ブラックキメラの素材
王都テントゥルトゥでは詳細な鑑定のために国のあちこちから珍しい素材やアイテム、装備品によくわからない物まで届いていた。
鑑定するのは一流の鑑定士。スキルを鑑定に特化させて戦闘力を持たない特殊職の一つだ。
一日に鑑定できる数は5つ。鑑定にはアイテムにより相応のMPを消費するため、数は変動する。
王都に集められる物は、そのほとんどがレア度が高く鑑定時の消費MPはどうしても高くなった。
「よし、次だな」
一人の鑑定士が腕輪のような皮地に金の装飾を施されたきれいなアイテムを机に置いてそういった。
腕輪の下にはその腕輪の名前や効果などの詳細がびっしりと書かれた紙が置かれてある。
それを他の職員が持って倉庫へと運んでいった。
個室を与えられているところをみると、この鑑定士はかなり権威のある者なのがわかる。
着ているものは王都でもしっかりとしたキレイな布地で、装飾もない質素な服だが外を歩けば偉い人だとひと目でわかるだろう。
職員が持ってきたアイテムを見て少し顔をしかめた。
それは、真っ黒な何か。
透明な瓶にいくつも詰められた黒い液体。
しっかりと木の栓がしてあり、漏れ出すことはなさそうだ。
鑑定士は一緒に付いてある紙を剥ぎ取り目を通した。
鑑定される不明なアイテムは全てに補助的な情報が記載された紙が付属している。
これは、地方の鑑定士による鑑定で詳細レベルは低いものの、どういったものであるかの参考になる。名前や毒の有無、詳しく書かれてはいないものの、その程度は書いてある。
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魔物の素材
新種
グレストル近郊の森
戦闘力はハンター2級複数レベルから1級レベルと推定
名前 ブラックキメラ
魔物の体液を瓶に詰めた物
鑑定結果 不明
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鑑定結果不明。鑑定士は最後の一文を見て頭を抱えた。
鑑定してわかった事はこの名前だけということだ。
「よほどレベルの低い鑑定士なのだろう。まあグレストルでは仕方ないか」
誰に言うだけでもなく、そうつぶやいた。
生きた魔物に鑑定をかける場合、自分のレベルが相手以上である必要がある。それは絶対のルールだ。特殊な装備を使って数値上レベルを上げる方法でしかこのルールは破れない。
だが、死んだ魔物の素材はいくら元のレベルが高かろうが、その素材のレア度による抵抗しか鑑定士は受けない。
鑑定士が手にしてみたところ、アイテムからは魔力も感じなかった。
基本的にはレア度の高いアイテムは魔力を帯びる。魔力による効果の上昇や付与があるからだ。
だが、この素材は魔力がない。
鑑定士は魔物自体が魔法を使うタイプではなかったと予想した。
魔法を使うタイプの魔物はその素材にも魔力が宿ることがほとんどだ。
「鑑定!」
興味が無くなったように補助的な情報が書かれた紙をくしゃくしゃにすると、素早く鑑定を唱えた。
筆を持った鑑定士の顔が突然曇る。
「バカな……見えない?」
その事実は素材に抵抗された事を意味していた。
彼の鑑定レベルは4。この国でもトップクラスの高いレベルだ。
レベルが高くなることによって消費するMP効率が良くなったり、より詳細に鑑定できたり、効果範囲が広がるメリットはあるが、アイテムの抵抗とは直接関係ない。
鑑定詠唱時の消費MPに起因したミスということになる。
「おい」
鑑定士が近くに控える職員に声を飛ばした。
声を聞いてすぐさま近寄ってくる。
「今日は急ぎの鑑定はあるか?」
「いえ、ございません」
「よし、なら今日は全て終わりだ」
「え? お帰りですか?」
「いや、コイツにMPを全て使わなくちゃならなくなった」
光を吸収しているかのように不気味な黒さをした液体を瓶ごと揺らして職員へ見せる。
その鑑定士の顔は不気味に微笑んでいた。
「どうやらこいつはレア度がかなり高い素材だ」
「わ、わかりました」
職員はその顔から逃げるように踵を返すと、次に用意していたアイテムを片付けるために部屋から足早に出ていった。
「さて、お前の全てを全力で見てやろう」
ニヤリとした笑いを顔に貼り付けて鑑定を唱えた。