九十三服目 白き終焉へ(1)
美彩の記憶が。
日系の中南米人であったメイサの記憶が。
今や不完全なる煙草の売人へと堕ちてしまった一人の少女の悲しき記憶が。
彼女が吐き出す、不完全なる煙草の煙を媒介にして璃奈と霧彦の頭の中へと流れ込み、そしてそれぞれの失われた記憶が甦る。
それは、誰もが想像すらしていなかった事実。
高校生になってからずっと一緒にいて、何もかも解り合えていると思っていた、一人の親友の壮絶なる過去。
その事実を改めて思い知り、璃奈はその場で泣いた。
なぜすぐに美彩がメイサであると気付いてあげられなかったのか。なぜその心の内に秘める闇に、想いに気付いてあげられなかったのか。
そしてその闇が生まれた、そもそもの原因は……。
後悔だけが、胸の内を支配する。
一方メイサは、そんな璃奈の思いを理解しているのか「気にしないでいいよ♪」と、笑みを浮かべながら言った。
「私にとっては、二人にまた出会えただけでも充分幸せだもん♪」
「…………メイサ……」
その言葉は、気付いてあげられなかった後悔だけしかない璃奈の心に……福音のように心地良く響いた。
メイサではなく。
逆に自分が救われたかのような。
そんな錯覚を覚える言葉だった。
「そして二人が、私の……新しいお父さんとお母さんになってくれるから……もうこれ以上ないほど幸せだよ♪」
しかし、その言葉を聞いた瞬間。
璃奈の中で、再び混乱が起きた。
今、美彩……いやメイサは何と言ったのか理解できなかった。
彼女には、彼女の記憶によれば……養父母がいるハズだ。彼らが彼女の今の親のハズだ。にも拘わらず、先ほどの台詞は何だ。まるで彼らが眼中にはなく、璃奈達こそが自分の親であると言いたげな台詞は。
いや、それ以前の問題として。
そもそもメイサの養父母は、彼女の今を知っているのか。
「…………いや、まさか」
思わず、嫌な想像が頭を過る。
そして彼女が不完全なる煙草――悪霊や怨霊の類を顕現させて校内のモノに被害をもたらす、忌まわしきアイテムに関わっているという事実を前に……璃奈の中でメイサへの疑念が膨れ上がる。
だが、訊ねる事はできない。
訊いてしまえば……もう後戻りができないのではないか。そんな恐怖が彼女の中で湧き上がって……。
「ッ!? …………な、んだ……?」
…………そしてその意識は突然、どういうワケだか明滅を始めた。
「だいじょぉぶだよ、二人共♡」
すると、その意識の明滅について何かを知っているのか。
メイサはただただ、笑顔を璃奈と霧彦へと向けつつ告げた。
「今ね、二人を私のお父さんとお母さんにするための儀式の真っ最中なの。最初はちょっと変な感じかもしれないけど、すぐにラクになるからね♡」
「…………な、にを言っ……ッ!?」
ワケが分からないメイサの台詞を聞き、疑問符を浮かべる璃奈。
するとその直後、自分達がいる部屋の中の煙草の煙の濃度が……ほんのわずかにだが濃くなった事に気付き、璃奈は嫌な予感を覚えた。
このままでは、マズい。
取り返しがつかない事になる。
しかしそうは思っても、縛られていてはどうにもならなかった。
万事休す。
だが、その直後だった。
ドガン、という音と共に。
彼女達がいる部屋のドアが蹴り破られ、
「な、げろっ!! 番長殿!!」
一人の少女の、血と共に吐き出された悲痛なる指示がその場に響き渡った。




