百七十一服目 The Start 師匠編(22)
この世全ての存在は例外なく、霊力と呼ばれるエネルギーを持っている。
しかしほとんどの存在は、生きるための必要最低限の霊力しか持つ事はなく。
そして一部の限られた者のみ、霊的存在を視認したりなどの特殊能力を発現するほどの、多量の霊力を保有している。
そしてその多量の霊力保有者こそが、世間で今まで、霊媒師や魔術師、超能力者などという名称で呼ばれてきた存在なのである。
しかし、シドの目の前で倒れている使用人達は、ほとんどの人間が保有する必要最低限の霊力をも下回る量の霊力しか備えていなかった。
今のように虚脱状態に陥ってしまう量だ。
だが前回長月邸にお邪魔した時、彼らは普通に生活をしていたハズ。ならば今のこの状態は、明らかに異常事態。外的要因――不完全なる煙草の煙の影響だとしか思えない。
「不完全なる煙草の煙のせいか? だとしたら、センパイ達がヤバいッ」
本来であれば使用人達の救助が先かもしれないが、瑞穂が言うには、彼女の仲間は小夜を狙っている。
ならば彼女の部屋が、邸宅中に漂う不完全なる煙草の煙の中心である事は明らかであり、そしておそらく忍はそこに向かった。
そして、その中心地の不完全なる煙草の煙の濃度は……霊力不足の者がいる事実からして、生命の危機を迎えるほど凶悪なレヴェルになっているかもしれない。
シドはすぐに、小夜の部屋を見つけるべく走り出す。
先ほどまでとは違い、なりふり構わずドアを乱暴に開けていく。敵が潜んでいるのなら返り討ちにするまでだという勢いで、次々に。
しかし、その努力は無駄に終わった。
一階のドアを全て開け放ち、そして二階に上がった直後……その二階の廊下の、奥から二番目のドアが開け放たれているのを見たからだ。
――くそっ! 忍センパイが先行しているのなら、小夜センパイを心配してドアを開けっ放しにする可能性もあったじゃないか!
心の中で、思わず毒づく。
と同時にシドは、小夜の部屋と思われる部屋へとすぐに向かい……そして、その室内を見て目を丸くした。
室内には一人の人間がいた。
しかしそれは、小夜ではない。
おそらく小夜が使っていると思われるベッドに、上半身を預けるようにしてうつ伏せで倒れ気絶している忍だった。
「ッ!? 忍センパイ!!」
すぐにシドは彼女に駆け寄った。
彼女の傍らに膝を突き、その首筋に手を当てる。
使用人達にもした触診――触れた箇所から対象の体内の霊力の状態を感じ取る事ができる、霊媒師固有の能力の使用のために。
そして結果は……シドの想像通りだった。
「忍センパイの霊力も、減少している? いったい、邸宅内で何が――」
だが、いったい何が起こったのかまではまるで分からない。
不完全なる煙草の影響であるとは予想もつくが、彼が今まで関わってきた不完全なる煙草に、霊力減少を促すタイプは存在しなかった。
「まさか……他者の霊力を誰かに無理やり譲渡するような、危険な効果を秘めた、新型の不完全なる煙草が生まれた? いや、もしくは――」
「シド、くん……?」
そして、シドが状況の分析を始めた……その時だった。
聞き覚えのある声が背後から聞こえ、シドはその身を硬直させた。
「フフ、フ……シノちゃんが……シドくんが来る……みたいな事を、さっき言っていたから……待ってて、よかった……」
しかし、聞き覚えこそあるものの。
その声には、どこか艶っぽさが感じられ。
そしてどこか……悲しみや空虚感さえも感じられて。
シドはそこに異常を感じ、すぐに振り返った。
するとその直後、彼は予想外に強力な握力で肩を掴まれ、バランスを崩し、そのままベッドの上に上半身を押し付けられて……相手に組み敷かれる格好になった。
顔を上気させ、焦点の合っていない目でシドを見つめる……佐上小夜に。
R‐18にはしませんよ( ー`дー´)キリッ




