ティルアとこの世界
才雅が目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。木造建築の洋風の造りに装飾はおろか電灯すらないシンプルすぎる天井だ。辺りを見ても陽の光が入る窓と燭台の置かれた小棚しかない。自分が眠っていた場所はベッドのようだが布団は敷いておらずシーツのような大きな布が敷いてあるだけだ。才雅は力を入れて体を起こす。すぐ目の前、ベッドの向こう側にドアがあり、窓から田舎の風景っぽい緑広がる素朴な風景がみえる。
今まで寝ぼけ気味だった才雅はようやく、自分が奇妙な世界へやってきて魔法を使う少女と出会い変な狼に襲われたところに不思議な刀と槍に助けられたことを思い出した。そのあとドッと疲れが現れたように倒れてしまったところで記憶はそこまでとなった。となるとここはどこであの娘はどこに行ったのだろうか。そう考えているとドアが開き誰かが入ってきた。
「あら!?やっと起きたのかい!?よかったよ~。」
扉の向こうからおばさんがやって来た。赤い髪に豊満なボディが目を引くが、その服装は現代の洋服ではない、絵画で見たような昔のヨーロッパ風の民族衣装を身に付けている。
「もう起きて大丈夫かい。具合はどうだい。どこか悪いところはないかい。バッタリと倒れたって聞いたよ。昨日の話だからまだ寝てた方が良いんじゃない。ティルアも心配してたんだから。」
その人は起きてる才雅を見るとすぐベッドの横まで駆け寄り、飛び付くように才雅の様子を伺う。心配してくれるのは良いことなのだが、おばさん特有の早口攻撃が状況を整理がされてない才雅の頭を襲う。
「あの、ちょっと待ってもらっても良いですか……」
「あらごめんなさいね。アタシが慌てちゃダメよね。」
おばさんはそう言うとパッと才雅から離れる。
「あの、ここはどこですか?」
「ここはアウォール村。アンタが倒れていた森の近くの村だよ。」
聞いたことのない名前に才雅は思わず困った顔をした。
「そんな分からんって顔をしないでよ。あの森で爆発があったもんでうちの旦那が若いの連れて向かったんだけどね、現場に着く途中でアンタが倒れて動かないってティルアが困っていたもんだから、ウチまで運んだってわけよ。」
「てぃ、ティルアって?」
「あぁ、そうだったね。今呼んでくるからね。」
そういうとおばさんは思い出したように手を叩くと部屋を出ていった。少し時間が経って再びドアが開かれると、白い服装のあの少女がおばさんに連れられてきた。少女は才雅を見るとすぐに近くまでやってきた。
「目が覚めて良かったです。丸一日眠っていたので心配したんですよ。」
そう言って少女は才雅を未だ心配した目で見つめた。
「ごめんなさい。あなたがティルアさん?」
「あ、そういえば自己紹介してませんでしたね。」
少女はお互いに名も知らない事態を思い出し体裁を整える。
「私、“ティルア・シャンディル”と申します。聖職者で冒険者をやっています。」
「ご丁寧にどうも。俺は聖 才雅って言います。」
二人は自己紹介して深く頭を下げる。冒険者という単語が引っ掛かるが今のうちはまた後で聞くことにする。
「ヒジリさんが倒れたあと村長さんたちがやってきて私達を介抱してくれたんです。ベッドまで運んでも体を拭いても着替えさせても起きないのでホントに心配したんです。」
そう言われて才雅は自分の服が袴から洋服っぽい何かに着替えられていることに気付いた。下着までもだ。意識がなかったとはいえ裸にされたことに恥ずかしさで何も言えなかった。
「アンタが寝ている間、身体の様子とか服の事とかずっと気にかけてくれたんだよ。うちらもその健気さに動かされたもんだよ。ちゃんとお礼言っときな。」
「あ、その、お気遣い頂きありがとうございます。おばさんもありがとうございます。」
「アタシはオルリアだよ。どういたしまして。」
おばさんことオルリアは肩の荷が降りたというように才雅に言った。
「それでひとつ言っておかなくてはいけないことがあるんです。」
ふとティルアは急に思い詰めた表情で才雅に話しかける。
「この世界、私の知る世界とは違うのです。」
才雅は意外と少しだけ驚いた。森で火を放ったり、一本角の狼なんて明らかに異形のものをまだ見たことないだけで済ましたり、初めて会った時から世間知らずな印象があったからだろう。
「というもの、私、この世界とは違う世界から来たみたいなのです。」
その言葉に才雅は疑問符を浮かべた。明らかに日本とは違う世界。地球にいるのとは違う生物。そこに現れた少女は今いる世界の人じゃないといいたいのか。
「え、でも俺と違って魔法使えるじゃん。」
「どうやら魔法の質が違うようです。私が教わった魔法の種類も違いました。」
「田舎者の知識で悪いけど、ティルアの知っている魔法は私は見たことないし、アンタらが巻き込まれたっていう転送魔法も聞いたことがないよ。まぁ、アタシは魔力ての持ってないから詳しくないけど。」
「それも違うんです。私の世界では魔力量の差はあれど皆魔力を持っているはずなんです。」
オルリアの補足にティルアがつっこむ。魔法が身近にない才雅にとってピンと来ない話ではあった。
「何より違うのは、魔王の存在です。」
「そんなのがいるのか!?」
才雅は思わず叫んだ。
「私の世界でも魔王はおとぎ話の中だけの存在です。ですがこの世界では魔族を率いて人間を苦しませる魔王がいるのです。」
「最近だとここから少し離れた村で魔王軍の侵攻があったってきいてね、ウチでも若いもん集めて警戒してるってわけよ。」
才雅は自信の理解を越えた会話に空返事しか出来なかった。
「そんなときにあの爆発だろ?村中パニックになっちゃって落ち着くまで時間食らっちまったもんよ。」
オルリアに話を才雅とティルアが苦笑いで返してた時だった。
キャーーーーーーーーー!!
突然ドアの向こうから女性の悲鳴がつんざく。
「ミリア?ミリア!?」
「ミリアさん!?」
オルリアは声の主を特定すると急いで部屋から出ていく。ティルアも覚えがあるように察した態度でオルリアの後に続いた。残された才雅は一瞬戸惑ったが、じっとしていられなかったので部屋から出てみようとする。一日眠っていた体は最初は思ったように動かなかったが徐々に感覚を取り戻していった。少しフラつきながらも歩いていきドアを開ける。
部屋を出ると大きなテーブルと椅子がいくつかある部屋にでた。おそらくダイニングだろう。その部屋の片隅で3人が少女を取り囲んでいる。内2人はティルアとオルリアだ。オルリアは倒れている少女に向かって「リリア!リリア!」と叫んでいる。
「ティルアさん、一体何が?」
「ヒジリさん。もう立って大丈夫なのですか?」
才雅が状況を聞こうとした。
「え?目が覚めたんですか?」
その前に立ってたもうひとりが驚いた。
「ヒジリさん。さっきの悲鳴はミリアさんのものでした。」
「いちいち説明しなくていいわよ。」
そう言ってミリアは恥ずかしそうにツッコむ。
「それよりこっちの方が気になるんだけど……」
才雅は倒れている女の子の方に目を向ける。オルリアが叫んでいることからこちらは“リリア”というのだろう。
「ミリア、リリアに何があったんだい!?」
「それが、ティルアの槍が倒れちゃったからリリアが戻そうとしたんだよ。あんなに触っちゃいけないって言われていたのに……」
そう言われて一同、リリアの近くにあの白い槍が横たわっているのを見る。
「で、リリアが槍を持ったとたん、バタッって倒れたんだよ。」
才雅には何のことだかさっぱり分からない。だが、
「あぁ、あれほど触らないでと言ったのに……」
「はぁ、まったくこの子はお人好しなんだから……」
ティルアとオルリアは事情が理解出来た様子で頭を抱えていた。
「すみませんが俺にはなにがなんだか分かんないんですけど……」
才雅がそう言うと3人は「あぁ……」と声を漏らした。ティルアが槍を拾うと説明を始めた。
「私たちが見つけたこの槍なんですけど、持った人の魔力を吸収する力があるんです。」
「魔力を、吸収!?」
「私が持っても何ともないんですけど、他の人は魔力を取られて限界まで吸収されると倒れちゃうみたいなのです。私達がこの村に案内された時に一人のお兄さんが槍を持ったときに同じことが起きて判明しました。」
才雅は説明を聞くと、オルリアに運ばれるリリア(おそらく寝室に移動させている)を見て少し恐怖を感じた。そして、槍と関連してあることに気付く。
「そういえば刀は?俺が拾った黒い刀はどこにある?」
才雅が刀の話をするとティルアがばつの悪そうな顔をした。
「……あの黒い剣はありません。あれはまだ森に置いたままです。」