二十服目 期待してるのじゃ!!
「た、ただいま……」
「お帰りなさいませおじょ……ッ!? お嬢様!? どうなされたのですか!? お顔が真っ青ですよ!?」
「あー、いや……なんでもない。疲れただけだから……ご飯とかは勝手にアタシの部屋に運んどいて」
玄関で自分の帰りを待っていた家政婦へ、視線も合わせずに挨拶をすると、璃奈はすぐに自室がある二階へ、よろよろとふらつきながらも歩いて向かった。
璃奈の家は、いわゆる豪邸だった。
父親が東京の都市部にある会社の社長であり、彼女はその令嬢だった。
普通に考えれば、璃奈には明るい未来が約束されていたかもしれない。
しかし彼女の母親が、璃奈がまだ小さかった頃に亡くなったのを機に……運命は変わってしまった。
父親は璃奈に厳しく接するようになった。
次期社長としての力を身に付けさせるためだけに。
璃奈が後になって知った情報によると、どうも父親は当初、男の子が欲しかったようである。しかし産まれたのは璃奈。だが、基本的に男社会である自分の会社の後継者を女性にするワケにはいかないと、彼は次に……璃奈の弟が産まれる事を期待した。しかしその前に、妻を喪った。再婚も考えたが、そもそも妻とはお見合い結婚。すぐに再婚したのでは妻の両親に何を言われるか分からない、という事で、彼は璃奈を男社会に負けない存在にすべく……彼女に厳しい教育を課した。彼女の連れてくる男に期待する、という選択肢が頭から抜けるほどまで狂気的に。
だが当の璃奈は、これに猛反発。
ついにはグレて不良の道に走った。
そしてそれ以来、父親は璃奈に見向きもしなくなった……。
「…………期待してる、か」
だからこそ璃奈は、ベッドに制服のままダイブするなり……病院にてカノアが、自分に言ってくれた言葉を思い返してしまう。
――長い間、聞いてこなかったその言葉を。
――本当は父親から言われたかった……その言葉を。
そしてついでとばかりに、カノアがそのまま退院してその勢いで始めた……煙術なる浄霊術の、スパルタと言ってもいい特訓の事も思い返す。
いやさすがに父親の課した教育ほど難しくはなかったが、思ったよりも肺の筋肉や、霊力と呼ばれるモノを使い、消耗した。明日起きれるのか心配なほどである。
――でも、やりがいは……あったかな。
疲労や霊力不足のあまり意識が朦朧とする中、璃奈は思う。
父親に反抗してからは勉学などに真面目に取り組んでこなかったが、そんな自分にまだ、隠された才能があった事が……まさか、海の向こう側から来た霊能力者のおかげで判明するとは思わず、驚きながら。
「…………勉強も、頑張って……みようか、な……」
そしてそれは、璃奈の自信に繋がり。
そのおかげで完全に緊張が緩和された彼女は……意識を手放した。
※
「よかったですね、カノアちゃん」
カレーにスプーンを刺しながら、一美は言った。
「とりあえずは、仲間が出来たんですね」
彼女が作った、鶏肉のカレーである。
ちなみに今まで食べていたA5ランクの松阪牛は、来客達のおかげで、なんとか食べ切れていた。
「うむ!!」
勢いよくカレーをかっ込みながら、カノアは言う。
「しかもなかなか筋が良い者も一人おったのじゃ!! これなら同時多発的に事件が起きようとも大丈夫なのじゃ!!」
どうやら璃奈には思った以上に素質があるらしい。
そのおかげで、カノアはまるで太陽のような笑顔だ。
「という事は、その筋が良い子はカノアちゃんの弟子……になるのです?」
一方で、夕月は難色を示していた。
「大丈夫なのです? 一美お姉ちゃんはほとんど独学ですから、ピンと来ないかもしれないですが……師弟関係というのは、相互の気遣いなどがあって初めて――」
「心配は無用なのじゃ!!」
夕月の助言を、カノアは満面の笑みで遮った。
「師弟と言っても、そこまで堅っ苦しい関係ではないのじゃ!! だからあの子は……きっと伸びる!! 決められた型に囚われたりせずに、伸び伸びとのォ!!」




