日常は修行なり
アウォール村での一日はのどかなものだ。農業や酪農で村人は生計を立てている。村長は村のまとめ役で大都市にみんなの作物や牛乳を卸しに行く。あとは薪割り、塀や水道の整備など治安の維持の取締役を務めている。
才雅とティルアは助けてくれたお礼として、また今後の方針が決まるまで家に置かせていただいてるため村全体の手伝いをすることにした。ティルアは働く大人の代わりに子ども達の世話を、才雅は人手が足りない所へ力仕事を任された。
流派を持った道場の跡取り息子として体力に自信がある才雅はこの仕事を受け入れた。しかしいざやろうとなったとき、才雅は異世界の力仕事の格の違いを思い知らされた。鍬や鋤といった農具は持つとズシリと重量を感じ、振るうとなると逆に振り回される。材木にするという樹木は直径80㎝で高さは二位階建ての住居ほどあるものを一人で運ぶという。薪割りの際には先程の樹木を農具と同じくらい重い斧で真っ二つにするのだ。
他にできるものと振られた飼料運びでも大量の藁や牧草はともかく2~5㎏はくだらないエサや肥料を運ぶもので、一日かけて運んだ回数は百回から先は数えられなかった。どれも才雅の日常では馴染みのない運動量であった。
「あの、大丈夫ですか?」
夜、仕事を終え夕飯を食べ終えた才雅はそのままテーブルに突っ伏してしまう。その様子をティルアが心配そうに見つめた。
「……体力には自信があったんだけどなぁ……」
元の世界では一般男子よりかなり体力があると自負していた才雅にとって村人の基礎体力の高さに驚き翻弄された一日となった。
「大変お疲れのようだな。」
村長が声をかけてくる。
「いえ、全然お役に立てなくてすみません。」
「明日は初めから牧場の手伝いを主にやってもらう。ゆっくり体を休めなさい。」
才雅は今日の働きに不甲斐なさを思う。けどそれを引きずるわけにはいかない。今日出来なかったことはいつか出来るようにまた精進するだけだ。それだけはこの世界でも変わらない。
次の日、午前中の仕事を終えた才雅は昼休みの時間、あることを聞くためにティルアのもとへ行った。
「魔力の使い方ですか?」
「あぁ、よくわからないけど俺の中にもあるみたいなんだ。」
才雅は魔力を使ってみようと考えた。急に自分の内側から湧いて出たものであるが使えるに越したことはない。そう思いティルアに相談してみた次第だ。
「せっかく使えるなら少しでも役に立てるかと思ったんだ。何か簡単な魔法でも使えれば良いんだけど……」
「分かりました。私なりの教え方で良ければ。」
ティルアは才雅の先生役を了承した。この世界の魔法とティルアの使う魔法とは違うだろうが、初めて魔法を使う才雅にとって些細なことであったし、何より魔法の扱いの上手い人が身近にいた方が良いと才雅は思った。
「では始めに、魔力を出してみましょうか。」
「はい!……えっ?」
「まず自分の魔力を確かめてみるんです。どんな魔力を持っているか自分自身知ることがスタートなんです。」
才雅はティルアの突拍子もない発言に戸惑った。魔力を持っていることは知っているが、それ以外なにも分からないのに出してみようと言われても困ってしまう。
「それってどうやれば分かるのですか?ティルア先生。」
「例えば……こう。」
そういうとティルアは、おもむろに掌を上に向けて差し出す。するとボウッと言わんばかり拍子もなく半透明の丸っこい物体が手の内に現れた。
「これが……魔力?」
「これは大分制御した状態です。その人の性格によって魔力の出方も違います。」
「性格? 性質じゃなくて?」
「魔力は自分そのものです。荒々しい性格の人は荒々しく魔力が表れますし、炎や風など強いイメージをするとそのような形や性質が表れた魔力になります。」
才雅はなるほどと頷いてから早速魔力をだそうと右手を差し出す。それからとにかく自分の中の物を出そうと力を込めてみる。けれど魔力が出る様子は無い。
「魔力は身体中のどこにもあるはずです。自分の魔力を意識して感じて、全身の魔力を集めるイメージで!」
才雅はそんなアドバイスを受け集中しなおし自分の内側に意識を持っていく。すると頭のてっぺんから爪先から何かが手に集まる感覚を感じる。これが魔力なのだろうか、才雅は右手以外が徐々に力が抜けていくのを感じる。そうして集まったものを右の掌に集合させる。
ボフンッ
その瞬間、才雅の掌は大きな音を立てて軽く弾けた。全身の力を込めた魔力は一瞬で無くなった。
「ハァッ、ハァッ、こ、これは?」
「……多分、かき集めた魔力が制御出来ていない。そのせいで一瞬で無くなっちゃいました。」
ティルアの無慈悲な言葉を聞いた才雅は膝から崩れた。
それからという日々、才雅は頑張り続ける毎日を送った。幾度も重い農具を振り回し、飼料を運びまくり、その他の手伝いをこなしながら、空いた時間に地球にいたときの日課であった筋トレや素振りも行った。さらにこの世界では加えて魔法を使う練習も始めた。ティルアから魔力の出し方を教わって以来、毎日魔力をひき出す練習をしている。
自主トレを始めた甲斐があってか5日程こなした頃にはは斧や鍬の扱い方が分かってきたり、荷物を運ぶスピードも早くなったり、才雅は短期間での成長スピードに驚きながらも日に日に力をつけているのを感じていた。魔力に関しては要領が掴めずまだまだ魔法を使う段階ではない。出せるだけでも精一杯な状況だ。だが、出せるようになることだけを考えた時、才雅はとあるやり方を思い付いた。
あれから数日経った日の夜。ティルアはテーブルで就寝前にミリア、リリアの二人と談笑していた。
「ヒジリさんはまだ走り込みしてるのですか?」
「ホントによく続けていられるわね。」
「昼間は仕事で疲れているはずなのに、体を壊さないのでしょうか。」
あっけカランなミリアに気になると落ち着かないリリアがそれぞれ答える。才雅はあの日以来夕食前に筋トレとランニングをするようになった。いつもなら皆が食べ終わる前に戻ってくるのだが今日はまだ帰ってない。
「そうね、疲れはててそこら辺で倒れてるかもね。」
「冗談でもそんなこと言わないの!」
「それとも農作業が嫌になって逃げたかな?」
「ミリアさん!」
ティルアは姉妹とそんな会話をしながら才雅の所在を心配して帰りを待っていた。
「アンタたち、もう遅い時間だよ。とっとと寝なさい。」
すると寝支度を済ませたオルリアが三人に注意しに来た。
「オルリアさん。まだヒジリさんが……」
「こんな時間まで帰ってこないあの子が悪いんだ。帰ってきたら代わりに怒ってあげるから。」
ティルアは心配な顔を浮かべたまま寝室に行き布団に入っていった。自分がこの世界に召喚されてから初めてあった少年は戦うことを知らずそれでいて自分の弱さに向き合う力を持っていた。そんな人が逃げることなんて考えていないだろう。そう思いたいのは一緒にこの世界に来たという仲間意識からだろうか。ティルアは考えを深くしていくなかで静かに眠っていった。
そして次起きたときは……
「サイガ!!」
朝早く村長の声が響いたときだった。ティルアはすぐに起きて寝室から飛び出した。ティルアの目に写ったのは家の玄関で村長がオルリアが才雅を抱え村長が脈や心音などいろいろと無事を確認している光景だ。
「サイガ!どうして玄関で倒れていたんだ。」
すると才雅はゆっくりと目を開いた。
「あっ、遅くなってすみません。ただいま戻りました。」
意識を戻した才雅は疲れが残ったまま目覚めたように挨拶をした。
「そんなこと言ってる場合かい!心配かけるんじゃないよ!」
オルリアは胸の中で才雅を叱った。ティルアも同じ気持ちで才雅に目線を送った。
「何かにやられたわけじゃない。でも疲れ方が異常だ。これは……」
村長は才雅の身体を調べていたが外傷は特に無い様子だった。何が原因か調べようとしたとき、ティルアが才雅の落とした目線の先の物に気付いた。
それはあの日諦めて置いてきた黒い剣。才雅が諦めきれなかった刀があった。