百七十四服目 The Start 師匠編(25)
小さい頃、忍は周囲から敬遠されていた。
お金持ちのお嬢様であるが故に、彼女と関わり、万が一の事態になってしまった場合の責任を恐れたのである。
なので友人のような存在は、一人もいない。
話し合える人物はいるにはいるが、誰もが浅い関係になった。
だが小夜の……今は亡き母親と出会ってから孤独ではなくなった。
彼女は小夜とは違い、本当に母娘なのかどうか疑問に思うほど……今にして思えば、夫の暴力を受けて鬱病となり、怖いもの知らず……というよりは、投げやりな性格となっていただけかもしれないが、とにかく娘の小夜とは違い積極的で。
そしてその縁で、娘の小夜とは無二の親友になる事ができて……。
だからこそ忍は、幼い頃、孤独を癒やしてくれた親友の幸せを願っていた。
そしてその想いは、小夜が家庭内暴力を受けている事実を知ってから一層高まり……だからこそ、彼女が興味を抱いたシドに全てを話して――。
※
「忍センパイ」
そして今、そのシドにより起こされた。
それも、なんだかエコーがかかった声で。
いったいどういう事なのか。
いやそれ以前に、自分は今まで何をしていたのかを、寝起きであるが故に、一瞬忍は思い出せず、混乱した。
だが少しずつ、記憶が鮮明になり……灰色の煙に巻かれていた小夜を起こそうとした瞬間に、そのまま意識を失った事を思い出した。
「…………あれ? いったい、何が……あの時起こっ……た、の?」
そして思わず疑問を口にしたのだが、どういうワケだかその忍の声にも、なぜかエコーがかかった。
その事を……まだ混乱しているのか、彼女はやや遅れて自覚した。
と同時に、彼女の視界は完全にクリアになり……自分とシドの二人だけでなく、気絶状態の小夜と使用人全員もなぜか、長月邸の広い風呂場に寝かされている事に気付いた。
「…………………………ぇ、なんで風呂場?」
「詳しい事は、儀式中に伝えたいと思うんですが」
シドは長月邸の風呂場に『タバコ・タイ』を、長月邸にあったセロハンテープを使ってうまく吊るしつつ答えた。
「簡単に言えば、センパイの家には現在、毒ガスが充満していて。それでこの浴室だけなんとか毒ガスを祓えたので、ついでに浴室内で……俺の部族に伝わる毒抜きのための儀式を執り行おうと思って、みんなを連れてきました」
「…………え、毒ガス!? ま、まさか……私が、気絶してたのも……?」
「そんな感じです」
大体当たっているため、シドは敢えて訂正しなかった。
「と言ってもセンパイは気にしないでください。儀式中に伝えたいと思いますが、今回起こった事は……俺の同族の犯した罪がキッカケで起こった事なので」
「……え、いったい、何を言って……?」
「とにかく」
未だに混乱する忍にシドは近付き、悲しげな目を向けながら告げた。
「救急車じゃ間に合いませんので、ここで治療をしてしまいます。忍センパイには俺の助手をしていただきたいと思うんですが、いいですね?」
悲しげな目ながらも、どことなく圧のある声だった。
すると忍は、未だに何が何だかワケが分からず、混乱をしていたものの、シドの放つその声色と指示だけで、非常事態である事だけはなんとか理解した。
「…………分かった。それで、私は何をすればいいの?」
「今すぐ全裸になってください」
次の瞬間。
忍の平手が飛んだ。
※
「おや、彼女の能力が安定するまで本屋で時間を潰してましたけど……その間に、この国の対怪異機関にバレましたか。失敗失敗♡」
それは、シドと忍の回想では語られない出来事。
小夜の特殊能力を、瑞穂が生み出した不完全なる煙草の御香によって引き出した謎の生徒が紡ぐ幕間の物語。
本屋で買った商品を片手で持ち、彼は遠くから長月邸を眺めていた。
長月邸の周囲には、数台のパトカーが停車していた。長月邸にいる何者かを包囲している、というよりは、長月家にちょっかいを出そうとしている者――謎の生徒から、守らんがための配置だ。
「まぁいいです。今回の清雲高校での実験で、統計データは充分取れました。
正直に言えば、まだまだ実験したかったのですが……時間があまりないそうですし、早く我が『教団』のマスター達のために、今回の実験を教訓に、より特殊能力者や犯罪者を生み出す煙草を作るとしましょう♡」
警備の厳重さを前に、彼は深入りを早々に諦める。
そして、名残惜しそうにそう呟くなり……元凶の一人たる彼は、警察が出動するほどの騒動に惹かれた野次馬に紛れ、終始笑顔のまま姿を消した。
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
シド「いや、着衣のままで儀式に参加すると……熱中症で命の危機ですよ? 実際にアメリカ大陸でそういう事故が起きてるし」(ガチ
忍「それでも言い方ってモンがあるでしょうがッ!!////////////」




