三十四服目 怪氣学園S(10)
千桜の捜索が、再び始まった。
カノア達は彼女の安否を心配するも、それでも慎重に、一つ一つ部屋の中を確認していく。もちろん、その前に、パイプ煙草の煙を吹き付けるのを忘れない。そのおかげで室内に漂っていた幽霊は、カノアが言う通りバックアップを受けたのか、浄化するのに時間が掛かったものの、最終的には消えて逝った。
『…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
そしてまたしても、清雲高校を彷徨う幽霊が一体、カノア達と相対した。
遭遇場所は三階の、一年生の教室の前。対するはスーツ姿の幽霊だ。もしかすると過去に存在した教師の幽霊か。
『わ゛だじば、わ゛だじばま゛ぢがっでい゛な゛い゛ィィィィ――――!!!!』
もはや人語を人語として話せないほどの想念……いや、怨念の込められた怒号を聞いた須藤の取り巻き達は「ヒィッ」と、悲鳴を上げた。陽ですら顔が青ざめた。
「オイオイ……センコーで、間違ってない? なんだ? クレームでも付けられたのか?」
幽霊の圧力をピリピリと感じるが、あらかじめ吸い、さらには浴びた、カノアのパイプ煙草の煙の恩恵のおかげで余裕がある璃奈は、軽口を叩いた。
「クレームか……あながち間違っていないかもしれないな」
璃奈の疑問に、霧彦は幽霊から目を逸らさずに答えた。
「どういう事だ、霧彦?」
「いや璃奈、お前これまで遭遇した幽霊から気付かな――」
「二人共、来るのじゃ!!」
璃奈からの質問に、霧彦は答えようとした。
だがそのための時間を……相対する幽霊はくれなかった。
カノアの声と同時に、幽霊が璃奈達の方へと突進してくる。
幽霊故に、物理的なダメージはないかもしれないが、それでも肉体を素通りした瞬間に、かつてカノアが突き飛ばされた事件のように何かが起こる可能性を考え、体当たりされそうになった璃奈と霧彦は慌てて避けた。
幽霊は璃奈達のいた場所を通り過ぎる。
だがすぐにUターンして、今度は陽と美彩へと突進する。
「ッ!? ちょ!」
「こ、来ないでよ!!」
二人は慌てて避け……幽霊は次に、二人の後方に運悪くいた須藤の取り巻き達へ突進する。
「ッ! う、うわぁ!?」
「た、たたた助けて!!」
二人も慌てて避ける。
しかし間に合わない。
陽と美彩の後方にいたために、幽霊の位置と移動速度を正確に把握できなかった二人は、逃げるタイミングを計れず、そのまま幽霊の突進を受ける――その直前。
取り巻きの二人と幽霊の間に、カノアが滑り込み……浄化の紫煙を吐き出した。
煙を浴びせられた幽霊は、最初はもがき苦しんだが……最終的には安らかな顔となり、そのまま消えて逝った。
※
「おい、あの教師の幽霊も消されたぞ!?」
「ちょっと待て。これでいったい何体消えた!?」
「これ以上幽霊を消されたら……俺達の〝計画〟はどうなる!?」
「これはいよいよヤバいかもな」
「マスターに粛清されるぞ!?」
朦朧とする意識の中で、千桜はそんな台詞を聞いた。
しかしいったい何の事なのか、もはや彼女には理解できなかった。
なぜなら千桜はもう、カノアの敵に浴びせられた不完全なる煙草の煙によって。
彼女の中の夢と現の境界線がファジーに……いや、もはや曖昧どころではない。
一度精神が解体されてドロドロに溶けたかのような、一般的に言えば、まるで薬漬けにされたかのような感覚だ。
そのせいで精神の苦しみこそ、彼女にはもうない。だが肉体の苦しみはそのまま彼女の中に残っていた。
頭が痛い。
吐き気がする。
視界が明滅する。
しかし彼女は、それでも苦しみに喘ぐ事はできない。
精神が解体された影響で、その苦しみをそのまま受け入れ、嘔吐しそうになったらそのまま吐くという……もはや人間として、彼女は壊れかけた状態だからだ。




