二百八十六服目 上條家の謎
「木下様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
実の父親に本気で殴られて、最初に連れてこられた部屋のベッドの上で気絶している璃奈に付き添っていた千桜に、部屋の外から声がかけられた。
璃奈の家の執事と思われる、倉科の声だ。
声をかけられた直後、千桜は体を硬直させた。
璃奈の心を読んで、彼女の家庭事情をある程度は知り。
さらには直に目撃し、理解したのもあり……そんな暴力的な家庭の執事が、今度は自分に何の用だと、精神感応能力が相手に通用しないのもあり、どうしても不安になったのだ。
「せめてあなたにだけは……お話ししておかなければいけない事がございます」
「…………どうぞ」
だけど、千桜は。
そんな倉科の質問に対し、上條家の暴力的側面に対する恐怖のあまり、血の気が引いてしまいながらも……なんとかそう答えた。
断ったら、何をされるのか分からない……そんな当たり前の恐怖があるから。
確かにそれもあるが、それだけではない。
陽達が自分達の居場所を突き止め、駆け付けるまでの時間を……こうして倉科と話をする事で、少しでも稼がなければ、と思ったからだ。
「ありがとうございます」
倉科はドア越しに礼を言うと、改めて千桜に話し始めた。
「お時間がありませんので手短に。旦那様は何も璃奈お嬢様が憎くて先ほどのような仕打ちをなさったワケではありません。璃奈お嬢様……いえ、それどころか璃奈お嬢様のおじい様……先代の社長の代から……この上條家の当主の体質は普通ではなかったからです」
「…………ぇ……?」
一瞬、倉科が何を言ったのか千桜には理解できなかった。
上條家の裏事情を話している事は、さすがに分かる。
だがそれはそれとして、上條家の暴力的側面と特異体質とやらが、どう結び付くのか……千桜にはまったく想像できなかった。
「旦那様は、先代社長の死後、その事を私共と調査し……そしてその体質の起源である組織と……呪具、さらには解呪のための術を突き止める事に成功したのです」
「…………何を、言ってるんですか?」
「旦那様はただ、璃奈お嬢様に自分が受け継いだ全てを……そして未来を、健全な状態で託したかっただけなのです」
千桜の質問に、倉科は答えない。
彼女の声が聞こえないのか、答える必要がないと考えたのか、それとも……本当に時間が押しているのか。
とにかく倉科は話を進めた。
「そしてそのためには、璃奈お嬢様に受け継がれてしまった、上條家の体質を健全な状態にする必要があるのですが……その解呪のための儀式に璃奈お嬢様とご一緒に参加しませんか?」
「…………ワケが、分かりません」
その話は、了承するしない以前の問題だった。
そしてそれ故に、千桜は正直に質問を投げかける。
「上條家もオカルトな煙草に関わっているんですよね? 呪具や組織という言葉が出てくるところからして」
――下手に答えれば、殺される可能性もある。
その事が脳裏を過るが、しかし彼女は止まらない。
彼女はオカルトな煙草――不完全なる煙草の被害に遭い、聖なる煙草に救われたのだから。
そんな彼女からすれば、聞き捨てならなかったのだから。
「おっしゃる通りです」
倉科は、すぐに肯定した。
「あなた方は……そもそもオカルトな煙草と関わっている状態が不健全だと言うんですか?」
千桜は話を続けた。
「確かに……煙草というのは不健全なイメージを持つ物だと私も思います。だけどそれは煙草の一つの側面であって、歴史などを含めて全体的に見たら――」
「そういうお話ではございません」
だが、さらに続けられた千桜の意見は。
なぜか途中で倉科に否定され、遮られた。
「煙草は、ただの媒体でしかありません。事の本質は、また別のところに――」
しかし、倉科の意見も最後まで紡がれない。
――倉科。どうやら招かれざる客が来たようだ。あとは結城凜にでも任せてお前はヤツらをもてなしてさしあげろ。
主たる上條勝也から。
迎撃の指示が出たからだ。
カノア「ワシらの戦いの続きは、来年からじゃァァ!!」
陽「やっぱり終わらなかったァァァ!!?」
※来年一月八日から連載再開しようかと思います。
※イラストやら書き溜めやらひと休みやらせんといかんと思うので(;'∀')




