第二十三話 「VS 命の炎を宿す剣」
「これが、エレノア・ルノワールの魂器か……っ!」
炎のカラスに肩を掴まれ飛ぶ彼女を見上げながら、俺は思わずそう呟いた。
「ええ」と言いながら、嬉しそうに彼女が剣を構える。
彼女の右手に握られているのは黄金の剣。
命炎剣とエレノアが呼んでいたそれこそが、彼女の魂の現身。
つまりは、選ばれた騎士にのみ許された、最強の切り札である。
アリエスが言っていた「数人の魂器使い」に彼女も含まれていたというワケだ。
中等部最優の騎士だったというのだから、当然か。
とはいえ、魂器を扱える存在は現役魔法騎士の中でも稀である。
つまり、俺が今、相対しているのは、間違いなく人界最強の一角というわけだ。
「……面白れえっ!!」
興奮し、叫んだ勢いのまま、俺は地を蹴った。
「風球!!」
跳躍した足元に風の球体を出現させ、破裂させた勢いを利用して彼女の元へと駆けた。
真っ直ぐにエレノアが待つ上空へと飛ぶ。
彼女はそんな俺を確認して笑うと、
「炎球×4!!」
叫び、剣を持たぬ左手を横にバッと広げる。
すると、エレノアの眼前には四つの炎の球が出現した。
それで俺を迎撃するつもりなのか?
確かに、初級魔法での高速射出を空中の相手に食らわせるのは有効な手段だ。まぁ、俺なら避けられるが。
……と、そう思ったが、どうも様子がおかしい。
彼女は展開した四つの炎球を放つことなく、そこに留めているのだ。
それどころか、自分で放った魔法をバシュバシュッと黄金の剣で斬り始めたのだ。
(……何やってるんだ?)
不可解。ゆえに不気味に感じた俺は、風球を数個展開し、空中で方向転換を試みた。
真っ直ぐ彼女の元に向かっていた俺は方向を変え、エレノアの真下を通ると、再び真上へ急上昇。
炎球を避け、彼女の背中へと向かって剣を振る――、
が、寸前で俺は行動をキャンセルされることとなった。
眼前に現れたのは、炎の鳥。
ツバメのような形をとった炎の鳥が急速に俺を襲ったのだ。
顔面を焼かれそうになった俺は、とっさに体勢を変え、ツバメの攻撃を避けた。
反転し、ツバメを後ろから切り殺す。
だが、ツバメは一体ではなかった。
残り三体もの炎鳥が、三方向から突進してくる。
さらには四方向目から、カラスに運ばれたエレノアまでもが斬りかかってきた。
「――くっ! 突風!!」
俺は風魔法で真下へと弾かれるように落ちることで回避する。
あのツバメが、ただの魔法であるのなら衝突して終わり。
そんな楽観的な思考は、すぐに捨て去られた。
仰向けの姿勢で落ちていると、炎鳥たちが直角に曲がったのが目に見えた。
ツバメは俺の元へと追撃しに来たのである。追尾し、三匹とも急降下しているのだ。
「くそっ! 食らいやがれ! 雷矢×4!!」
落ちながらそう吐き捨てるように叫び、
左手で展開した四つの雷の矢を、ソイツらへ向けて発射する。
三匹のツバメは撃ち抜かれ絶命し、霧散して消えたようだが、
カラスへと向けて放った矢は、彼女へ切り伏せられた。
「軽い軽い!」
笑いながら剣を振る彼女は、その切っ先を落下する俺へと向けてくる。
剣は目と鼻の先。
俺は苦虫を潰すような表情で、彼女の剣の振りよりも加速するべく、魔力を爆発させた。
「噴流!!」
炎魔法と風魔法の混合魔法、『噴流』。
背中にそれを起動させた俺は加速し、彼女の真上へと躍り出た。
反射的に反応した彼女に脇腹を裂かれたが、浅い。決定打にはならない。
彼女は対応するため振り向こうとするが、そんな暇は与えない。
俺は彼女の頭上に飛んだ瞬間、ほぼ無意識に剣を鞘に戻し、
無意識的に、そのモーションに入っていた。
「――雷斬!」
居合の要領で振り抜いた剣先からは、紫電が走った。
近距離必殺、剣の道を究めた者にしか辿り着けない領域、『魔剣技』。
振るう剣の刀身が、振り抜いた瞬間すら全くぶれず、
まさに剣と身体が一体となった条件下のみに可能となる、魔力を剣に込めて放つという絶技。
間合いの内側に対象がいる場合、回避や対抗手段としての魔法・魔剣技が間に合わなければ、一瞬で相手を絶命させることができる。まさに必殺の技。
それが魔剣技である。
だから俺はこれを振るえた時点で勝ったと思っていた。
いくらカラス野郎が阻んでも、その首ごと主を切り捨てる自信があった。
しかし――、
「グギャッ――――!?」
断末魔を上げたのは、炎烏だけであった。
カラスは、自分の主を突き飛ばし、身代わりとなったのだ。
火の粉が空を舞う。
俺の手には、獲物を切ったという感覚は残らなかった。
なるほど、つまりは彼女の魂器の能力は――、
……と、もう少しで結論が出そうだった俺の思考を、彼女の仕草が停止させた。
彼女の足元には空中を浮かぶ魔法陣。
俺が先ほど起動させた、炎魔法と風魔法の混合魔法、『噴流』の構築術式だ。
まずい、と悪寒が走る。
居合の姿勢で右腕は振り抜いたままだ。
魔剣技の行使後には、わずかに硬直してしまうのだ。
といっても、ほんの一瞬であるため、その隙が突かれるなどということはめったにない。
ただ、彼女の状況判断能力と本能は別格だった。
噴流で迫られたら、恐らくは構えるよりも先に彼女の特攻的な突きが届く。
剣を正面に戻したときには、俺の首は貫かれているだろう。
絶望的な状況ではあるが、
直進しかできない噴流という魔法の特性から、彼女の到達点を予測することはできた。
そんな状況で、高速回転する頭の中で出した結論は、
「――ここ」
左手を握りしめ、そこに打撃を置くという常軌を逸した決断だった。
ゴッッ!! という鈍い音。左の中指の関節が痺れる感覚。
見ると、鼻がぐしゃりと折れ、そこから鮮血が流れ落ちている彼女の顔面があった。
彼女は茫然とし、しかし笑いながら地面へと落下していく。
ドンッ! という音が会場を響かせると、地面にはくっきりとエレノアを中心としたクレーターが出来上がっていた。
……勝った。空中から殴られて落下だ。恐らく彼女に意識はない。
完全にそう判断して、風の魔法を利用してゆっくりと地面に着地する。
すると集中力が少し落ちたからか、観客席から「きゃああ!!」という悲鳴やら「やり過ぎだ!!」だなんていう野次などが聞こえてきたが、知ったもんじゃない。
これは一対一の決闘の場。
戦いの場である以上、これまで積み上げてきたお互いの中の誇りを賭けて戦っている。
そんな場に、慣れあいや優美さなどは不毛でしかない。
俺は観客の声など無視して、埋まったエレノアの元へと歩いた。
「おい、まだやれるかよ」
気絶した彼女を確認して、勝負は終わる。
そう思っていたのだが、どうもおかしかった。
クレータ―の中心がモゾモゾと動きだしたのだ。
俺が警戒して剣を正面に構えると、地面に埋まっていた彼女の耳がピコピコと動き始めた。
「やっぱり、あなたやるわね! 危なかったわ!!」
彼女は、意識を失ってなどいなかった。
それどころか、笑っていた。
そして、言葉を続けた。
「炎柱×2、氷柱×2、土壁×5、絶氷領域!!」
彼女の周囲に、いくつもの魔法が構築された。
炎の柱に氷の柱が四つ巨立し、五枚の分厚い土壁が彼女の背後に立ち昇る。
俺は咄嗟に回避し、上空に逃げたが、地面は氷の大地へと変貌を遂げていた。
そしてエレノアは居合の構えを取ると、カッと目を見開いた。
「炎斬!」
魔剣技として打ち出された炎の刃は、空気を切り裂き、また、彼女自身が生み出した魔法をも一度分断した。
しかし、それらが破壊されるというわけではなかった。
むしろ、その逆。
彼らは、この瞬間に彼女の手によって生み出されたのだ。
――グォォォオオオオオオオオオオ!!!
その叫び声は、炎を纏うカラスのものか、氷の妖精のものか、巨大なゴーレムのものか、はたまた、凶悪な牙を見せつけるマンモスのものなのか。
あるいは彼ら全部のものか。
それは分からなかったが、その叫び声は生命の産声だった。
「命の炎を宿す剣――命炎剣、ね。つまりはそれこそが、お前の能力ってわけだ」
「ええ、大当たりよ」
おそらく、斬撃を食らわせた物体に「命」を与え、隷属させる能力。
それこそが命炎剣の能力というわけだ。
なぜ俺の魔法を生体化させないかは謎だが、能力の制限といったところかもしれない。
俺は地面に再び着地したが、思わずたじろぎ、一歩引いた。
その様子を見ていたエレノアは、猫目を吊り上がらせた。
「……それで。えっと、なんだったかしら……ああ、そうそう――「まだ、やれるかよ」だったかしら?」
目の奥の燃え滾る炎を見せつけて、挑発をかます。
「あなたの方こそ、まだ、やれるの?」
言われ、俺は、体が震えたのがわかった。
「――――っ」
沸き立つ鳥肌が告げる。
俺は、燃えている。
かつてないほどに、渇望している。
こいつを斬り、その先へ進みたいと、渇望している。
彼女の炎が、まるで俺にも燃え移ったような感覚があった。
「望むところだ!!」
俺は叫び、眼前の魑魅魍魎共へと向かって、地を蹴った。




