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おばけこわいのはなし

作者: 吉尾京

 人類皆、得手不得手がある。嫌いなものだってあるし、苦手なものだってある。一見完璧に見えても、繕うのが上手いだけで、きっと何かしらの欠点があるのだ。

 社員旅行でうっかりハートを射止めてしまった私の彼氏もそうだった。

 顔よし、性格よし、仕事もできる……そんなスーパーダーリンは、実は大のホラー嫌いだった。スプラッタは勿論のこと、幽霊、妖怪、おばけ、呪い、その他あらゆるオカルト耐性が異常に低い。

 小学校低学年向けのホラーアニメを観て泣き叫ぶレベルの紙防御っぷり。

 そんな中、社員旅行が夏の長崎。ホラー嫌いを隠して生きていた彼の危機到来だった。

 修学旅行じゃないんだから、原爆資料館からのいわくつき旅館はないだろう。

 私は宗教関係の家に生まれて、まあ……なんというか、そういうものが見えてしまうから、ある程度耐性はあったし、なんならお祓いの能力もそれなりにあった。

 それを聞きつけた彼は、秘密裏に私を味方につけようとした。イタリア育ちのラテン系だから、元々女には優しかったけれど、私へのアピールは真に迫っていた。必死だった。命懸けだった。彼は見えない聞こえないはずなんだけど……私がそばにいるだけで安心するのかな。

 そしてあまりの必死さに私が折れて、現在は同棲中のカップルという体裁をとっている。あの旅館に本物がいたこと、それによって数々の超常現象が起きたこと、そしてそれを私が鎮めたことが決定打となって、彼のお守り代わりになったのだ。だって……金ならいくらでも払うとか、場合によっては脅すことになるとか言われたら……ねぇ。私だって命は大事だ。


 そして今、私は彼に甘やかされまくっている。恋人に優しくするというよりも、太古の人類が神に祈る様に似ている。毎日お供えだのお祈りだのされているのだ。彼は絶対に私に逆らわないし、私の言うことは何でもやってくれる。

 今のところ何の変哲もない日常が続いているので、彼の努力はほぼ無駄だ。


「希ちゃん……一緒に寝よう」

「お祓いはちゃんとしてるはずだけど……」

「おばけのテレビあるって……CMやってたの」

「ああ……夏だもんねぇ」

 紙防御にも程がある。そりゃあ夏なんだから、心霊特番のCMぐらいいつでもやってるだろう。うっかりテレビをつけて、たまたまそれを観てしまった……と。

 ああいう番組って、夏休みの小学生をターゲットにしているからあんまりえぐくないだろうけれど、なにせ彼だからなぁ。

 本能なのか、恐怖を感じるとどうにも幼児退行が酷い。普段からまあまあ口調は幼いのだけれど。

 彼はイタリア人にありがちなお喋り好きの性格なので言葉少なになるのは少し嬉しい。


 彼の趣味が惜しげもなく全面に押し出されたこの家は、広くもなく狭くもない。住宅のCMに出てくる、都会の一軒家みたいなお洒落ハウスだ。

 彼の収入から考えるとまあ妥当なところかな。前時代的ないわゆる“億ション”みたいなのには住んでいない。でも、この不景気にこの若さで新築一軒家を都心近くに建てるのは素直にすごいと思う。人によってはマイカーさえ無理だというのに。


 恥ずかしながら金銭面は……というか生活面でさえ、彼におんぶにだっこ状態だ。本来なら私が三指ついて頭を下げなければならないパワーバランス。でも、私はお祓いができる。たったそれだけで、彼にとって私は神のように高い地位に持ち上げられてしまう。


「ここ、入る? クーラー下げようか」

「いや、君が風邪ひいちゃうと困るからいいよ。それにヒヤッとしたら怖いし」

 人は死体の冷たさから、幽霊も冷たいと思いがちだが、実際は見えない人には何も感じることはできない。

 感じる私は熱くもなければ冷たくもないなと感じる。まあ、それも人それぞれだし、相手によっても変わる。嫌な感じ……が怒りからなのか悲しみからなのかで熱く感じたり冷たく感じたりするのだ。実際に温度が変わる訳ではない。


 彼――彰人は、躊躇わず私のベッドに入り込んできた。この男は自分の魅力を理解していないのか。私じゃなければドキドキしすぎていたところだ。

「ふふっ、ほら、こうしてぎゅーってしてるとあったかい」

「どっちかっていうと暑苦しいけどね」

 鍛えた男性の体温が高いのは当たり前だ。こんな季節なら特に。

 はあ、ホント、こうして黙っていればかなりのイイオトコなんだけどなぁ。

「ドキドキしてきた。まだ怖いの収まんない」

「他のこと考えた方がいいよ。流石に気持ちまではお祓いできないから」

 流石にフィクション作品のCMを観たという事実や記憶を消す能力はない。彰人にはただ落ち着くまでじっとしてもらうしかないのだ。

「ん。そうする。……はぁ、希ちゃんはいい匂いがする。別の意味で……ドキドキしてきた。可愛い。ん。好き。好き。大好き。もっとぎゅーってしていい?」

 私から何か匂いがするならばそれは彰人が買ってきたシャンプーの匂いだろう。元カノの趣味なのか、やたら高いやつだ。

「うー、私までドキドキしてきた。口説くの上手すぎ」

 彰人はきっと気づいたのだ。えっちなことを考えると、恐怖は薄れると。

 事実、恐怖とは自分の肉体にとって損になることで、その真逆である欲望を解放すれば相殺されてしまう。

 でも……私は彼のために身体を開けるか……?

 慈善事業をやっているんじゃないんだ。私だってそれなりの対価を求めて彼と共にいる。

 お金は……沢山もらってる。

 衣食住は……有り余る程提供されている。

 女としての幸せは……定義は定かではないけれど、それなりにお姫様扱いしてもらっているからこれも満たしている。

 そして何より顔がいい。好みは人それぞれだろうけれど、私はかなり好き。性癖に刺さる。

 性格もドストライク。

 カモがネギを背負ってならぬ、王子が白馬連れてやってきた状態だ。

 それどころか財宝やドレスまで持ってきて、ガラスの靴を私の足に履かせようとしている。

 私は打算的な女だし、強欲だから喜んで乗っかるつもりだ。どちらかというとシンデレラの継母の方に近い。彼のおばけ嫌いを利用して好きなだけ楽をしてやる。お金を手に入れてやる。顔のいい男をこき使ってやる。そんな気持ちでいた。

 彼との関係に恋愛感情はいらない。そんな甘酸っぱくて尊い感情は、社会人になってすぐに消え失せた。

 何年ときめきを忘れているっけ。最近は猫の動画に癒されている時ぐらいしかときめきがない。


「そうかな。事実を口にしただけだけど……。君のことが好きなのも、可愛いと思うのも本当。君とすごす中でどんどん好きになっていくのを感じるよ。君のいいところばかり見つかるんだ」

 私には何もない。お祓いの能力なんていう、変なオプションがついているだけの、ただの凡人だ。

 努力もせず、ただ甘い蜜に焦がれ、楽してがっぽりを夢見て何もしないタイプの凡人だ。

 もしもそんな私がいいというのなら彼の趣味はかなり悪いし、早急に思い直すべきだ。彼のような優秀な遺伝子は、聖人君子のように優しく美しいキャリアウーマンに残してもらうべきだ。

 彼の先祖が残してきた優秀な遺伝子を、ここで潰えさせる訳にはいかないだろう。

 私には性格の悪さを補える外見のよさがない。地位も名誉も、家の繋がりもない。


 世の中は当人の心の問題だけでどうにかなるものではないのだ。恋愛は何でも許される魔法のカードではない。どれだけ美しく正しく愛し合っていても、それが世間にとって不都合ならばやめるべきなのだ。

 打算で動いている私達なら尚更。彼にだって上司との付き合いや、出世、実家の兼ね合いなどあるだろう。

 全ての面で私は彼のためにならない。お祓いしてくれる人間が欲しいのなら、秘密裏にそういうところに……プロに頼めばいいのに。


「三年それが続けば本物なんじゃないかな。詳しくは知らないけれど」

 恋は三年で冷めるとよくいわれている。理由は三年で脳内麻薬が切れてしまうからだ。獣の本能は、子作りなら三年で済ませろと言っているのだ。

「三年……いや、もう四年は経ったかな?そろそろいいかなって。もう我慢も限界だし、リミットも近くなってきた。ここまで僕が何もしなかった訳じゃない」

 彼が何を言っているのかわからない。

 私達がこういう関係になったのは一年ぐらい前からだ。四年前といえばまだ同じ課にすらいなかった。

 でも彼は四年経ったと言った。いったい何から四年経ったのか。

「リミットって……?」

「婚期だよ。家柄とかは気にする家風じゃないけど、孫の顔だけはどうしても見たいらしい」

 じゃあさっさとお見合いでもして可愛い嫁さん捕まえたらいいのに。

 あ、出ていけってことかな。

「私は邪魔ってこと? まあ、実家に帰ればなんとかなるけれど」

「お、お願いだから……実家には帰らないでぇ……!」

 泣きつかれると何も言えない。私はこの男の涙に弱いんだ。

「ほんと、頼むよ! 四年もかけてプロポーズのシナリオ考えてたのに!」

 プロポーズの話を私にした時点でそのシナリオはグダグダになってしまったのでは。

 っていうか四年前からプロポーズのことを考えていたってことは……。

「もしかして……彰人って私のストーカー?」

「四年前に君に優しくされてから、ときめきが止まらないんだ。ずっと追いかけて、いつか絶対結婚してやると思ってた。お祓いができるって聞いてますます好きになった」

 ストーカー確定じゃん。一目惚れしたならまず話しかければいいのに。なんて、恋愛経験が少ないから偉そうなこと言えないけれど。

 でも実際に会って話をするから現実を知るのであって、会わずに妄想を暴走させれば悲劇を生む。人となりなんて、目で見ただけでわかるはずがない。

 有名人だって本心は見えないのに。現に私だってこうなるまで彼のことを過大評価していた。

「ちょっと話が飛躍しすぎというか……。普通出会ってある程度コミュニケーションを繰り返して、友達から恋人になって、それが何年か続いてから結婚だと思うよ。初めて見てすぐ結婚を決めるなんて、シンデレラの王子じゃあるまいし」

「ちゃんと君のことも調べたから大丈夫だよ。君の実家にも偶然を装ってアプローチをかけてる」

 へえ、親の前でわざと困った風を装って助けてもらい、そのお礼としてあれこれ貢いだり仲良くしているのか……。

 私の知らないところで外堀が埋められている。もはやこれは堀ではなく壁だ。巨人から身を守る壁だ。私は攻め込まれるだけでなく外へ出ることすら叶わない。

「できるなら私にまずアプローチして欲しかったな」

「だってやっかみが酷いでしょ? こう見えて僕って割とモテるみたいだし」

 だから一度彼女達の夢を壊すことにしたそうだ。おばけ嫌いは本当だし、もしそれで幻滅するような人ならば付き合う価値はないと。

 その目論見は見事成功したようで、あの社員旅行の一件から彼に近づく女はいない。私がそばにいることも、お祓いができるからなぁで許されている。


「それに、この同棲生活でかなりポイント稼げたと思うけど? いい男でしょ? 僕」

 あの行為は教祖を崇める的なアレじゃなかったのか。そういえば私が穿った見方をしているだけで、行動自体はシンプルに好意的アプローチだった気がする。

「うーん、いい奴だなぁって思ったくらい……?」

 嘘だ。こんなスパダリそうそういない。ただ、ホイホイついてくるような女だったら、そういうタイプの男は冷めるのかなと思ったから思わせぶりな態度をとってみる。

「えっ!? じゃあどうやったら好きになってくれる?」

「うーん、どうだろうなぁ……。頼りになる男って素敵だなぁとは思うけれど。お金もあった方が魅力的だし……顔はタイプだからそれをなるだけキープして欲しいし……あ、そうだ。家事や料理まで完璧にできたら最高! 私はあまり構わなくてもいいタイプだから、普段からほっといてくれると助かる」

 我ながらなんて女だと思う。もし私が男からこんな条件を突きつけられたら殴ってるレベルだ。

 さあ、これで逃げるか追いかけるか。


「わかった! ほぼクリアしてるみたいだから今から一週間程度で見せてあげるね!」

 何を見せるというのだ……なんて愚問か。この同棲生活である程度見えているし。

「ふふっ……もう見えてるよ」

「えっ……わらっ……!?」

 そういえば彼の前ではあまり笑っていなかった気がする。にやけるのを我慢するあまり、真顔になることが多かった。

 かっこいい、何でもできるスーパーマンを気取っている時と、普段のふにゃふにゃした感じのギャップが可愛いのだ。ああ、見栄っ張りな男なんだなって、なんだか等身大な感じがして。

「ずっとね、可愛いと思ってた。それでもいいならずっと私はそのつもりだけど……?」

「そ、そのつもりって……?」

「そのプロポーズ、お受けします」

 彰人はいやっほぅ! とやけに芝居がかった喜び方をして、それから強く抱きしめてきた。

 戦争が終わった時のアメリカ人か。


 打算で動いて得したのはこっちなのに。まあ、でもそういうものだろう。お互いの妥協点で重なる。それが結婚だ。私達の場合、ウィンウィンだけど。


 私はこの時まだ気づいていなかった。かっこいいと思うこと以上に、可愛いと思うことが結婚向きの好意だということを。

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