九十五服目 白き終焉へ(3)
物心が付いた頃から、霧彦は疑問に思っていた。
自分は何のために生まれ、そしてどう生きていくべきなのかと。
それは、同世代の子供からしたら異質な疑問だった。
だが霧彦のそんな考えを、親としてキチンと理解していたのだろう。
今は亡き彼の父親は、霧彦に思う存分、この世界についてを学ばせ、そして彼がどんな答えを出すのかをずっと楽しみにしていた。
小難しい事が苦手な霧彦の父の事だから、もしかすると、放任主義気味な教育をしていた可能性もあるが……どのような答えを出すのかを楽しみにしていたのは、事実だった。
しかし、その答えを出す前に。
その父親は、亡くなってしまった。
メイサの使った煙草の煙によって復活した記憶、そしてさらに、メイサ達の記憶によって補完された記憶によれば……煙術師であるカノアの祖父の、弟子であったという父親が。
父親を、武術家の一人としか認識していなかった霧彦にしてみれば、衝撃の事実だった。
だがすぐに、霧彦は思い出す。
父親の、私物の机の中から『自分が死んだら、線香代わりに使うように』と書かれた遺書と共に、大量の煙草が見つかった事を。
そして煙草を、一般人と同じく中毒性のある嗜好品と認識し、忌避しているが故に、遺言通り、線香の代わりに煙草を使っている父親の仏壇がある部屋に、今まで入る時、できる限り呼吸をしないようにしていたが……少しでも呼吸してしまった際に、高揚感のようなモノを感じた事を。
――もしや自分は、煙草中毒者の素質があるんじゃないのか。
当時、そう思った事が何度もあった。
そしてそう思う度に、自分と父親を軽蔑して……せめて普段は清く正しくあろうと、幼少時に持った目的のためにも、学校では風紀委員を務めた。
だがあの日。
転校生であるカノア・クロードが出した煙草の煙、そして幼馴染である上條璃奈が出した煙草の煙のニオイを嗅いで、そしてカノアの語った煙草の歴史を聞いて、煙草に対する、今までの自分の認識が変わり始めて――。
――…………こうなったら、一か八か!!
彼は、一発逆転のための賭けに出た。
※
不完全なる煙草の売人としての美彩と対決する際。
カノアは最初、残り全ての煙草の葉を使用し、己を強化した上で戦おうと思っていた。うまくいけば、相討ちに持ち込めると思っての事だ。
だがそうしてしまえば、その後が大変になる。
まだたくさん売人がいて危険だろうし、日本におけるカノアの仲間は優秀な人材ばかりだが、そもそも煙草関連の事件のケリは煙術師がつけるのが煙術師の掟だ。
それは過去の煙術師の過ち――海外からやってきた者に煙草の製法を教えた事への贖罪の意味を込めた掟。よほどの大事件――国家規模の事件が起こらない限り、決して破ってはいけない絶対の掟である。
とにかく敵がまだいるなどの理由から、保険として、彼女は前回、そして今回も煙草の力に頼らずにメイサと戦った。
たとえ不完全なる煙草の煙が充満している、メイサにとってはホームグラウンドに等しいこのアジトでの戦いだとしても。
にも拘わらず、カノアは……その選択は間違っていないと確信していた。
なぜかは分からなかった。
先祖の声云々の問題ではない。もしかすると、霊媒師としての彼女の第六感が、そう告げたのかもしれない。とにかく今のカノアに、煙草の力を借りなかった事への後悔はなかった。
たとえ……メイサによりさらにズタボロにされ、須藤の足元へと吹っ飛ばされたとしても。
「ッ!? 転校生!!」
思わず璃奈の鎖から手を離し、須藤はカノアに駆け寄ろうとする。
「させるワケ……ないでしょうが!!」
その須藤の顔面に、メイサの跳び蹴りが命中する。
まさかの、スカートを穿いたままされるとは思っていなかった意外な攻撃を前に須藤は倒れた。思った以上に威力が高めな蹴りにより脳が揺れ、平衡感覚を失い、体は動くものの、うまく立てない。
そしてメイサは、絶対に邪魔が入らないよう、最後の戦闘要員である須藤へと、さらなる攻撃を仕掛けようとして――。
――世界が、真っ白に染まったのを感じた。




