自己紹介と確認と
プチプチの動きは直線的で遅い。
難なくサササッと虫取り網で捕まえていく。
「これで全部か」
「は、早い……!」
「あの見たことない装備はなんなの?」
虫取り網の中でプチプチが密集して逃げようとうごめいている。
……捕まえたはいいけど、どうしようこれ。
経験値とかどうなってるんだろうか。
プチプチがどの程度の経験値を持っているのか知らないが、多くないのは予想できる。検証のために倒してみてもいいが、それは後でもできる。
「いる?」
「え、え?」
「よかったらあげるけど、俺いらないし」
虫取り網で捕まえたままのプチプチをハンター達の方へ寄せる。
「他人が捕まえた魔物を横取りするのはギルドのマナー違反だし、俺達は助けてもらっただけで十分だよ」
色々な事が一度に起きて驚いていたようだが、落ち着いたのか気さくな感じでこちらに近づいてきた。
ちょっとチャラそうなイケメンの見た目によらず真面目なようだ。
「……そう? じゃあどうしようかなこれ。俺別にギルドに入ってるわけじゃないし、そもそも横取りじゃないから貰ってくれたほうがありがたいけど」
首を振っているので本当にいらないんだろう。
じゃあ仕方がない。倒すタイミングを失ったので今は捕まえたままにして、せっかくだし情報を集めようか。
「さっきは本当に助かりました。ありがとうございます。それにしても兄さん、ギルドに入ってないのか?」
握手を求めるように手を差し出してきた。
少し戸惑いながらその握手を受け入れてみた。
「あ、ああ。ギルドには入ってない」
「一つも?」
ギルドがいくつかあるようだ。
調べるのが楽しみになってきたぞ。
「一つも入ってない」
「じゃあ貴族様なの?」
「やっぱり! 太ってるし、珍しい装備持ってるし、他国の貴族様でしょ! 最初からそう思ってたのよ私!」
「あの……あの、他国の貴族様なら色々と僕たちまずいんじゃない?」
後ろにいた魔術師の女の子が興奮気味に喋りだしたかと思ったら魔術師の男の子が青ざめている。
なんかこうバラバラなパーティーだな。
とりあえず誤解だけでも解いておこう。
「いやいや、貴族じゃないけど」
「じゃあなんでそんなに太ってるんだ?」
イタタタタ! グサーっときたよ! 心にグサーっと!
子供独特のためらわない一言に多くの精神的ダメージを受けた。
さっきは聞き流したけど太ってる太ってる何回言うんだよ!
気にしてないがな! 別に! 見た目なんか!
「飯を食ったから太ったんだよ!」
運動もしてなかったし部屋にこもってたしな!
流石にそこまで言う必要はないかと途中で言葉を切った。
「飯をそれだけ食えるってのも凄いな! 装備もたくさん持ってそうだし、ギルドにも入ってないって事は金持ちか! いいなぁ……」
そう言われて改めて彼らを見るとかなり痩せている。
不健康なほどやせ細っちゃいないが、明らかに3人とも痩せ型だ。
……太ってるだけで目立つ世界なのかもしれない。
「それで君らはこれからどうするんだ?」
正直、もう少し装備を整えてアイテムを充実させて挑むべきだと思うんだが。
「俺達はまだプチプチを倒したい……けど、剣がこれじゃあ」
そう言いながら根元から折れた剣を地面から拾って背にした鞘に入れているが、剣先が無いのでグラグラと安定しない。
剣じゃなくてもその怪我では俺なら無理だ。回復してやりたいけど本人は気にしてなさそうだし、これ以上助けてもいらないと言われそうだな。
「というか私も今日は無理よ……MP無いし明日にならなきゃ」
「くっそー。街に戻るか……」
街!
うおー!
異世界の街だ! これは付いていかざるを得ないだろう。
楽しみすぎる!
少しだけ咳払いして興奮を抑えてから口を開いた。
「実はこの辺りに来たのが初めてでね。よかったら街まで案内してくれないか?」
「あ、ああ。そんなことで良ければ助けてくれたお礼にもならないし構わないぜ。なあ、みんな」
ゲドルが全員に確認を取ると、みんな快くうなずいてくれた。
街まで結構近いらしい。
早く街に行きたくてどっちの方角か興奮気味にキョロキョロ見渡していると、彼らが倒した消し炭になったプチプチを拾っている。
「何してるんだ?」
「ハンターギルドに魔石を届けるんだよ」
魔石!?
魔石がどんなものか見たいので、かがんでいる皆の頭の上から覗き込む。
プチプチ本体は黒焦げだが、魔石にはダメージがないみたいでキレイに光を反射している。
薄い青色で半透明。枝豆ぐらいの大きさだ。形はその辺りの石みたいにイビツで規則性のなさそうな感じだ。
「魔法じゃなくて剣で倒せてればプチプチの死体も素材として買い取ってくれるんだけどな」
黒焦げのプチプチは地面に捨てて行くようだ。
「兄さん。そのプチプチ、早く倒さないのか?」
「ん?」
ああ、忘れてた。
この虫取り網の捕獲性能はなかなか良いみたいだ。プチプチは暴れ回っているが網も破れていない。
肩に担いでた虫取り網を降ろすついでに地面に叩きつける。
プチー! プチー!
変な鳴き声が森に響く。
「す、すげー! 全部いっぺんに倒した!」
「いやいや、すごくはない。ただ叩きつけただけだし」
子供たちに凄い凄い言われるので悪い気はしない。
ゲームセンターでプレイしてると寄ってきた子供たちにすげーすげー言われている気分だ。
プチプチの死体を持って歩くのも気持ちが悪いので、収納してしまおう。
“収納”
虫取り網と一緒にプチプチを収納する。
初めて使ったが、上手く収納できた。
ヘルプには収納を願えば自分が直接触れている物や自分のアイテムの触れている物を収納できる【所有者のいないアイテム限定】と書かれてあった。
一応アイテム欄を確認しておくとプチプチの死体が9体間違いなく入っている。
「もしかして倉庫もってるのか!?」
「す、すごいです!」
男の魔術師の子は俺を少し怖がってるみたいで口を開いてなかったが、収納するのがよほど珍しかったのか少し興奮している。
倉庫? 倉庫とはなんぞや。
多分魔法か何かだろうか。
とにかくそんなものは持ってない。
持ってると嘘をついても仕方がないだろう。ただ今の収納を説明できる気がしない。
俺はもう一度アイテム欄を開いて、中から“アイテムバッグ【極小】”を取り出す。
「倉庫じゃなくて、これだよ」
フルプレートメイルの隙間から取り出した風を装ってアイテムバッグ【極小】を見せる。
手のひらサイズの巾着袋だ。茶色で素朴な感じの見た目で良かった。今初めて取り出したから変な柄とかついてたら持ち歩きたくないし、本当に良かった。
「もしかしてマジックバッグ?」
「マジックバッグではなくて、一応アイテムバッグってやつだよこれは」
アイテムバッグとマジックバッグの違いはわからないが、俺が取り出したのは間違いなくアイテムバッグなのだから訂正しておいた。
「へー! やっぱ金持ちなんだな。そういえば名前を聞いてなかったけど兄さん名前は? 俺の名前は言ったから……こっちの金髪紫フードがカリン、あっちのビビリで青色フードはシール」
女の子はカリンで男の子がシールね。あまり人の名前を覚えるのは得意じゃないんだよなぁ。
まだちょっと二人には警戒されてる感がある。というかゲドルがおかしいのかもしれない。もう少し警戒心を持ったほうがいいんじゃないだろうか。
「俺は純人族のアカ。あちこち旅して回って貴重なアイテムを集めている」
ということにした。
そうすればレアアイテムを持ってても怪しまれないような気がしたからだ。
一応種族名も付けてみた。付けないとマナー違反かもしれないし、わからないことは相手と同じことをするのが一番いいはずだ。
「じゃあ冒険者か! あれ、でも冒険者ギルドには入ってないんだろ?」
俺の自己紹介に違和感はないらしい。良かった。
「ギルドは入ってないな」
ハンターギルドと冒険者ギルドは違うようだ。
街へ向かいながら少しでもその辺りの話を聞いておこう。
このままだと何も知らない変な人あつかいを受けてしまいそうだ。