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扉の向こう側  作者: 青い夕焼け
花の守護者
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一歩


男は歩く。

死体だらけの森を、こころなしか気だるそうに肩を揺らして。

すでに騒ぎは収まっていた。

魔物や魔獣の多いこの森でも、今この瞬間においては周囲を警戒する必要が薄い。


男はバイアスと呼ばれた傭兵だった。


「……失敗か。やっぱり手間は惜しむもんじゃないなぁ」


残念そうに呟く彼の顔には、落胆のそれがあった。

視線の先には花を摘まれ、何もなくなってしまった場所。

森の為に使われたトラレイトは今はもうそこにはない。


「渡した鐘はまぁ大したものじゃないにしても、この花園を落としたのはなかなか……」


しゃがみこみ、足元の土を手に取ってつまみ。

何かを確かめるように指先をこすり合わせたが、思っていた結果は得られなかったのか、肩を落とした。


「いっそ誰か呼べばよかったか……?」


ぶつぶつと悔いるように言葉を漏らすが、その意味が理解できるものは誰もいない。

明らかに少なくなった獣たちの声が時折思い出したように森に響くだけ。

今、この場においては男の声だけが小さく響いている。


と、男の視線があるもので止まる。

そこにあったのは粉々になった獣車。


「はぁ」


軽く、ため息が漏れた。

男は、二、三度軽く首を振ると彼は元来た方へ翻す。

身に着けていたローブを裏返すと、それは光に当たり、きらりと光る。

それは魔道具だった。

見る人が見れば、その物珍しさに慄くだろうそれを男は億劫そうに身に着ける。


男の意識は早くも別のものへ向いている。


「次はどこに行くかなぁ」


男は振り返ることなく、その場を後にした。




「いててて」


ふとした時に走る痛みに、言葉が漏れる。

随分回復したと思っていたが、まだ治りきってはいないらしい。

服の内側を覗き見て、じわりと血がにじんでいることに辟易する。


「あまり動くとまた動けなくなりますよ」


後ろから声を掛けられ、振り返ると何とも言えない表情をしたオサがこちらを見ていた。


「もう動いても大丈夫だと思ったんだけど……」


この森は魔力濃度が濃いためか、傷の治りが異常に早い。

世界の断片で負った傷ももうすでに治りつつあると思いこんでいた。


「なかなかの深手でしたからな、あまり過信しすぎると体が持ちませんからもっと休んでくだされ」


諭すようにオサは言う。

あの戦闘の後、『迷いし者』が崩れ去るのと同時、世界の断片は霧のように消え去った。

何とかそこまでは意識をつなぎとめていたものの、そこからの記憶がファンにはない。

後から聞いた話によると、

ピュルテが血まみれのファンを集落へ運んだらしく。

また、その際にかなりの心配をかけてしまったようだった。

まるっきり記憶のないファンとしてはあの時の自分の状態がどうなっていたのか把握する余裕もなかったが、かなりの重傷だったことだけは朧気に覚えている。


今はかなり回復し、集落で借りている家の近くをぶらぶらと歩いている。


「皆は……相変わらず忙しそうだね」


集落の中では森人たちがあちこちを駆け巡り、各々が何かしらの役割に沿って動いている。


あの時、ファンたちが『迷いし者』と戦っている間、森人、鳥の一族たちは周辺に住む他の種族にも協力を仰ぎ、魔力感染をトラレイトに吸い取らせ続け。

花園にあるすべてのトラレイトを使い、森に広がった感染を根絶やしにした。

森の種族総出で森を守るために行動した結果、被害は最小限に収まった。


「荒れた森が元に戻るまではしばらく忙しくなるでしょうな」


それでも、完全にに元どおりになったわけではない。

獣は死に、樹はへし折れ、各所で起きた戦闘の余波はまだ尾を引きずっている。


森人が森に受けている恩恵は、目に見えるものだけではなく、森が元の状態に戻るまで手入れを続ける必要があるらしい。


ファンにはわからないが、その森の手入れとやらを絶えず行うのが森の民の役割なのだという。

だから、森人たちは今もこうして忙しなく動き回っている。


「ファン殿やピュルテが守ってくださったのですから、私たちはそれを良い状態に引き上げて、保たなくてはなりません」


オサがこう言うように、森人達は皆前向きだ。


この熱量があれば時間はかかっても、きっと、以前のような森に戻るに違いない。


「……ところでその格好。もう出られるので?」


意外そうに、ファンの装いを見てオサが言う。


「もういい加減、出ないと」


怪我をしていたとは言え、すでに当初の目的は果たした。

森の脅威も消え、すでにやりのこしたことはない。


「そうですか……まぁここは特に娯楽があるわけでもないですからな」


「それで、ピュルテはどこにいるか知ってる?」


「あぁ、それなら」



集落の中心、首を痛めそうなほどの大樹の根元。

ピュルテは備えるように置かれた装飾品たちの側に立ち、手を樹に添えて立っている。

置かれた装飾品の数はあの時のまま。

奇跡的に世界の断片での騒動ででた犠牲者は誰もいなかった。


あの、森人の子供たちを除けば。


目を瞑り、ピュルテはじっとその場で立ち続ける。

彼女なりの黙祷。

それはあの時目を背けた自分への贖罪でもあった。

死体から、死の事実から目を背けて、見ないようにした自分の後悔を。

向き合う事にした自分の決意を。

報告するために、ピュルテは今ここにいる。


「よし」


どのくらいそうしていたのか。


やがて、目を開き後ろを振り返ったところで、


「準備できた?」


口元に笑みを浮かべたファンが手を上げて立っていた。


「気味が悪いからいるなら声を掛けろ」


不満そうに口を曲げたピュルテにファンは軽く笑ってみせた。

その態度に益々眉を顰めたピュルテが、コツンと一発ファンの脇腹を小突いた。


「ぐっ!」


痛そうに顔をしかめたファンを見て気が済んだのか愉快そうに先に歩き始める。


「まったく……」


痛む脇腹を押さえ、苦笑しながら後を追う。

どうやらもうすっかり吹っ切れたらしい。

これでまた落ち込んでいたらなんと声を掛けるべきか迷った事だろう。

視線の先にいるピュルテの足取りが、以前よりもずっと軽やかなのを見てファンは妙な暖かさを胸に込み上げるのを感じた。


集落の入り口にはオサと森人たちが見送ってくれるつもりなのか、集まっていた。


「じゃあ、行くね」


一言、お世話になったと感謝を述べる。

なんだかんだと、何度も治療してもらい、食事の世話もしてもらった。


「改めて、ありがとうございました。良い旅を」


オサの言葉を皮切りに、森人たちもきゅるきゅると声を上げ、見送ってくれる。


一人、ひょこひょこと歩いてきた森人がぺたんとファンの足に触れる。


「お前……どうした? って」


その森人はファンが助けた森人。

どうしたと声を掛けようとするファンにずいと手をさしだしてくる。

手に握っていたのは捻れた木の根のようなものだった。


「? なにこれ」


首をかしげるファンに、


「『幸運の根』、みたいだな。森の民に伝わる話で身につけておくと良いとされるものだ」


側に立っていたピュルテがファンの手を覗き込んで言う。


そういえば初めて会った時も木の根を掘っていた気がする。


森人はファンが木の根を受け取ったのを確認すると、照れ臭いのか足早に皆の後ろへ下がっていった。


「ふふ、ありがとう」


森人なりのお礼なのだろう。

幸運の品らしいので大事に持っておく事にしよう。

そう思い、握った木の根を背嚢の中へしまう。


最後に一度森人たちの方へ振り向いて、手をあげる。

森と共に生きる、森の民。

その集落で過ごした人間はかなり貴重な体験をしたのではないか。

あれだけの騒動を経ても

集落の中心の大樹は依然、変わりなくそこにある。


「ピュルテ」


集落の外へ出たファンへ続くピュルテにオサが声をかける。

何か言いたそうに、しかし何を言うべきか迷っている。


「大丈夫 」


心配そうに見つめるオサを見て、


「戻ってきたら、外のお土産話をしにくるよ」


そう言って笑ったピュルテを見て、オサも安心したように笑みを浮かべ、こくりと頷いた。


二人は森の民の見送られ、集落を出る。




「で、今更だけど本当についてくるの?」


隣を歩くピュルテを見て、ファンは言う。

『迷いし者』を倒した後、集落へ運ばれたファンが意識を取り戻した時。

開口一番ピュルテから飛び出たのは旅に同行したいと言う話だった。


「当たり前だろう。何だ? 今になって嫌になったのか?」


外の世界に興味がある。

それはピュルテと話した時、何度も感じたことだ。

今まで頑なに外へ出ようとしなかったピュルテは、花へのこだわりを捨て、新しい自分へと生まれ変わった。

そして、森の外、どこへ行こうと考えた時末に出た結論は


ファンについていく、だった。


いきなり一人で旅に出ることに若干の抵抗があったのかファンにはわからなかったが、今までパーティを組んだことのなかったファンは一瞬答えを迷った。


これまでパーティというものに対し、数の利は理解していても、それ以上のデメリットに目がいってしまい、否定的だった。


自分以外の厄介ごとを進んで助けてやる、救ってやるといった行為が理解できなかった。


しかしその考え方はこの数日で変化した。


自分の為にしか行動してこなかったファンが初めて人の為に動きたいと思ったのがピュルテだ。


目的のためでもなんでもない、自分以外の厄介ごとを抱えてもいいと思った。


そう思った理由は色々あるが、あえて口にはしない。


『一緒に旅をしたい』その言葉に驚いて、迷ったものの結局ファンはその言葉に頷いた。


「それにしても、随分不恰好な歩き方をしてるけど、もう少し休んだほうがいいんじゃないの?」


痛む箇所を庇っているせいか、ぎこちない歩き方をしているファンにピュルテが言う。


「オサにも同じようなこと言われたなぁ」


二人はくだらないやり取りをしながら進む。


「あれ」


そして、ファンが気になったことを口に出す。


「花園へは寄っていかないの?」


今のまま進むと、街までまっすぐの進路だ。

ここ数日、この辺りの地形は何度か通った。

すでになんとなくではあるが、どこをどう進めば目的の場所へ到着するのかも判断がつく。

寄り道をするなら方向か違う。


森の騒動ですでにトラレイトは使い尽くし、もうあの場所には一輪の花も咲いてはいない。

それでも最後に一目、見るくらいはするんだろうと思っていた。

ファンの質問に、ピュルテは一瞬困ったような顔になり、しかしすぐに迷いを振り切るように首を振った。


「いいんだ、戻ったらまた怖くなるかもしれないから。このまま、街までいく」


どこか寂しそうに、不安になるからとピュルテは答えた。

その答えを聞いて、ファンはそう、と一言返し口を閉じた。


森の入り口が近づいてくる。


「戻ってきたね」


先に森を抜けたファンを見て、ピュルテはぎゅっと口を結んだ。


森を抜ける境目の前で立ち止まり、拳を握る。


顔を上げれば、ファンが穏やかな顔でこちらを静かに見守っていた。


後ろを振り返る。


見える樹々や聞こえる獣たちの声。

肌に感じる独特の空気。

大きく息を吸い込めば、いつも通りの匂いが鼻を通る。


思い出がわっと、頭の中を巡る。


これまで見てきた光景や、過ごしてきた時間は確かに自分の中にある。


ふわっと、風が吹いた。

優しい、包むような感覚にふっと笑みを浮かべる。


「行ってくるね」


その風に押されるように前を向く。


森の外にはきっと、見たことのない景色や、食べたことのない果物。

想像すらできない出来事が待っている。

ファンと街へ出たとき以上の未知が、存在している。

小さい頃夢見た冒険へ。


花の守護者ではなく、ひとりの少女のように。

まだ見ぬ未知を求めて、好奇心の赴くまま、旅に出る。


あの日の少女はもういない。

立って、前を向いて。

自分の意思で。

あの空っぽだった瞳にいろんなものを映しながら。

今、歩きだす。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

ひとまずこの物語はここで完結となります。

随所にばらまいた伏線もどきたちは、本来この先、ずっと先の話らへんで回収しようと考えて盛り込んだのですが、半分ほど書いた頃に「これは今の状態では作品を作り終えるのに一生かかる」と悟りなくなくキリのいい場面まで書いたら締めにしようと方針を変更したために生まれてしまったものです。

この先、もしかしたら、本当に極薄い可能性ですがこの作品の続きを書こうと思った際に回収していく予定です。

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