門兵〜獣人!〜
森を抜けると街まで本当に近かった。
あまり話も聞けずに塀が街を囲っている姿に言葉を失う。
the 異世界の街! っていう感じなのだ。感動もするだろう。
塀の高さは身長よりやや高い……多分180〜190cmというところだろうか。
高身長の人がいたら覗き込む事ができる程度の高さだ。
なんの変哲も無い土でできたようなレンガで組まれた、それほど強度の感じない塀だな。魔物や人間に攻められるのはあまり考慮されていないような気がする。
塀以外に魔法的な結界とか別の防御方法があるのかもしれないが。
向かう先には巨大な門とその隣に人が一人通れる程度の小さな扉がある。
「あれがグレストルだ。今日は……混んでないな。時間的にもまだ早いし」
「混むのか?」
「時間帯が悪いとね。夜は完全に門が閉まっちゃうし、閉め出されたら次の日の出までは外で野宿だから気をつけなよ」
まだ門までは少し距離があるので聞いた話を頭の中で整理していく。
主なギルドは6つ。ハンター、冒険者、魔術、錬金術、商業、農業。他にも色々あるらしいが、大きなギルドはこれだけと。
ハンターと冒険者は似ていそうだと思っていたが、全然ちがうらしい。
ハンターは近隣の素材、食料採取から魔物討伐までを専門としていて、冒険者は未知の探索を目的としたギルド。冒険者は魔物討伐特化ではなく地図を作成したり、未知の魔物の詳細を調べたりするのか。なるほどなるほど。
魔術ギルドでは魔法の研究を行ってて魔法の書や触媒の販売をしているらしい。ギルドに入らなくても購入自体は割高で可能。錬金術も同じ。
商業ギルドは販売全般の税に関する部門で、主に消費者ではなく店側のギルドらしい。自分で店を持つなら商業ギルドと。
農業ギルドは文字通りだな。栽培した野菜果物家畜にあるか知らないが林業とかも含まれそうだが、そういったものの卸先になるんだろう。店を持ってて八百屋みたいな感じで販売できるなら商業ギルドで買い叩かれるが確実に納品できるのが農業ギルドってところだな。
各ギルドそれぞれ会費があって、払えなけりゃ退会処分とのこと。
よし、ギルドについてはだいたいわかった。
頭の中で整理が終わると門兵が目の前に立ってい……獣人だ!
犬! 犬だ! 何犬かはわからないけど、人間的要素が2足で立ってるというだけの、犬よりの獣人だ!
生で見ると凄いな。現実のものとは思えない。
木製の鎧に先を尖らせただけの木の槍を背に、腰に長めの鉄の剣、反対の腰に短剣を装備している。
鎧も武器も使い込まれて傷や凹みがあるが、なんかめちゃくちゃカッコイイ。
「おう? さっき出てった若いハンターじゃねぇか、どうした? 忘れ物か?」
犬顔なのにニヤニヤ笑ってるのが分かる。
傷だらけですぐに戻ってきたのだ。門兵をやっていたらどういう状況なのかは聞かなくてもわかるだろう。
「ま、まあ、そんなとこだよ。それよりほら」
ゲドルが懐から何かを取り出して犬門兵に渡す。
何を渡したんだ?
「よし、通っていいぞ。……お前はダメだ」
何事もなく入ってやろうとしたが失敗した。
何を渡してたのかも分からないから、あまり話したくなかったんだけど。
「見かけないフルプレートメイルだな。体型からみてどこかの貴族か? この街の人間じゃねぇな」
「よく間違えられるが貴族ではない」
「ああ、そうかい。そりゃ良かった。俺は貴族が好かんのでな」
そんな事を堂々と言って大丈夫なのか?
確かに周りには俺と門兵と少し先にゲドルしかいない。
貴族の立ち位置がイマイチわからんな。
「で、何しにここへ?」
「……」
俺はここへ何しに来たんだろうな。
理由を聞かれるとパッと出てこない。
なんだろ。ここで俺の設定が必要だな。
“スタート!”
スタート画面が開く。呼び出したのだから当然だ。
スタート画面が開いている間は周りの時間が止まるのを利用する技だ。
俺も動く事はできないが、考える事はできる。ゲームでよくあるスタートボタンでのストップ機能は現実にしてみると、とんでもないほどにチート能力なのだと改めて思った。
まず、俺が何者かだな。
ゲドル達には言ったからアイテム収集家で行くべきだろうな。そんな職業ないだろうが、何一つギルドに入ってないから冒険者でもなければハンターでもない。
魔術ギルドに入ってないからバカスカ魔法使っててもおかしいし、錬金術も同じ理由で使えない。
商業ギルドでもないから行商人というのも無理があるし農業ギルドにも入ってないから農家ですらない。
とりあえず何者か聞かれたらアイテム収集家でゴリ押すしかないな。
じゃあ今質問されている目的は?
新しい仕事を探しに? 悪くはないが、どうだろう。無職野郎みたいな目で見られそうだな。路銀が無くなってやむなく仕事を? ……まあまあだな。俺が門兵なら信じる。
定住できる土地を探しているというのはどうだろう?
ここは俺が最初に来た街だし、正直あちこち飛び回りたい。この世界の全てを見に行きたい。
定住……はしたくはないが帰る場所を持つのは有りかもしれないな。ここを拠点にあちこち飛び回る。悪くないな。幸い転移魔法の類も揃っている。
他に来る理由は……この街がどんな街で他の街とどう違うか分からないから、この街が目当てで来ました系の理由は全て却下だな。
逆にこの街でやりたいことは? わざわざよく分からない理由を考えるより、それをそのまま言うのも有りかもしれないな。
この街でやりたいことといえば、まず情報収集。どんな場所でどんな生活してて、どういう人たちがいるのか。情報収集といっても人に聞かずに自分で見て感じるのが本当は好きなのだ。
ゲームをやっていても思っていた。攻略本、攻略サイトとは何なのかと。いらんだろうあんなの。
自分で! 探して! 見つけた喜びに浸る! それ以上に勝る楽しみは俺の中にない!
オンラインでギルドに入ったりフレンドができると攻略情報がコメントで流れてくる。現状での強い武器だの役職だの素材の場所だの。攻略サイトから拾ったような情報を。
共有したい気持ちは理解するんだがそれは知りたい奴らで個人メッセージでやるべきで、「勝手に垂れ流すな! ネタバレだぞネタバレ! 楽しみが半減どころか激減するわ!」って事あるごとに言ってると気づいたらどのゲームでもギルドに入らずフレンドもいないソロプレイ専門家になっていた。
……全く悲しくはない。本当だ。
そもそも常識を聞くということは常識の無い人間ということにもなってしまいかねない。滅多な事は聞くことすら難しい。自分で少しずつ情報を埋めていくのも楽しいものだ。
ただ、情報収集したい! と言っても怪しまれるだけだな。情報収集を理由にするのは却下。
他にやりたいことは……ギルドには入りたい。
全ギルドに入るのを有りだとも思っている。
冒険したいし魔物も倒したい。新しい魔法も覚えたいしまだ使ってないが錬金術も項目があったから使えるはず。店も持ってみたいし、畑で作物も育ててみたい。
……やりたいこと多いなこりゃ。
まあとりあえずギルドに入るのは決定だ。
ギルドに入って無かった理由を間違いなく聞かれるだろうな。
どういう場合にギルドに入らないかを考えれば理由は思い付く。
申請が面倒。金が無くて会費が払えない。逆に金がありすぎてギルドの依頼が必要ない。ギルドと確執がある。除籍された。ギルドの存在を知らなかった。
この中のどれかが理由だな。存在知らないのと確執と除籍は色々ヤバいから無しで。
よしよし。だいたい決まってきたな。
スタート画面を閉じる。
「俺は路銀が無くなってやむなく仕事を探してこの街に来たんだ」
「ん? 装備を見るとある程度戦えそうだが、ハンターギルドに入って無いのか?」
「そうだ。まあ、見ての通り太る程度には金に困ってなくてね。ギルドに入る必要がなかったんだよ。だが流石にそうも言ってられないからそろそろギルドにも入ろうと思っているところだよ」
「なるほどな。それがいいだろう。ギルドに入らなきゃまともな仕事なんかねぇぞ? 下水掃除に使い魔のフン掃除とか酒場の吐瀉物掃除とかな」
ヘラヘラ笑いながら犬門兵が言った仕事はかなり最悪な部類なのだろう。
笑ってる顔を見るとわざと嫌な仕事を例に上げて怖がらせようとしてるのか。
ギルドには会費を払えば誰でも入れるわけじゃないから、入れなかった人間はそういう仕事もしなければならない、という事か。気をつけよう。
「銀貨2枚ぐらいはあるか?」
銀貨2枚だと? もちろんない。この街、関税式か!
ゲームの銀貨なら沢山ありはするが、この国の銀貨はないといった方が正しいか。
犬門兵は沈黙を否定と受け取ったようだ。こちらに何かを差し出してきた。
「こいつを日が沈むまでにここへもう一度銀貨2枚と一緒に持ってくるんだ」
四角いカードだ。木製? 結構しっかりした作りに小さな魔石? のような物が埋め込まれている。
「そいつを見るのは初めてか? まあ、お前みたいな無一文が街に入るときに必要なもんだ。これも規則だから説明してやる。それでお前の位置情報は把握されるから注意しろよ。日が沈むまでに来ない場合は衛兵が捕らえに向かうからそのつもりで。それを5秒手放したら衛兵が飛んでいくから手放すなよ。一度それを持って街に入ったら銀貨2枚払うまで外には出れない。以上だ。質問は?」
「銀貨2枚が用意できない場合は?」
「もちろん牢屋だ。どうする? 今日はやめとくかい?」
「わかった。なんとかしてこよう」
頑張りな〜と訳のわからない応援を後ろから受けながら小さい扉から街へと入った。