第二十一話 「ID天邪鬼な猫さんから決闘を申し込まれました。(強制)」
「ど、どういうことよアリエス!! この変態全裸男が私のルームメイトって……そんなの冗談じゃないわっ!」
「同感です。そこの性悪女をお兄様に近づけさせるわけにはいきません。お兄様のルームメイトが務まるのは世界でただ一人、この私にございます」
二人は睨み合いながらも、ほぼ同じような内容でアリエスに猛抗議していた。
アリエスはどこ吹く風といった表情で、ふいっと窓の外に目を移している。
――二人には、特別寮の同部屋同室――いわばルームメイトになってもらいます。
衝撃的な発言は、当然波乱を生んだ。
混乱する俺達に、アリエスは続けた。
――実力が他の生徒とかけ離れた二人ですから、同部屋のルームメイトになってライバルとして高め合って欲しいのです。特にレイ君は欲望に忠実なようなので、頻繁に授業をサボタージュしてもらっては学院側としても困りますからね。
……どうやら、俺はかなりの不良青年として噂されているようだ。
俺としては、強くなるため、学ぶためにここに来たのだ。あまり過小評価……もとい警戒されても困る、と主張したいところだ。
だが、まぁ、分からんこともない。
俺は金が欲しかったから冒険者になって荒稼ぎしていたし、
妹に舐めた口を利いたチンピラどもを全員病院送りにしたこともある。
母の日にカーネーションをたくさん買おうとして花畑を土地ごと購入して母さんにマジ切れされたり、
父の日に父さんが好みそうなエロ本を街中でかき集めて、母さんにマジ切れされたこともあった。
そういった噂を聞きつけた学院側が実力者でもある俺を警戒するのは理に適っていると言えるだろう。
そして、エレノアが中等部最優の学生騎士だったという強さの保証と、エレノアの(恐らく負けず嫌いな)性格的な面を考えると、
学院側が俺とエレノアをルームメイトとして一緒に住まわせようとするのも納得できないこともない、と俺は思った。
だが、まぁ。この二人が納得できるわけもなく、絶賛猛抗議中だというわけだ。
「ありえない! ありえない! ぜ~ったいにありえない!!
大体、アリエスは私とあの男が釣り合うように見えるの!?」
「ありえません、ありえません。絶対にありえません。
アリエス様、私のイケイケなお兄様とそこの性悪猫が釣り合うように見えますか?」
アリエスはこの状況で無視を決め込む。すごい胆力だ。
二人は向き合い、再び睨み合う。
エレノアはツインテールを跳ねさせながら、俺の方を指さし激高する。
「大体、あんな変態と一緒に過ごしてたら私の貞操が危ないわ! 学院側は何を考えてるのかしらっ!」
「…………フッ」
「な、なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ!!」
ミラはわざとらしく両の手を横に広げ、溜息とともに言った。
「ご自分がお兄様に襲われるほどの魅力があると、本当にお思いなんですか? 心配しなくとも、私のお兄様は貴方如きに欲情しませんよ。このぺちゃぱい猫」
「ぺ、ぺちゃ……!? あ、あなただってそんなに胸ないじゃない!」
「違います~。私は成長期なんです~。貴方は見たところ壁ですね。いわゆる絶壁という奴です。成長の見込みは皆無に等しいと思われます」
絶壁とは、主に壁系の魔法を極めた者が放つ壁系魔法を指して呼ぶ言葉だ。
ときに貧乳の隠語としても使われている。
貧乳の魔導士は「絶壁使い(笑)」として馬鹿にされるのが魔導士女子界隈の悪い風潮なのである。
「そ、そんなことないもん!! 私だってまだ成長期だもん!!」
エレノアは眦に涙を溜めて、必死に訴えていた。
……はぁ。
もはや二人がしているのはアリエスの説得ではなく、ただの口喧嘩だ。それも凄く醜いやつの。
(この状況どうするんだろう……)
そう思ってちらりとアリエスを見ると、
いつの間にかデスクの前にある椅子に座り、緑茶を飲んで煎餅をバリボリと食べて一服していた。
「……ふぅ」
(いやいや、一服してんじゃねえよ!)
俺は心の中で叫び、溜息をついた。
ああ、俺は勘違いしていたのかもしれない。
二人の喧嘩を見ても動じないアリエスを見て、凄いとか、胆力あるなぁとか思っていたが、
彼女はあれだ。ただの天然だ。真性の大バカ野郎なのだ。
アリエス(大バカ青メガネ)は当てにならない。
さて、どうしたものか。
「ねぇ、エレノア……さん。もう決定事項みたいだし、仕方ないんじゃないじゃないですかね? 一緒に過ごすのが嫌ならテリトリー決めたりして、仕切りとか作ったりして工夫すればいいんですよ」
言うと、キッとした目で彼女は俺を睨み、「シャー!」と威嚇しながら猫耳と尻尾の毛を逆立たせた。
「仕切りを作るって言ったってどうせ木の板とかカーテンとかでしょ? そんなの魔導士ならすぐに破壊できるじゃないの!! つまり私の貞操が危ない! 却下!!」
「俺、信用されてないなぁ……」
まぁ、初対面で全裸だったのだから仕方がない。
とはいえ、何か解決策でもあるのだろうか。
エレノアはツインテールを振り子のように揺らしながら「うーーん」と考え、思い立ったように開眼した。
「……決めたわ、やっぱりアレしかないわね」
「アレって?」
「レイ・クリアード。スマホを貸しなさい」
「は、はぁ……」
一方的な彼女の言葉を、しかし否定しても面倒くさそうなので従うことにし、先ほどアリエスから貰い受けたばかりのスマホを手渡した。
エレノアは受け取ると、自分のスマホを取り出し、何やらサクサクと操作しだした。指の動きが速すぎて気持ち悪い。一体何をやっているんだろうか。
「送信完了っと……通知の所をタップしなさい」
「はいはい」
俺は返されたスマホを手に取り、画面を見る。
そして言われた通り、通知の所に貼られた英語の部分(ゆーあーるえるとか言われた所)を押した。
すると、画面が赤くなり、見知らぬアプリ(?)が立ち上がった。
画面には大きな黒文字で「決闘!!」と表示してある。
もう一度押すように言われたので押すと、
そこには文字でこのように表示してあった。
「ID天邪鬼な猫さんから決闘を申し込まれました……? これってどういう?」
「いいから、YESってとこを押しなさい」
「えっ、いやでもこれって……」
「いいから、押しなさい」
俺は半ば強制されるような形で無理やり画面を押すことになった。
それを見たエレノアがニタァっと悪そうな笑みを浮かべる。
「押したわね! これで準備は完了よ!」
「準備……?」
エレノアはすぅっと息を吸うと、バン! と俺の方を指さして宣言した。
「ノア・クリアード! 私と今夜、一対一の決闘をするわよ!」
「け、決闘……? なんで?」
「知らないの? この学校で最も優先されるモノ。それが決闘での勝敗結果なのよ!
決闘の条件は自由に決められるけど……そうね。今回は、勝った方が部屋で生活。負けた方が三年間野宿ってところでどうかしら?」
淡々と話を進めるエレノア。
だが、なるほど。俺は何となく理解した。
この学校では、決闘での勝敗はいかなるモノ……つまりはルールや上からの命令よりも優先されるのだ。
つまり、そこで出た結果なら、学院の上層部も認めるしかないということ。
なるほど。
彼女は、この決闘に勝って部屋の独占権を獲得するつもりなのだ。
うんうんなるほど。言いたいことは分かった。
理解できるよ。納得したさ。でも……でも、さ。
俺はちょっとイラっとした。
彼女の口調や態度から、彼女の大まかな性格は何となく察することができる。
自信家なのだろう。己の力に絶対的な自信があるのだ。
だから、彼女には、俺に負けるという未来を勘定にすら入れていないわけだ。
彼女の性格を認めるならば、そんな態度も受け入れるべきなのだろう。
――でも。
それは、何だか、ムカつく。
「ねぇ、アリエス!! これならいいでしょ? 決闘で決まったことなら誰も口出しできないし!!」
「は、はぁ。まぁ、決闘で決めるならいいんじゃないですか?」
エレノアはアリエスに事実確認をしに行っていた。
その余裕も、何だかムカつくんだよ。
「――――ダメだね」
だから。
俺は悠然と、ハッキリと通る声で話に割り込んだ。
エレノアは勘違いしたのか、またもニタァっとした笑みで見てきた。
「はぁ? あなた、もしかして今になって怖気づいちゃったの? でも、それは駄目よ。YESのとこに指で触れたのはあなたなんだからね」
「あぁ、違う違う。決闘をすること自体はいいんだよ。俺が不服なのは、さっきエレノアが言ってた条件のこと」
「条件……? 野宿ってとこが気に入らないのかしら?」
まだもピンときていない彼女に首を横に振り、
先ほどの嫌らしい彼女の笑みに似せるように精一杯ニタァっとした笑顔を返して、
「負けたほうは勝ったほうに絶対服従。いかなる命令でも半永久的に聞かなければならない……ってのはどうかな?」
などと、言ってやった。
彼女はポカンとした顔を段々と歪ませながら、薄ら笑いで問いかける。
「あなた、それ本気で言ってるの?」
ああ、もう。
ごちゃごちゃうるせぇんだよ。
売られた喧嘩は買う。
そして勝つのが、俺なんだ。
「本気も本気だ。捻じ伏せてやる」
俺が言い放つと、彼女は瞳さえも髪の毛と同じ真っ赤に染めた。
そして小さな胸を張り、威勢よく返答する。
「……受けて立つわ!!!」
その顔は、今日一番に悪そうな彼女の笑顔だった。
かくして、俺とエレノアの決闘が決まった。
さて、これからどうなることやら……。