十五服目 中南米から来たアイツ(前)
放課後。霧彦は市民病院へと駆け付けた。
その日の昼頃、カノアと須藤が階段から転落し、須藤の取り巻き達、璃奈と陽、そして後から駆け付けた美彩が関係者として病院に向かったと、國士によって知らされたからである。本当はその時点で彼は病院に行きたかったが、まだ今日の授業が終わっていない事に加え、そもそもの転落の原因が一切不明であるという結論を教職員が下したため、また同じ事故が起きてしまわないよう、風紀委員として生徒を取り締まらなければいけなかったからだ。
だがようやく放課後である。
彼はまたしても競歩の早歩きで、急いで校門まで歩き抜けると、職員室前の公衆電話で呼び、待たせておいたタクシーにすぐさま乗り込み病院へと向かった。
到着するなり、彼はすぐに受付でカノア達の病室などの情報を聞き出す。
受付の職員によると、どうやら須藤は今までの喧嘩によって、体が頑丈になっていたおかげか、外傷は掠り傷程度。頭を踊り場の床に強打したせいで、意識不明ではあるが、脳に異常はないため数日すれば目を覚ます可能性があるそうだ。
一方でカノアは、須藤の体がクッションになったおかげで、外傷はないらしいのだが、喘息のような症状が起きているという。担当した病院の先生によれば、心的外傷後ストレス障害の可能性が高いとの事だった。
「璃奈!! クロードくん!!」
最初に霧彦は、クラスメイトがいる病室へと入った。思わず、ここが病院である事を忘れて大声を出しながら。さすがに知り合いが担ぎ込まれたとなると、平静でいられなくなくなるようだ。途端に、室内にいた璃奈と陽に睨み付けられ、美彩には、先ほどまで泣いていたのか、悲しげな目を向けられたが、彼は迷わずカノアが横になっているベッドに近付いた。
そこには、苦しそうに咳をするカノアがいた。
それを見た霧彦は、まさか煙草のせいじゃないだろうなと一瞬思ったが、言えば絶対に非難されるヴィジョンが浮かんだので口を噤んだ。
「ゲホッ! よ、く来て……ゲホゲホッ! ……くれたのじゃ、風紀、委いゲホゲホゲホッ!」
一方で、カノアは苦しげながらも話し出した。
「まさか、反撃されゲホゲホッ!! ……されるとはゲホッ! ……思わなかったのじゃよ」
「?? 反撃?」
しかしその話は、目撃者ではない霧彦にはチンプンカンプンだった。
「き、霧彦……あのな……」
それを見かねた璃奈が、自分達が見た一部始終を彼に語って聞かせる。
しかしその内容は、却って霧彦を混乱させた。
なにせ幽霊と思しき存在が出てくるのだ。他の人であろうとも、実際に目撃しなければ理解できまい。
「…………一那由多歩譲って、それが幽霊だとして」
凄まじき譲歩だったため、璃奈はさすがに青筋を立てた。
いや無理に信じろとは言っていないし、彼女自身も半信半疑だが、それでも説明をした身には堪える譲歩だった。
「なんでクロードくんが喘息になるんだ? そこが一番理解不能だ」
「あ、アタシだって理解できねぇよ!」
璃奈は思わず、備え付けの机を叩いた。
ミシッという嫌な音が聞こえ、陽はギョッとした。
すると、その時だった。
「け、喧嘩は……ゲホッ! よす、のじゃ……ッ」
またしても苦しげに、カノアが、今度は二人を仲裁するべく声を出す。
その声を聞いた璃奈と霧彦は、険悪な雰囲気を霧散させた。
自分達が争えば争うほど、目の前のこの病人が苦しむのだと自覚し……気まずくなったのだ。
「…………こうなった、ら……全て、話すのじゃ……」
それを見届けたカノアは、苦しげながらも安堵した。
と同時に、ここまで知り合いを巻き込んだ責任を感じ……ついに決意した。
「じゃが、まずは…………試しに、ケホッ……ワシの煙草をゲホゲホッ!! ……吸って、ほしいのじゃ……」
風紀委員である霧彦どころか、璃奈達さえも、思わずドン引きしてしまう言葉と共に。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーー!!!! 須藤さーーーーん!!!!」
「お、俺達を置いて先に死なないでほしいっすよぉぉぉぉーーーー!!!!」
――――――ピンッ――――――――――ピンッ――――――――――




