九十七服目 白き終焉へ(5)
「…………霧、彦……?」
須藤が出入口を蹴り飛ばしたおかげで、メイサが使用していた不完全なる煙草の効果が薄れ、さらには、霧彦が発する清浄な氣を浴びたおかげで正気を取り戻した璃奈が、真後ろにいる幼馴染に声をかける。
彼の身に何かが起こった。
それはカノアとメイサの台詞と、周囲に発生した清浄な氣によって理解はできていたが、その詳細や様子については、縛られている上に、事が起こったのが自分の真後ろであるため分からない。
なのでとりあえず彼女は、困惑しつつも幼馴染を呼んでみたのだ。
すると、その声に応えてくれたのか。呼ばれた霧彦はゆっくりと、慌てた様子もなく璃奈の真正面へと移動した。
「…………霧彦、だよな……?」
「そんなに見た目変わったか?」
己の変貌に驚く幼馴染に、霧彦は笑みを見せながら言う。
だが未だに頭痛が辛いのだろう。彼は笑みを維持してはいるものの、その右手で頭を押さえて、さらには時折、眉間に皺を寄せていた。
「…………それより、璃奈……聞いてほしい事がある」
そして、笑顔を維持するのも限界が近いのか。
霧彦はすぐに真顔になると、話を切り替えた。
「な、なんだ……?」
「俺は今から、璃奈にとってはちょっと衝撃的な事をする」
なぜか重要な部分をボカした、意味深な話だった。
「でも、俺にとって……は………………だから。璃奈達を護るためにも。そして、メイサくんを救うためにも……俺は、俺のやるべき事をする」
「ッッッッ!?!? お、おまっ!! な、にを言って……!?!?」
果たして璃奈は、何を言われたのか。
言われた直後に、彼女は顏を赤くした。
だが霧彦は、そんな事などお構いなしだと言わんばかりに「それから」と、話を続けた。
「それから、璃奈。どんな事があっても……クロードくんを信じてくれ。きっと、いや絶対……お前の力になってくれるから」
「?? おい、それいったいどういう……」
「クロードくん!!」
璃奈の返事を待たず、霧彦は次に、己の背後で倒れているカノアへ声をかけた。
「君の師匠も言っていたかもしれないけど……これから先、どんな真実を前にしたとしても、絶対に諦めないでくれッ!!」
「ッ!? 風、紀……委員? な、ぜ……師の、事を……?」
その台詞を聞いたカノアは、驚愕した。
霧彦の言う通り、似たような台詞を師から……かつて見た昔の夢のままに、言われた覚えがあったからだ。
しかし彼は、返事をしなかった。
カノアに問いかけられたその時間さえも、もったいないと言わんばかりに、彼は歩き出す。己の存在感を前に脱力してしまっている、メイサのもとへと。
「こ、来ない……で……お願、い……」
一方でメイサは、先ほどまでとは違って涙目で霧彦に懇願していた。
現在、霧彦が発している存在感に対し、それほど恐怖を抱いているのか。
しかし霧彦は、気にしない。
いやそれどころか、自分が今からする事が、正しい事であると……心から信じているかのように――。
――メイサを、その場で優しく抱き締めた。
「あ、あがあああああぁああああああああああぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁ――――ッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
それはまるで、神話や伝承の一ページのような場面。
長い戦いの末に心身を摩耗させた英雄と、英雄に慈愛を与えんとする聖人の二人であるかのような光景。
そして、たったそれだけの事で。
今の今までこの場を支配し、動かしていたハズのメイサは苦しみ始めた。




