才雅は強く生きる
翌日、才雅は再びあの森へ入っていた。無論、一人じゃない。森へ食料や薬草を調達する村人達と一緒に入ってる。その手伝いという名目で才雅も森に入った。
「事情は女房から聞いている。あの剣がある方に向かってやるから無茶しねぇで採取にも協力してくれ。」
才雅の隣にはアウォール村の村長であるウォルテアが一緒に歩いていた。オルリアの旦那である彼は昔大きな国の騎士団に入っていて、引退した今でも剣の腕前も達者だ
「ありがとうございます。わがまま聞いてくださって。」
才雅には採取よりも第一目標があった。昨日置き去りにされたと聞いた黒い刀だ。
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『森に置いたままってどういうこと?』
『あの剣はこの槍以上に魔力を吸収したんです。それゆえ誰にも持てなくて仕方なく置き去りにしてしまいました。』
『誰にも持てないって……』
『布で巻いても、柄ではなく刃の方を持ってもダメで何人もの村人が倒れてしまいました。』
『父さん達が森から帰ってきたと思ったら5、6人くらい運ばれて来たんだもの。ビックリしたわよ。』
『んじゃ、今度は俺がやってみる。』
『待ってください。剣を持ってヒジリさんが倒れたってことは原因があの奇妙な剣だっていうことですよ。』
『たとえ何度倒れようと持ってきてみせる。』
『あなた自分が正気じゃないの分かってる?』
『魔力が尽きたら死んじゃうんですよ。だからダメって言ってるのです。』
『ダメでも正気じゃなくてもあれは俺たちを助けてくれたんだよ。奇妙かもしれないけど恩がある。このまま野ざらしにしておくのは可哀想だ。』
『そうかもしれませんけど……』
『それじゃなおさら行かせられないよ。』
『『オルリアさん。』』『母さん。』
『今やっと立てたっていう人間を“一角狼”が出る森においそれと送り出す訳にはいかないよ。』
『でも俺、あの刀のために……』
『その剣に救われた命、自分で無くそうとしてるんだよ。それがアンタの恩返しなのかい?』
『な、……俺、刀がありますし、剣術だって……』
『ティルアから聞いたけど、斬ったこと無いんでしょ。そんな半端な剣に人の命を任せられることなんて出来ないよ。』
『…………』
『……諦められないんだね。』
『……はい。』
『しょうがないねぇ。元気になったら旦那に頼んで森へ行かせてあげるからそれまで我慢しな。』
『えっ!?』
『良いの、母さん!?』
『その代わり、アタシと旦那の言うこときちんと聞いて、今日はちゃんと療養しな。』
『はい!』
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あれから一日療養した才雅は翌朝には元気満単と言わんばかりに回復した。
「話を聞いたときは了承したけど、次の日には元気になっちまうから驚いたもんだ。」
「それはどうも。」
森での調達は普段から村人を集めて行われていた。その際に採取役と護衛役に分かれて二人以上のパーティーで行動する。村人はこういった習慣から戦闘や採取物の選別、動物の解体などを鍛えられているのだ。しかし採取にも節度がある。多くから少しずつ、一度採った場所は時間を空けておく必要もある。この森へ行くのも本当はもう少し先の予定だったりしてた。
「俺たちを見つけたのは森の奥なのですか?」
「そんなに離れた場所じゃないが……まぁ採取もしながらゆっくり行こう。」
村長は慌てずにゆとりを持って行動するように才雅へ注意した。森は四方八方へ気を配る必要がある。集中し過ぎたり紺詰めすぎたりしては脅威に対処しにくくなる。そんなことも教えてくれた。
才雅は村長に教えを請いながら採取しているとある場所に着いた。それはこの世界に来て初めてティルアに会った場所。ティルアが森を一部焼いた跡地だ。
「ここまできたらあの剣はもう近くにあるな。」
「本当ですか!?」
才雅のテンションが一気に上がった。そんな才雅の様子に案内せざるを得ないといった感じの村長は跡地から離れるように90度曲がっていく。少し歩けば手入れされてない草原に漆黒の刀が寝転がっているのが見えた。
「本当にそのままなんですね。」
「触れないんじゃ何も出来ないからな。」
放置された刀の様子を目にした才雅はおもむろに近づく。
「おい!危ないぞ!」
村長の静止を聞かずに才雅はそのまま刀を手にする。
「!? これは?」
その瞬間、才雅は今まで感じたことも無い感覚を感じた。刀を持った手から自分の何かが抜かれるような、その何かが体全体を駆け巡るような不思議な感覚。得体の知れない物体が手から自身の隅々まで現れたことに動揺した才雅は思わず刀から手を離す。才雅は力が抜けたように尻餅をついてしまう。刀はそのまま緑の絨毯に落ちていった。
「大丈夫か!? 危ないと言っただろうが!」
「今、変な感覚が、俺の中に、あって……」
持ってた時間が短かった為か今度は意識を失わなかった。村長の言葉は聞こえているが自分が感じたものの正体が気になって仕方なかった。
「お前、そりゃ魔力じゃないか?」
「え? 魔力?……これが?」
確かに今まで己の中に魔力があるなんて思ってもみなかった。才雅の世界では魔力なんて存在しないものだかだ。しかし、才雅は確かに自信に存在する魔力と呼ばれる何かを感じている。
「俺に、魔力なんて、無いのに……」
「いや、お前にもあるんだよ。んで、魔力があったらそいつは触らない方が良い。」
「そんな……刀をそのままにするって事ですか。」
黒い刀が魔力を吸収する以上、才雅は触れられない。魔力に目覚めた才雅には持つことが出来なかった。
「とにかく、もうこの剣の事は諦めろ。良いな。」
才雅はその提案を受けたくなかった。しかし、実際に触れたら己が倒れてしまう代物なのだからどうしようもない。才雅は今は諦めるしかなかった。才雅は村長に連れられ黒い刀から離れるように採取に戻る。
今は諦めても、いつか手に出来るまで成長してみせる。そう自身に言い聞かせる。この世界に来て才雅は誰よりも、まず自分自身の未熟さや弱さに打ち勝つ為に強くなると心に誓った。