五服目 学園の異変
霧彦の朝は早い。
まずは生徒の誰よりも早く起床し。生徒の誰よりも早く身支度などを済ませ……そして生徒の誰よりも早く登校する。
そして誰よりも早く教室にはい……ろうとした時だった。
「…………え、誰がこんな事を……?」
彼は隣のクラスの異変に気づいた。
まさかと思い、ドアについた透明なガラス窓から覗いてみる。目の錯覚かと思い試しに目をゴシゴシこすってみる。
しかし、目の前に広がる光景は。
隣のクラスの椅子と机の列が乱れている現状は変わらない。
なんらかのイベントのための準備でもしていたのか。それとも昨日の夜に誰かが忍び込んだりしたのか。霧彦の中で様々な憶測が飛び交うが……どれも憶測でありそれらの証拠は存在しない。
だがその代わり、誰にでも分かるたった一つの事実が存在している。
このままでは、この場にいる誰かが犯人にされる、という重大な事実だ。なので霧彦はすぐに、机椅子を元に戻すべく隣の教室へと足を踏み入れた。
今はまだ一学期。
少なくとも霧彦のクラスで、席替えなどはしていない。
なのでこの辺りの高校では珍しい、机についたネームプレートを頼りに霧彦は机椅子を元に戻して、
「あらあら。霧彦くんじゃない」
一人の少女が、霧彦が入ってきたドアから顔を出した。
途端に、霧彦は動揺した。
自分がやったと思われてしまったかもしれないからだ。
「せ、生徒会長」
声が震えそうになるのを必死に抑えながら、霧彦は顔を出した少女――清雲高校生徒会現会長である三年生の夏目玲に声をかけた。
「お、おはようございます」
「はい。おはようございます」
玲はニッコリ笑いながら挨拶を返した。
「それはそうと……昨晩はずいぶんお楽しみだったようね、霧彦くん?」
「はぁ!?」
しかしそのポーカーフェイスは、簡単に瓦解した。
「生徒会長、勘違いをしてもらっては困ります!! 俺はこんな事――」
「あらあら。慌てちゃって……かわいいわ☆」
思わずその慌てっぷりに笑ってしまう玲。
するとさすがの霧彦も、からかわれたのだと悟った。
「人が悪いですよ、生徒会長」
「ごめんなさい。だけど私、マジメな子ほどからかいたい性分なの☆」
「余計タチ悪いですよ」
さすがの霧彦も、ちょっと引いた。
「大丈夫よ。君はとっくに、こんな手の込んだイタズラを卒業しているって……私知ってるもの」
「いや生徒会長、なんでこんな手の込んだイタズラを俺がかつてやってた事が前提なんですか?」
「あらあら。冗談よ」
そう言いながら玲は、自分も教室の中に入ると、霧彦の手伝いを始めた。なんだかんだ言いながら、手伝う気だったのだろうか。
「それはそうと、いったい誰がこんな事をしたんでしょうね?」
机と椅子の位置を整えながら、霧彦はからかわれる空気にしないためにも話題を変えた。
「夜中に誰かがこうしたなら、用務員さんとかが見回りの時に気づくだろうし……俺よりも早く登校した人が犯人なんでしょうか?」
「あらあら。犯人、という大前提が間違っている可能性もあるわよ、霧彦くん」
「え、じゃあ……なんらかの偶然が積み重なってこうなったと? まさか」
まさか玲が、文武両道で清廉潔白でしかもモデルのスカウトまで来ていると噂のスーパー生徒会長があまりにバカらしい事を言うとは思わず……霧彦は苦笑した。
「あらあら。犬や猫の仕業って意味よ、霧彦くん」
だがよくよく考えれば、そういう解釈もできる意見だった事に、玲に言われようやく気づき……霧彦は赤面した。
「あらあら。やっぱりマジメくんが照れたりするのはかわいいわ☆」
おかげで生徒会長が不敵に笑う事になった。




