二百二十八服目 追われる者達(7)
「ッ!?」
怪異省公安部の捜査官達が虫の知らせを受けたのとほぼ同時。
ビリーは突如、強烈な眠気に襲われた。物理的にも霊的にも疲労を覚えたための眠気か、とビリーはふと思う。
だが、次の瞬間。
夢と現の狭間で垣間見たモノの正体に気付いたその時……ビリーは、これがただの眠気ではない事を察し、すぐに素直に、深い眠りの中に落ちていった。
※
同時刻。
先ほど霧彦が、再び、自分達があげた聖なる煙草を吸い、精神集中を始めたのをバックミラーで確認したリキは、霧彦が喫煙する前に告げた指示――可能な限り、長い時間逃げ続け、最終的には先ほどの追突事故の現場に戻ってほしいという指示に従い、走行を続けていた。
いったいなぜ、そんな指示を出したのか疑問を覚えたが。
霧彦が、今回の事件に必要不可欠な存在であると同時に、この世界の命運を左右する存在でもある事をビリーから知らされているため、そんな霧彦の指示を、まずは信じる事にした。
「まさか……その追突して動かなくなった自動車を利用して、また追突事故を起こそうとか考えてんのか?」
「その可能性もあるな」
助手席に座る兄弟分であるシュウの意見に、リキは同意した。
「だけど、相手がそう簡単に脱落してくれるかねぇ。事故現場に近付けばある程度は警戒するだろうし」
「心配しないでください」
いつの間に現実世界に戻ってきたのか。
元の目の色に戻った霧彦が、シュウ達に言う。
「少なくとも、クロードくんは逃がせます」
※
「…………あの馬鹿野郎」
現実世界に戻ってきたビリーは、まずそう言った。
とても低く、ドスの利いた声だ。するとそれを聞いた運転席のシゲは、思わず、運転中だというのにバックミラーだけに集中してしまう。
それだけ先ほどの、後部座席から聞こえたビリーの声は、普段のビリーがあまり出さない……如何にも、極道らしい声だった。
「な、何があったべやビリー?」
しかしそれはそれとして……なぜにビリーがそんな声を出したのか疑問に思ったので、シゲはおそるおそる、弟分に訊ねた。
「今の泥沼な状況を考えれば、確かに有効な手段かもしれないけど……だけど自分の安全をまったく考えていない、フザけた作戦を提案されました」
両手を強く握り締め、鋭い眼光を正面に向けながら……ビリーは言う。
「シゲ兄貴。先ほど中毒者達が事故を起こした場所に行ってください」
自分達の現在の戦力を考えれば。
確かに状況打破の一手になりうるが。
同時に、認めたくはない作戦であるがために。
そしてそうは思うものの、自分達がどれだけ力不足なのかを自覚しているが故に……悔しい気持ちを、改めて抱きながら。




