奇襲
軍がしばらく進むと街が見えてきた。街イレイムだ。
街の塀は高く、攻略するには大きな魔法が必要になる。
大きな魔法には複数人の魔術師が必要になるが、強行軍で進めたためにかなりの疲労が見られた。
しかし、フレッチャにとって時間をかけて敵に気づかれ準備が整うのは悪手だった。とにかく急いで攻撃する必要がある。こちらが疲弊していないと思わせるためにも奇襲しかない。
「万が一にも失敗はできんぞ! やれるか!?」
「お任せください!」
フレッチャの声に疲れた顔色だがしっかりと答えた。声に疲れは感じない。
魔術師団が街を遠くに見つめながら魔法を唱える。国境の壁を一撃で破壊した強力な魔法だ。
補助である魔法陣を書き終えた魔術師たちは円陣を組むように並ぶ。
疲れを感じさせない魔力量で魔術師団全員から魔力が溢れ出した。
まともに腹も満たされない状態でもこれだけの力が発揮されるのだから、通常時はもっと強力な兵団なのは間違いない。
「「「強大な炎、灼熱――」」」
しっかりと詠唱する魔術師団の近くを空気の切り裂く音が小さく聞こえた。
「ご……ぽ……」
矢。
普通の木の矢より太く、鉄製の特殊な矢が魔法を詠唱する魔術師のノドを正確に撃ち抜いていた。
重量のある矢は魔術師のノドを突き抜けると地面に姿が見えなくなるほど沈み込む。凄まじい貫通性能だ。金属の鎧も紙同然だろう。
超長距離からの長弓兵による射撃。扱うには専門スキルが必要で普通の弓兵では扱えない長弓という特殊な武器を使う専門職だ。
その特殊性から職につく数は少なく、対戦争スキルと言っていい。
ハンターになっても、長弓にただの木の矢を使うわけにもいかず、特殊な鉄製の重量のある矢を使うが、一本でかなり値段がかかり、赤字になることは必至。
近距離に至っては別でスキルを用意しなくては攻撃手段は皆無。ハンターにも冒険者にもなれない。衛兵特化職だ。
フレッチャはすぐさま魔術師団を下がらせた。長弓兵が大量に居るわけがないから、連射してくることはない。矢もその特殊性から数はないはずで、無駄打ちはしてこないだろうと予想した。
街イレイムも当然攻撃が来ることは警戒している。
この被弾は明らかなフレッチャの命令ミスだ。
敵にバレていないと思ってしまった。空腹からくる思考能力の低下に他ならない。
休まず緊張の連続で頭が疲れているのだ。
フレッチャは迎撃準備の整った街イレイムを赤い瞳で強く睨んだ。
塀の周りに木の杭の先端が上向きにクロスして連なる簡易的な、拒馬と呼ばれる柵が組み上がっている。
それ単体は痛くも痒くもない。木なので燃やせばいいし、吹き飛ばせばいい。
ただ、処理するのに時間はかかってしまう。その間に塀の上から攻撃が飛んでくるだろう。格好の的となる絶好のポジションだ。
処理せずに物量で押すことも考える。先頭を走る兵は間違いなく杭が刺さって生きていられないだろう。その亡骸を越えていく兵は足がとられて進軍速度は間違いなく下がる。
フレッチャの近くで鉄製の矢が細い木を砕きへし折る音が聞こえてきた。威嚇射撃。場所はバレている。時間はない。
次のミスは軍の士気に関わるため許されない。
フレッチャはしばらく目を閉じて思考を巡らせ始めた。