三十服目 怪氣学園S(6)
霧彦と陽、そして美彩は、体育館倉庫の幽霊により精神を侵蝕され、苦痛の表情を浮かべるカノアと璃奈を見た。
しかし三人には、それ以上何もできなかった。
美彩は動かず、霧彦は動けるものの、立てないほどのダメージを負っている。陽は体育館倉庫内にあるボールなどを幽霊に投げ付けたりしたが、幽霊の攻撃は通るのにこちらの攻撃は通らないという理不尽な現象が起きるせいで無駄に終わった。
――このまま、同級生が苦しむ姿を見ているしかないのか。
霧彦達は、悔しさと共にそう思った……その瞬間だった。
『ッッッッ!?!? ■■■■■■――――――――ッッッッ!!!!』
体育館倉庫の幽霊が、突然頭を抱えて苦しみ出した。
おかげでカノアと璃奈は磔の状態から解放され、同時に床へと頽れる。
さらにはそのショックが気付けになったのか、カノアはすぐに正気に戻り、懐に入れていたパイプ煙草を口に咥えた。
「…………幽霊には、悪い事をしたのじゃ」
幽霊が苦しむ姿を見届けつつ、パイプ煙草に新たに煙草の葉と火を入れカノアは告げる。
「確かに貴様の過去も、なかなか凄惨なモノではあったが……ワシもワシで、キ○ガイな修行時代を過ごしたのじゃよ」
言い終えるなりカノアは、浄化の紫煙を幽霊へ吹き付けた。
幽霊はさらに苦しんだが、次第に落ち着き始め……最終的には穏やかな顔のまま消滅した。
――成仏した。
誰もがそう感じた。
と同時に、周囲の氣の質が変わり始める。
幽霊が発していた、憎悪に満ちた氣から。
まるで大自然の中の如き、清々しい氣へと。
だが周囲の氣が変わろうとも。
霧彦達には、カノア達にいったい、何が起こったのか理解できず……険しい顔をした。
※
一方、璃奈は別の意味で困惑していた。
――…………い、いったい……今の映像は何だったんだ?
なんとか体に力を入れ、上半身を起こしながら思う。
最初の映像の内容は、さすがに分かった。あれは体育館倉庫の幽霊の記憶の映像だろう。それも、彼女にとってはとても忌まわしい記憶。幽霊となってしまった原因であろう記憶。
――強姦。
加害者は過去の、この高校の不良生徒か。
同じ女として、見ているだけでとても不快になる記憶だった。
だが相手が、彼女の服を乱暴に脱がし、そして行為に及ぼうとした、まさにその瞬間……別の映像に切り替わった。
――わずかながら月明かりが差し込む、暗い空間の中。
そこには一人の成人男性と、一人の少年がいた。
二人は地面に転がっていた岩を椅子代わりにして座っていた。
そんな中で成人男性は、何かを呟いてからパイプ煙草を吹かして……そこで璃奈は吐き気を覚えた。
強姦されかける映像も、確かに吐き気を催すほど不快であったが、それとはまた違うベクトルの吐き気だ。
だがその映像は、同じ映像を見て苦しみ出した幽霊が拘束を解いたのと同時に、唐突に終わった。何が起こったのか一瞬理解できず、璃奈は呆気に取られた。だがその直後。もしも、あのまま映像を見続けていたら……みんながいる前であるにも拘わらず吐いていたかもしれない嫌な予感が、なぜか頭を過った。
それだけ映像は、詳細こそ理解できなかったが……いや寧ろ、理解したらそこで終わりであるような嫌な予感がする〝記憶〟だった。
――…………まさか、転校生の……?
床に頽れつつ、カノアが幽霊を浄化する様子を眺めながら璃奈は思う。
幽霊の記憶の映像でも、己の記憶でもない。さらにはカノアが口にした言葉からして、そうとしか考えられない。
――…………いったいこいつ、過去に何が……?
そして改めて璃奈は、疑問に思う。
己のクラスメイトにして、煙術師としては師と言うべきカノア・クロードは……果たしてどんな道を歩んできたのかを。




