邂逅と遭遇
真っ白な少女は困った顔で才雅を見ていた。外国人からしたらサムライかオチムシャのような格好していたら当然か。日本語が通じることが幸いか、才雅は先程までの恥ずかしさを払拭する。
「俺、すごい音が鳴ったからここへ来たわけで、そしたらこんな焦げあとが見つかったわけで、何か分かりますか?」
「…………」
さっきまでの恥ずかしさがあってか才雅は多少声が上擦ってしまった。たどたどしい説明口調なのは過ぎたことなのだが、それにしても少女の方から何も返答が無いのはツラい。そう思っていると少女は意を決するように口を開く。
「……ごめんなさい!急に魔物に襲われて、咄嗟に炎魔法を使ったのですけど、木に燃え移っちゃって、でも 水魔法で消したから大丈夫だとは思うんですけど……」
才雅は少女の言葉を理解し損ねた。 魔物? 魔法!? 彼女は何を言ってるのだろうか。悪ふざけなのか森を焼いた真犯人を庇っているのか。幻想的な言い訳を放つ少女にどんな意図があるのか今の才雅には分かる訳もない。
「ま、魔法って?」
「もしかして魔法知らないのですか?」
才雅もマンガやテレビを見ない訳ではないので知らなくはないが、困ったことに非常識な事に対する弁解の仕方が分からない。
「魔法というのは自らの魔力を万能の力に変える方法です。もちろん魔力量や適性によってひとりひとり使える魔法は違ってくるのですが……」
「いや、魔法も魔力ってのも持ってないんだけど。」
「え、そんなこと……エルドルの者は皆魔力を持つと教わったのですが……」
日常会話では聞き慣れない単語を口にする彼女の説明に才雅の頭には疑問符しか浮かばない。
「えっと、ここは日本のどこか、あるいは世界、地球のどこかじゃないのかな」
「そのニホンやチキュウとは何ですか?」
「!? だって日本語で話してるじゃん!」
「? あなたこそアステ語で話されてますよ。」
遂に少女からも疑問符が浮かぶようになり、お互いに困った顔をしながら向かい合う。
「ここは、俺の知ってる世界じゃないのか?」
「あなたは一体何者なのですか?」
二人がイマイチ状況を飲み込めないその時だった。少女の後ろから何かが迫ってきた。
「危ない!」
飛びかかってきたソレを見るや才雅は少女を守るように覆い伏せる。そしてそれの追随を許さぬよう少女を背に身を返り起こし抜刀する。
「な、なんなのですか。」
「狼だ。」
そう言ったものの改めて見た狼はなにか違うものだった。まず角がある。額から一本角が伸びている。あきらかに地球上にはいない種類だ。
「あれ、見たことある?」
「さっき私を襲ったものと同じ狼です。けど、角の生えた狼なんて見たことありません。」
少女の目からしても新種らしいそれは、才雅達をじっと睨み付ける。と、気を見出だしたように再び飛び掛かる。
「“リキッドボール”!」
少女がそういうと後ろからバランスボールくらいの水の球が放たれ、飛びかかってきた狼を押し出した。
「それが魔法?」
「えぇ、私は炎と水の魔法が使えるのですが、炎だとさっきみたいに森も燃えてしまうので……」
才雅は初めて魔法を目にした。あの焦げあとも炎魔法が使えるのなら彼女の仕業と納得できる。だが今は目の前の事に集中したい。濡れた狼はすぐに体勢を立て直してまた睨み付けている。逃げるのは難しい。倒すには手に持つ真剣でなんとかしなければならない。
「その剣でやっつけられないのですか?」
「狼となんか戦ったことないし、ましてや生き物なんて斬ったことないよ。」
普通日本にいたのでは猛獣狩りなんてやれない、ないし狩りなんてやらないのは当たり前だろう。悠長している間に狼の数が増えている。
「!? いつの間に。」
狼が群れで行動することがこの世界でも常識ならば、周囲に仲間が待機していたか気付かぬうちに近くの仲間を呼び寄せたのだろうか。前方に見えるだけでも狼の数は五匹になっていた。
「くっ、もうだめだ。あんた炎の魔法使えるなら使ってくれ。」
「えっ、でも森が燃えちゃうかも……」
「そんなこと言ってる場合じゃないし、また水の魔法で消せばいいだろ!」
そう言い合っていると才雅は後方から別の狼が走ってくるのが見えた。
「伏せろ‼」
才雅は左手で少女を下に伏せさせると飛びかかってくる狼に対して刀をふるう。狼は右前足から右腹にかけて斬られ、そのまま飛ばされる。しかし慌てたせいで力が入らず両断とはいかず、切り傷をつけただけだった。
才雅は初めて生き物を傷付けた気持ち悪さを覚えた。肉を斬った感触におのずと恐怖心が生まれる。
「! 狼が!」
少女は叫んだ。才雅の隙をついて囲んでいた狼が一斉に襲ってきた。感情が静まりきれない才雅は振り向くのがやっとで対応出来なかった。狼は二人に飛びかかった。
ザシュッ ザシュッ ザシュッ ザシュッ ザシュッ
その瞬間、狼たちは血飛沫をあげた。血まみれになった狼はそのままドサドサと落ち動かなくなった。
何が起こったかも分からない才雅達の前に何かが突き刺さる。それは漆黒の刀と純白の槍だった。