四十六服目 怪氣学園S(22)
千桜の口から。
カノアの協力者達の例に漏れず、カノアの敵による被害に遭ってしまった彼女の口から出た言葉は。
敵が使う、不完全なる煙草の影響があるとはいえ、それでも確実に、カノアの中にある罪悪感と後悔の念を刺激した。
「…………チハル……わ、ワシは……ッ」
それでも、カノアは伝えたかった。
協力者の事は、心から大切に思っていたと。本当は、巻き込みたくなかったと。しかし言ったところでどうなるというのだろう。協力者だって、本当は普通の生活をし続けたかったハズだ。そしてそれを、必要だからという理由で壊してしまったのはカノアだ。謝罪や、協力者への思いを口にしたところで何も変わらない。いやそれどころか、ならなんで巻き込んだのだと、さらに罵倒されるだろう。
そう思うと……カノアは何も言い返す事ができなかった。
「…………カノア、ちゃんが……こ、ない……から……わ、たし…………こんなんなっちゃったよッッッッ!!!!」
すると無情にも、さらに千桜の言葉が。
カノアの心を切り裂かんばかりに鋭利な断罪の言葉が続く。
血走った目が。凶刃が。被害に遭ってしまった彼女のそれらがカノアへと迫る。
カノアはハッとし、正面から見て右へと躱す。
反応が一瞬遅れた。その肩にうっすらと裂傷が走る。
致命傷というワケではない。だが、それでも……親友に殺されかけるというその状況は、確実に、カノアの心に裂傷以上に大きい傷を負わせていた。
「や、やめてくれ……」
するとカノアは、悲しみのあまり。
その両目に涙を滲ませながら……千桜に懇願の言葉を発した。
「やめてくれ!! チハル!!」
心の傷が、体の傷以上に彼女を苦しめ。
そしてなにより、自分を傷付けようとする……今にも倒れそうな顔色をした親友を見ていられなくて。
だけど、千桜は止まらない。
己を巻き込んだ事に対する、その歪められた“思い”を力に変えて……その原因となったカノアに、その罪の清算をさせんと凶刃を、何度も振るう。
その度に、カノアは……なんとか、避けた。
だが心に負った傷が、徐々に脚を重くしていき……少しずつ、少しずつ……傷を増やしていく。このままでは、千桜よりも先にカノアが、出血多量で倒れかねないほど多く……。
だが二人の、攻撃と回避の応酬は……長くは続かなかった。
ガチンッ、という激突音が室内に響く。
勢い余って、カノアの後方にあった壁へ……千桜がまた包丁を突き立てたのだ。
壁は包丁程度では刺さらないほど硬いらしい。おかげで衝撃が、またモロに千桜の手に伝わり、震えていた手から、包丁が落ちた。包丁は彼女の足の手前の、ギリギリの所に落ちた。おかげで千桜がケガをする事はなかったが、手へ伝わった衝撃のあまり、千桜は両手を組んだまま床へと頽れた。
「ッ!! チハル!!」
親友の手から凶器が落ちた。
今こそ好機。包丁を没収して無力化し、残り少ない煙草の煙を千桜に浴びせる事ができれば、千桜は、少しは正気を取り戻すかもしれない。
しかし、残念ながらその思考に……カノアは至らなかった。
千桜の言葉により冷静な思考を失い。
自分を殺そうとしている千桜の身を……彼女は案じ。
さらには心の奥底で……カノアは今までずっと……大切に思っていた協力者を、時に力及ばず、犠牲にしてしまった……その罪を清算したいと思っていたから。
だからこそ、カノアは動けなかった。
その後悔が。罪悪感が。贖罪を求める彼女の無意識が。
彼女自身の思考を、そして千桜へ近付かんとする体の動きまでをも阻害する。
そして、それは……カノア自身の大きな隙へと繋がった。
カノアが動けない内に、千桜は動く。
ようやく回復したその両手で、床に落ちた包丁を取りカノアへ迫る。
またしても、カノアは遅れてその事に気付いた。
しかし気付いたところで、今度は足が動かない。贖罪を求める彼女の無意識が、彼女自身をその場に留まらせようとする。
しかし、直後に彼女は動いた。
いや、違う。
正確には動かされた。
千桜が、カノアの胸ぐらを掴み上げ……壁へと叩き付けたのだ。
確実に動きを封じた上で、殺す気だ。
壁に叩き付けられ、その痛みで顔をしかめる中でカノアはそう思った。
だが同時に、なぜひと思いに殺さないのか。
そんな疑問が、カノアの中に湧き上がった。
だが、その疑問の答えを探す暇は既になく。
直後に千桜が包丁を振り上げ……鮮血がその場に飛び散った。




