五十二服目 怪氣学園S(28)
「…………スマンのォ……番長、殿……」
まるで大海を進む船に乗っているかのような、激しい揺れを感じて……ついでに言えば、それにより吐き気を覚えて……しかし不完全なる煙草の影響で、腹の中の物は全部出してしまったために、胃液以外出す物がない千桜の意識は……その不快感のせいで覚醒する。
そして覚醒するや否や、彼女は、先ほどのカノアの台詞を聞いた。
「喋んな! 舌噛むぞ!」
するとすぐに、今度は番長……とカノアが呼んでいる少年こと、須藤政宗の声が聞こえてきた。
いったいどういう状況なのか。
千桜は、未だに朦朧としている意識の中で疑問に思い……まず今までの事を思い返す。
不完全なる煙草の煙を大量に嗅がされて。カノアに対し、殺意を覚えて。彼女を殺そうとして。そして……そんな自分を止めるために、腹に包丁を刺して。
あの後、いったい何があったのだろうか。
もしや、須藤が登場したという状況からして……彼はあの、謎の空間内へと侵入して、自分達を助けてくれたのか。
と、そこまで考えた時だった。
その身に受けた傷のせいだろうか。吐き気を超える眠気を覚え……そのまま千桜は、再び眠りについた。
※
約一時間前。
謎の男性の煙草の煙のおかげで復活した須藤政宗は、意識が覚醒する前に聞いた男性の言葉が気に掛かっていた。
いったい自分はどれだけ長く意識を手放していて、そして現在、カノア達は何に関わり、その身に何が起こっているのか。
分からない事だらけで、須藤は正直イライラした。
しかし同時に、待っていたところで答えは向こうからやってこないと解っていたために……強引に点滴を外し、すぐに病院の出入口へと駆け出した。
本当ならば退院の手続きなりなんなりしなければいけないだろうが、そんな彼の行動を咎める者は、不思議な事に一人もいなかった。
さすがに病院の廊下を走る事に対して、咎めようとした者はいたが、その言葉が届く前に、須藤は全速力で廊下を駆け……清雲高校へと向かった。
※
約三十分前。
警備員に『忘れ物だ』と言い訳し、休日の清雲高校に来た須藤は顔をしかめた。
着いた途端に、その鼻孔を不完全なる煙草が放つ独特の臭いが直撃したからだ。
しかも、どういうワケだが、その臭いは……須藤が嗅いだ覚えがある煙草の臭いとは比べ物にならないほど臭かった。まるでクサヤを始めとする激臭がする食べ物のように、多くの人が近付きたいとは思わないレヴェルの臭さだ。
しかし、自分が気に掛けていた少女がピンチであると思うと、彼は意を決した。
臭いがキツい北校舎へと……おそらく中塚達が、逃げ道の確保のために開けたのかもしれない、一階の中通路のドアを通り……土足で侵入する。
※
不完全なる煙草の激臭のせいで少々鬱気味になりながらも、須藤は廊下を進む。
おそらくは、不完全なる煙草の臭いが一番キツい場所に、カノア達がいると想定し……進む途中で、妙な事に気付いた。
――…………鏡の中から……血の臭い?
それは、北校舎の階段の踊り場の壁に取り付けられた鏡だった。しかし、その鉄臭いニオイに反して、鏡に血の跡は一切ない。
いったいどういう事なのか。
一瞬、須藤は混乱したが……その鏡の向こう側から、強烈な敵意を感じ取ったのを境に――。
――佐護と宇摩の時とは違って容赦なく、その鏡を蹴破った。
ガシャン、と鏡は盛大な音を立てて割れた。
同時に、その向こう側にいた売人は蹴り飛ばされた。
※
鏡の向こう側には、空間が広がっていた。
それも、廊下の材質と同じ材質の通路だ。
まさか売人は、この鏡を出入口とした隠し通路を利用して校内を移動し、今まで活動をしていたというのか。
売人云々の存在を知る前に意識不明になった須藤に、その事情は知る由もない。
だが血の臭いがする以上、尋常ではない事態が校内で起こっている事実だけは理解できたので、彼は試しにその通路を通り……途中で何人か売人が現れたが、容赦なく撃破し、その果てに――。
――通りかかった部屋に、血まみれのカノアと千桜が倒れていたのを発見した。




