷彿とさせるのです。それはたとえ血の繋がった肉親であろうと、例には外れないのです。私には本当に本当に何も分からないのです。

私は、いつも人に云われます。"物事の背景"だったり、言葉の裏"だったり。そういうものをもっと良く考えろと。そう云われるのです。しかし、私からしてみれば、そんな事は想像の域を超えていて、私の考え付くどれを取ってみたとしても、正解にはなり得ないのです。私にはこれが大変な苦痛であり、しかしそこには一欠片すらのカタルシスすら無く、ただただひたすらに侘しいだけなのです。この侘しい気持ちに素直に答えてメソメソ気弱に泣いた所で、何も。万に一つの同情の余地すらなく、それが又、私には嫌に苦痛でありました。このようなことが分からないと、皆様は私の事を陰で色々言います。

「あいつは嫌なやつだなぁ」

だとか、

「道徳心が全く感じられないね」

だとか。仰います。しかし私からしてみればそんな事を仰っている皆様の方がかえってよっぽどタチの悪い悪徳者だと、思ってしまうのです。

───いや。違う。私には、そんな事を言っていい権利は無い。私には、皆様を卑下して良い様な権利を持ち合わせてなどいないのです。ごめんなさい。どうか、お許しください。

もう。こんな私ですから、人と良い関係を築く事など、まず不可能なわけです。ですから、次第に自分から距離を取るようになりました。ですが、嗚呼!学校!

小学校ではやはり友達が居ませんでした。しかし、当の私も、幼心ながら諦めていたのか、友人がいない事、学校で孤独である事への恐怖心や悲しさは、あまり感じてはおりませんでした。しかし、この諦めがいけなかったのか、もしくは私が考えつかない、思いもしない程の、些細な、いや、相手からしてみれば大きな、私から受けた事。又はその両方か、何度考え直しても全く分かりませんが、私は皆様から酷く嫌われ、羽虫の如く扱われるようになりました。

そして中学校へ上がり、私は過去の経験から、出来るだけ(これはやはり大変な悪事だと思っております。)表面上だけでも、仲がいいフリをしてやろう。と意気込み、人と接するようになりました。私はそれから、人の顔色ばかり伺いながら過ごして参りました。もう、必死なのです。兎に角ひたすらに。曰わば"良い奴"として日々振舞おうと致しました。取り敢えず最初は、何一つ。たったの一つとして皆様の事が分からない身でしたのでこの足りない頭でよく考えた結果、何でもかんでも知った様な体で皆様に接することに決めました。そしてこの焦りと悲しみを隠す為、笑顔の仮面を付けました。今思うと、何を言われてもへらへらとして屈託なく笑い、相手の顔色ばかり伺う様はもう、阿呆の極地であったと、恥ずかしさと悔しさと共に自負しております。それこそ、自分に対して浴びせられる暴言の他に、肉親の悪口(とても此処には書けません。お許しください)を言われたとて尚のことへらへらと。もうそこにはプライドもありません。何にも。万に一つも。面白くも、楽しくもないのに笑うのです。しかし心の内では九死に一生を得るが如く、相手の機嫌を損ねないようにと、正に一世一代の大博打を打っている。そんな気分なのです。これは大変に愚かで、幼稚で、馬鹿げた事だと皆様は思うかもしれません。しかし、嘲笑う事が出来るでしょうか。好かれようと、愛そうと、努力する者を、皆様は嘲笑う事が出来るのでしょうか。なにも、同情して欲しいだなんて思ってなどいません。ただ、これでも笑うのならば、私はそれまでの、小弱な男だったのだな。とただ思うだけです。

こんな事を続けて行くと、ぽつぽつと、私の事を話しやすい友達だ。と言って呉れる人達が出てきました。私は、全くの謎でした。どうしてこちらの意見も聞かずに、そんな事を言ってくるのかと、不思議でなりませんでした。ですからある日、少し話してみました。

「僕はね、人の事を好きになれないんだよ。これは、恋愛だとか真の愛だとか、そういう浪漫的な事ではなく、人の事を好きになれない。曰わば皆のことを嫌いという事なんだよ」

そう言い聞かせますと、

「そうなんだね。何か、過去に辛い事があったのかい」

と言ってきます。どうやら、言葉の意味を理解していない様子であったので、持ち前のおべっか精神を発揮して、

「心配してくれているんだね。ありがとう」

と言います。そうすると決まって気持ちの良さそうな顔をして満足してくれている様だったので、益々私には分からなくなって仕舞うのでした。誰に聞いても、そうなのです。中には、最初にお話した通り、

「それを格好いいとでも思っているのかい」

等と仰る人もいて、やはり私は、そんな事を言われると、しどろもどろになったり、ニヤニヤ笑う事しか出来なくなって、話が煮え切らないまま終わってしまい、相手を不機嫌にさせて仕舞うのでした。

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